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銀座大好き ギンタロー。の銀座検定

銀座検定(GINKEN)は、銀座をテーマにして学びます。お楽しみに。
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そして
❤日本の文化と歴史が学べます。

よろしくお願いします。
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銀座検定 第24問の回答です。

『銀座の恋の物語』を
石原裕次郎とデュエットで歌ったのは、
(3) 牧村旬子 さん  です。


銀座の恋の物語 牧村旬子さん

 

この曲は、1961年(昭和36年)に同名の映画の主題歌として
発売され、大ヒットし、「銀恋」と呼ばれ、デュエットソング、
カラオケのスタンダードナンバーとして今日まで歌われています。

牧村旬子(みつこ)さんは、1944年(昭和19年)生まれで、
7歳の頃からジャズ・シャンソンで米軍キャンプを歌い歩くうちに、
テイチクにスカウトされ、
昭和36年に「死ぬほど愛して」でデビューし、

その同じ年に、この『銀座の恋の物語』が大ヒットしました。

『銀恋』は知っていても、牧村旬子さんの歌声を聴いたことがない
人も多いと思います。

良い映像を、Toutubeで見つけました。
『』銀座の恋の物語』ベストショットです。
こういう投稿をしてくださる方はありがたいです。

12:19あたりから、牧村旬子さんの歌う声を聞くことができます。
ますはご覧ください。

http://www.youtube.com/watch?v=qPiwKs48-1c


いかがでしたか。たぶん17歳だと思いますが、そうとは思えない、
堂々とした、フェロモンたっぷりの歌いぶりです。
世の男性方にはたいへん刺激的だったと思います。

吹き込みは、日活スタジオに連れて行かれて、初めて石原裕次郎に
会い、譜面を渡されて2回ほど練習し、裕次郎さんに「歌手なんだから
間違えるなよ」と言われて、本番録音したのがこの曲だそうです。

ジャズから歌謡曲の歌手になり、独自のセクシー路線は、男性層に
はおおいにアピールしたようです。
当時は歌手がヌードになることはない時代でしたが、くどかれて、
平凡パンチにヌードを載せ、ミノルフォンで発売した「今夜教えて」
のレコードジャケットには、ヌードブロマイドをつけ、
アメリカの「PLAY BOY」のグラビアにも登場したりしたようです。

名前は、当時は旬子(みつこ)、そのあと純子(じゅんこ)に変え、
最後に旬子(じゅんこ)に変えています。
今も活躍していて、オフィシャルホームページは、次です。

http://www.makimurajunko.com/


銀恋の碑

数寄屋橋交番のすぐそば、銀座4丁目1番にある数寄屋橋公園には、
「銀恋の碑」があります。

       

碑には歌詞が刻まれ、カップルで座れるようなスペースがあり、
歌碑の裏には次のように彫られています。

『 銀座にはあまたの男女の出逢いがあり、無数の、恋が芽生え、そして
結ばれている。「銀座の恋の物語」 歌 石原裕次郎・牧村旬子は、
昭和36年発売以来、270万枚を更新中。--中略ーー
この史実を永く後世に伝えるため、ゆかりの地銀座四丁目一番地に
歌碑建立を果たした。 』

さて、その他の選択肢の方は本業は女優さんです。


浅丘ルリ子さん                                                   
   
言わずと知れた、日活映画のヒロインであり、映画・演劇・
歌手として活躍し、現在も活躍中の大女優ですね。
気風のいい姉御肌で俳優陣にファンも多く麻雀も強豪。

映画『銀座の恋の物語』では主演として石原裕次郎と共演して
いますが、主題歌は歌っていません。



国民的娯楽映画、山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズでは、
マドンナ リりーとして4回出演していて、これはマドンナでの出演
数が最大です。

映画の中で、可愛さとさっぱりした気立てのよさで、寅さんとの
掛け合いは最高です。

最後の共演作の撮影中、寅さん役の渥美清の容態がかなり
よくないと感じ、自ら「寅さんとりりーを結婚させて」と山田洋次監督に
頼んだというエピソードは有名です。

まだ寅さんを撮りたかった山田洋次監督は、それを聞き入れられ
なかったということですが、クランクアップ後あまり時間をおかずに
渥美清は他界してしまい、監督の希望は叶わず、これが寅さんの
遺作になり、寅さんは一生愛する人と家庭がもてない、フーテン
ということになってしまいました。

2002年に、紫綬褒章、2011年に旭日小綬章を受けています。


北原三枝さん




本名 石原まき子さん
石原プロモーション代表取締役会長であり、
小樽にある石原裕次郎記念館館長です。

1933年(昭和8年)生まれで、1954年に松竹から日活にすかうとされ、
1956年に『狂った果実』で裕次郎さんと初共演し、
その後、日活のにドル箱コンビとして23作品に共演しました。

 
映画『狂った果実』から

1960年に石原裕次郎と結婚し、女優を引退しました。



和泉雅子さん



1947年(昭和22年)生まれ、銀座4丁目出身。
三原橋近くの寿司・割烹店の娘です。

もとはお笑いをめざし、柳家金語楼一座に入団し、その鞄持ちで
NHKに行ったときに、ジェスチャーで共演していた
日活プロデューサー水の江滝子さんにスカウトされて、日活に入社。

1961年から、吉永小百合、松原千恵子、和泉雅子の
「日活3人娘」として、庶民的で快活なキャラとして、絶大な人気を
博しました。

1963年に浦山桐郎監督『非行少女』の主演で、エランドル新人賞、
モスクワ映画祭金賞を獲得しました。

女優の傍ら、冒険家であり真言宗僧侶でもあります。
1989年には、その数年前の失敗を乗り越え、
日本女性初の北極到達を果たしました。


では、銀座検定(GINKEN) 第25問です。

『二人の銀座』を歌ったのは、次の誰でしょう。

(1) 山内賢 & 松原千恵子
(2) 山内賢 & 吉永小百合
(3) 山内賢 & 芦川いずみ
(4) 山内賢 & 和泉雅子

正解は、銀座検定 第26問と一緒にお知らせします。

よろしくお願いします。