京大、早稲田、立教、同志社などの大学入試におけるネットを使ったカンニング問題が明らかとなった。
京大の記者会見では、「わが国の大学入試制度の根幹を揺るがす」と発表されたが、アメリカの大学の期末試験ではネットによるカンニング問題がすでに起こっているし、韓国では日本の大学入試センターにあたる試験でこうしたカンニング問題が起こっている。
今回のカンニング問題は、ネットの普及によって、現れるべくして現れた問題。こうした不正は今後も増えるだろうし、今までにも同じような方法でカンニングをしてばれなかった人もいるに違いない。
今後は携帯電話等、ネットに繋がるあらゆる道具を試験場に持ち込ませないようにし、監視カメラの設置も必要となるかもしれない。しかし、個人情報が詰まった携帯電話を大学側に預けることはできるのか、監視カメラの設置はどこまで許されるのか(さすがにトイレの個室までは監視できない)、という問題がある。
他に驚いたことは、投稿者の質問に数分以内に解答が寄せられたことだ。
中には六分以内に寄せられたものも。
組織的な犯行で、あらかじめ解答者を用意していたならば数分以内に解答が返ってくることは可能だろう。しかし、解答者のIDを見ると必ずしも組織的な犯行とは言えないような…。
解答者はそれが入試問題とは知らずに答えた可能性もある。
知識を持っている人間ならば必ず教えたいと思ってしまう。
自分が知っていることを誰かに教えたいという欲求は現実にもよくあることだが、まさか相手が受験をしている最中で、自分もカンニングを手伝うハメになろうとは思わなかった人もいたのではなかろうか。
ネットの世界は匿名だから、相手が誰かもわからないのに情報を流すのは危険である。
しかし、だからといって情報提供を渋っていてはネットの世界は情報が滞る。情報が流通しなくなれば、ネットの世界は終わってしまう。
ネットの世界で情報交換を可能とするには、匿名性によって誰もが「守られている」と錯覚させることで、相手に対する警戒心を解き、表面的な信頼関係を本人達も気づかないうちに成立させておかなくてはならない。
もし今回の質問にたまたま解答してしまった人がいるとして、その人は相手のことを何も知らなかったから無実だということはできる。
しかし、全国に報道されるような事件に結果的に加担してしまったことに、本当に悔いはないのだろうか。もしまた似たような質問をされたら、相手を疑うことなく解答する気になれるのか…。
匿名性による安心感が、ネット上の情報交換を可能にしている。しかし、安心しすぎてもいけない。
私達は顔の見えない相手をどこまで信用すべきなのか。
そして私達は匿名性によって、本当に「守られている」のだろうか。
自分も知らないうちに、誰かの共犯になってしまう…そういう危険を今回のカンニング問題は見せてくれた。
京大の記者会見では、「わが国の大学入試制度の根幹を揺るがす」と発表されたが、アメリカの大学の期末試験ではネットによるカンニング問題がすでに起こっているし、韓国では日本の大学入試センターにあたる試験でこうしたカンニング問題が起こっている。
今回のカンニング問題は、ネットの普及によって、現れるべくして現れた問題。こうした不正は今後も増えるだろうし、今までにも同じような方法でカンニングをしてばれなかった人もいるに違いない。
今後は携帯電話等、ネットに繋がるあらゆる道具を試験場に持ち込ませないようにし、監視カメラの設置も必要となるかもしれない。しかし、個人情報が詰まった携帯電話を大学側に預けることはできるのか、監視カメラの設置はどこまで許されるのか(さすがにトイレの個室までは監視できない)、という問題がある。
他に驚いたことは、投稿者の質問に数分以内に解答が寄せられたことだ。
中には六分以内に寄せられたものも。
組織的な犯行で、あらかじめ解答者を用意していたならば数分以内に解答が返ってくることは可能だろう。しかし、解答者のIDを見ると必ずしも組織的な犯行とは言えないような…。
解答者はそれが入試問題とは知らずに答えた可能性もある。
知識を持っている人間ならば必ず教えたいと思ってしまう。
自分が知っていることを誰かに教えたいという欲求は現実にもよくあることだが、まさか相手が受験をしている最中で、自分もカンニングを手伝うハメになろうとは思わなかった人もいたのではなかろうか。
ネットの世界は匿名だから、相手が誰かもわからないのに情報を流すのは危険である。
しかし、だからといって情報提供を渋っていてはネットの世界は情報が滞る。情報が流通しなくなれば、ネットの世界は終わってしまう。
ネットの世界で情報交換を可能とするには、匿名性によって誰もが「守られている」と錯覚させることで、相手に対する警戒心を解き、表面的な信頼関係を本人達も気づかないうちに成立させておかなくてはならない。
もし今回の質問にたまたま解答してしまった人がいるとして、その人は相手のことを何も知らなかったから無実だということはできる。
しかし、全国に報道されるような事件に結果的に加担してしまったことに、本当に悔いはないのだろうか。もしまた似たような質問をされたら、相手を疑うことなく解答する気になれるのか…。
匿名性による安心感が、ネット上の情報交換を可能にしている。しかし、安心しすぎてもいけない。
私達は顔の見えない相手をどこまで信用すべきなのか。
そして私達は匿名性によって、本当に「守られている」のだろうか。
自分も知らないうちに、誰かの共犯になってしまう…そういう危険を今回のカンニング問題は見せてくれた。
