珈琲と芝居と僕のこと(仮)

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久しぶりに観劇をしてきました。

劇団文学座の研究生の発表会です。

劇団文学座付属研究所研修科 発表会『痕跡』

作 桑原裕子。

演出 小林かつや。




『痕跡』と書いて「あとあと」と読みます。
発表会ですが、チケット代は2000円。
場所は信濃町にある文学座のアトリエ。
アトリエは入り口を潜ると木や木製の下駄箱の匂いが鼻に香リます。古い木造の校舎とか図書館や古民家みたいな建物です。

ただいま公演中なので感想はネタバレを恐れて書けませんが、ミステリー寄りの作風で、母親が台風の夜に居なくなった一人息子を探す話でした。

最後の母と息子とのシーンが脳裏に残ってますがこれ以上は書けません。

上演時間は途中休憩10分を挟んで2時間45分くらいです。前半の方で状況や設定や登場人物たちが置かれた立場を観て、後半になると真実が明らかになってくので、ミステリー寄りの作風に見えました。

途中休憩から明けて怒涛の真実が通勤ラッシュのように押しかけてきても中々、最初のシーンの残像のように脳裏から消えなかった。物語を観終わった気分としては、奇妙な話を見た感覚でした。

劇団文学座研修科の発表会を観てきました。

『ゴルゴダメール』
作 篠原久美子 / 演出 中野志朗。
登場人数十二人の役と発表会としては少ない気がした。研修科だからかな。一年目二年目の混合チームが2チームあり、合わせて24名と、やはり発表会としては少ない気がした。

ある演劇ワークショップを描いた作品。都内近郊の都市にしたのは都内ではあまり見えないタイプのワークショップだからか。上演時間三時間。途中休憩10分。


ネットで検索したら出てきた無料の戯曲をダウンロードして、行きがけに電車の車内で読んで向かった。


本読んだ時の印象と舞台の形は違った。役者さんの演技が淡々としていたのは、戯曲を読んだ時の役の印象と似ていた。


時折、見入るように変わるシーンもあった。フラッシュバックしたり、態度が崩れたり、関係性にヒビが入ったり、舞台転換や照明の演出が入ったり、淡々とした中にシーンの変化があったから、なんか余計に自閉というか閉鎖的に見えた。


演劇が避難所とか拠り所になるのかな、と思った。

6月1日。
6月になりましたね。
久しぶりの更新で、テーマは観劇日記です。

本日は板橋にあるPit昴(サイスタジオ大山第一)にて、劇団昴の舞台を観てきました。

劇団昴ザ・サード・ステージ第39回公演

『フツーの生活 長崎編』

中島敦彦 作 / 北村総一朗 演出。


戦時中の長崎。
ある病院の中の人間模様で、全員他人の息苦しい環境の中で、人情のような人の情けを感じる作風でした。

18時の追加公演の回で、終演後に朗読会もあり、役者さんは大変そうでした。

感想はと言うと、割と思いような暗いような気持ちになりました。上手前で憤りを覚えながらも途方に暮れている老女役(息子を徴兵で連れて行かれた人)が凄惨でしたが、戦争を扱った作品としてはなんだか遠い感覚になった。

みんなが何か一言言うとそれに突っかかる人がいて、ほとんど喧嘩だらけの内容だったのですが、戦争の気風は薄かったような……その後の朗読会では原爆詩を読んでいたので、怖いようなおどろおどろしいような感覚にはなったのですが、どうしても自分にとっては戦争そのものが遠い感覚がして、舞台がキレイな作品に見えてしまった。

隣の人とかはすすり泣いていたので、僕の感覚はズレてるんだなって、思った。

セミの声とかが音響で鳴ってて、少し早めの夏を感じる観劇でした。

夏が来ると舞台周りは戦争作品を扱って、なんか夏の知らせというか、風物詩のようにも思えた。