私は、怠惰な人間で、
物事を自分の都合の良いように解釈をして
生きているところがある。
うまくいかなかったり、失敗したら
「仕方がない」と諦め許してきた。
私はそういう性格だから。
できないから。
仕方がない。
それで楽に楽しく生きてきたし、
特別困ることもなかった。
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ある日、次女と1日一緒に出かけた時に、
歩行者信号が点滅してる時に渡って
ダメだよ。と注意され、
駆け込み乗車をして人にぶつかり、
ダメだよ。と言われ、
電車内で話す声が大きいと言われ、
その他にもいくつか指摘をされた。
次女は、ルールをきちんと守る子で
何も間違っていなくて、
褒める要素しかないのだが、
きっちりしてる次女に比べて
いいじゃんいいじゃん!と
のらりくらりしてきた私のいい加減さが、
いつも以上に際立って見えて、
がっかりしたし
指摘されまくって凹んでしまった。
私がしているルールに反する
適当でいい加減行動は
次女にとったらイヤなことなんだと思う。
今までもずっとイヤだったんだと思う。
だけど私は、
まぁいいじゃん!大丈夫大丈夫!
という私都合の根拠のない勝手な持論で
やり過ごしてきていて、
大した問題とも思わず、スルーしてきた。
例えば、
歩行者用の点滅信号は
止まれではなく
気をつけて渡れと認識していたので、
点滅し始めてからでも小走りで渡っていた。
正直、点滅信号で止まるのはめんどくさい。
特に家の前の信号は、
大きな交差点で、止まると長い。
割とギリギリの時間で行動しがちな私には、
次女のルール、いや、世間のルールをきちんとしっかり守るとなると、
家を出る時間をだいぶ早める必要があって
それは、、、正直、、、めんどくさい。
だから、自分に甘く、まぁ大丈夫大丈夫と
やり過ごしてきた。
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話を戻すと、その一緒に出かけた日、
何度も指摘をされて凹んだ私を見て
察してくれた次女は
その後気を遣って優しくしてくれた。
その優しく気遣ってくれる様子を見て、
私はこのままではダメだなと思った。
次女はルールを守りたいし
守って欲しいと思っている。
守らない私を見るのはその度に
とてもイヤな気持ちになるだろう。
イヤが積み重なったら、
嫌いになってしまう。
子どもは親を好きだし、
好きでいたいし
嫌いになりたくないはずなのに、
イヤなことをされ続けたら嫌いになってしまう。
好きなのに好きでいたいのに嫌いになっちゃう
その気持ちって、かなり辛いし苦しいよな。
親を嫌いって思ってしまう自分のことを責めてしまうかもしれない。
そんな辛い気持ちにさせたくないな。
私ちゃんとしよう。
このいい加減さをなおそう。
めんどくさいとか言ってる場合じゃない。
次女にそんな辛い気持ちにさせるのはイヤだ。
点滅で止まればいいだけ。
電車のベルがなったら駆け込み乗車をしないだけ。
そのために、余裕を持って行動できるように少し家を早く出ればいいだけ。
難しいことはない。
「めんどくさい」と「仕方ない」で片づけていたけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
次女がイヤがることをし続けて、
親を嫌いにさせるようなことはしたくない。
今までごめん。
ママ、ちゃんとするわ。
と心に決めた。
信号に限らず、色んなルールやマナーを守っていくことにした。
自分を通すのではなく、
次女基準に合わせることにした。
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そう思ってから、あんなになあなあに点滅信号で渡っていたものが、ピタリと止まれるようになった。
もちろんすごく意識してるからなんだけど。
あんなに、めんどくさい!仕方ない!って思ってたのに。
もちろん、今までいい加減さMAXで生きてきたのだから、
次女基準の「きちんとルールを守る」に至らないこともまだあるだろう。
それでも少しずつでも直していく。
ちゃんとしていく。
私がルールを守らないことで
次女をイヤな気持ちにさせない。
やっていく。
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ちなみに歩行者用の点滅信号は
道路交通法施行令では
「歩行者は、道路の横断を始めてはならず、また道路を横断している歩行者は、速やかに、その横断を終わるか、又は横断をやめて引き返さなければならないこと。」
となっているので、
渡る前に点滅し始めていたら
止まる が正解です。


