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銀座大好き ギンタロー。の銀座検定

銀座検定(GINKEN)は、銀座をテーマにして学びます。お楽しみに。
❤銀座好きな人と仲良しの輪が拡がるかもしれません
❤物の見方が、優しく鋭くなるかもしれません
❤飲みの席での人気が、今よりちょっとだけ上がるかもしれません
そして
❤日本の文化と歴史が学べます。

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銀座検定 第28問
1979年のある日、この席に座ったビッグカップルは、

(1)ジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさん が正解です。
  



 晴海通りから、歌舞伎座に向かって
右横の道を入って行くと、
その喫茶店はあります。

 
名前を 樹の花 といいます。


4日目の奇跡

1979年  夏
ジョンとヨーコは、この狭い階段を昇って
樹の花の扉を開いた。
二人は築地の映画館までハイヤーで来ると
子どもたちだけを降ろして「スーパーマン」の
終わる時間までどこかでゆっくりと過ごせる場所を
探して銀座四丁目のほうに歩き始めた。
歌舞伎座の手前を右に折れ、少し歩いた所で
偶然  樹の花という看板を見つけた。
まだオープンして四日目の店内は少し緊張した
空気と、それを柔らかく包み込むような
音楽が低く流れていた。
二人は入口に近い窓際のテーブルに
向かい合って座った。
コロンビアコーヒーとダージリングティーを注文すると
互いの目を見つめながら静かに語り合う
ジョンとヨーコ・・・。
(店に掲載されている説明文のまま)

 


オーナー経営者の成沢弘子さんは、
階段を昇ってくる足音を聞きながら、
入口のドアに気遣いを向けていました。

ドアの鈴がチリンと鳴って、
腰までのカーリーヘアに長いロングスカートの
ヨーコさんが入ってきました。

「あっ」と思った次の瞬間、
地味な服装で静かな物腰のジョン・レノンさんの
姿が現れました。

そして、
ごく当たり前に自然に、
二人は入口から二つ目のテーブルに近づき、
ヨーコ夫人が窓際の奥の椅子に、
ジョン・レノンさんが入口に近いほうの椅子に
座りました。

ほかに二組のお客様がいましたが、しばらくは
二人に気がつかなかったそうです。

ヨーコ夫人はダージリング・ティー、
ジョン・レノンさんはコロンビア・コーヒーを
頼みました。

オーナー経営者の成沢弘子さんは、
その注文を取りながら、ドキドキしたことを、
昨日のことのように覚えているそうです。

カウンターの内側にいた長男の真樹さんは、
ビートルズ、とりわけジョン・レノンさんの
大ファンで、
ジョン・レノンさんの曲を、有線放送の合間に、
店でかけるほどで、当時は19歳だったので、
とにかく、異常なくらいに興奮したとのことです。

 
その日、二人が座った
入口から二つ目の席です。

 
二人が座った席で、談笑するご婦人3名。
最近の写真で、店の奥からのアングルです。



ヨーコさんの気遣い


(オノ・ヨーコさん直筆のメモが店内にありました)

東銀座東劇ビルの前に、二人は、子どものために
ハイヤーを待たせていました。

このメモは、樹の花に腰を落ち着けるとすぐに、
ハイヤーの運転手と子どもを気遣って、
ヨーコ夫人が書いた
メモです。

ヨーコ夫人に頼まれ、
真樹さんが東劇前まで走り、運転手に届けました。
そして、
なにしろ大ファンですから、
メモは、渡すのが惜しくなり、
持ち帰ったのだそうです。

『 大倉ハイヤー氏
  ジョンとヨーコは今 ”樹の花コーヒー店”に
  います。
  このあとどこに行くか、また知らせます。
  退屈でせうが、待ってゝください。 ヨーコ 』

 


店内にあるジョン・レノンさんオノ・ヨーコさんの
サインです。

成沢弘子さんの思い

樹の花」という店名は、山歩きの好きな
成沢さんが大事にしている写真集に因んで、
自然な気持ちで付けたそうです。

歌舞伎座の角を曲がってから数軒の喫茶店が
当時もあったと思いますが、
ジョン・レノン夫妻が、
このけして目立つとは言えない「樹の花」に
足を運んだのも、
自然な気持ちだったようです。

「樹の花」は、入口の階段が狭いのですが、
階段を昇ると、2階は思ったより広く、
もとが麻雀屋さんだったと聞いて、なるほどと
思う構造です。

それを改装した「樹の花」は、
麻雀屋さんだった喧騒はうそのように、
自然な雰囲気で、なんだかとても懐かしい
ような空間です。

先日、行ってみましたが、コーヒーが深い味わいで
とても美味しかったです。
豆の炒り方や挽き方が選べるようになっています。

ジョンとヨーコさんのファンだけでなく、
成沢さんの人柄とその美味しいコーヒーと
名物カレーで、
固定的なお客様が多いようですが、

ギンタロー。が、初めてフラッと一人で行っても、
自然に落ち着ける雰囲気です。

ギンタロー。が感じたのは、
成沢さんが、
出会いとか触れ合
とても大切に思っていらっしゃることです。

店内のテーブルや雰囲気は、ジョンとヨーコさんが
訪れたその日と変わらないのでしょうが、
お二人の座ったテーブルの椅子だけが、
その日のままの背中部分が藤で編まれた椅子で、
他の席の椅子と違っていることに、
ギンタロー。は気付きました。

30年以上も経ちますから椅子も痛むでしょう。

恐らく、
もし、ジョンとヨーコさんが、もう一度訪れる
ことがあったとしたら、当時の椅子の感触を覚えて
いるかもしれないという思いでしょうか、

この席の椅子は昔の椅子のままになるよう、
他の席の椅子で痛みの少ないものを上手に使うこと
によって、
今日まできたのではないかと想像します。
ですから、このテーブルの椅子4つ以外の他の席の
椅子は、違った同一様式の椅子になっているのだと。

これは、ギンタロー。の想像です。
たぶん当たっていると思いますが、成沢さんに
そのことを確かめることはしませんでした。
その気持ちにそっと気付けば、それでいいのかなと
思ったからです。


ジョン・レノンさんの死、
ヨーコさんの思い


ジョン・レノンさんが、凶弾に倒れたのは、
その翌年の1980年12月8日でした。
自宅 ダコタ・アパート前で、多方向から銃弾を
受けて倒れ、帰らぬ人となりました。
ヨーコさんは、幸いにも難を免れました。

1960年代後半から70年代にかけて、
ジョン・レノンさんと共に、そして、
ジョン・レノンさんの死後、オノ・ヨーコさんが
行ってきた創作活動や平和運動での活躍について
は改めて言うまでもありません。

二人の思いは、この曲に込められています


IMAGINE Youtubeから
http://www.youtube.com/watch?v=DVg2EJvvlF8

Imagineと呼びかける形で始まる歌詞の原型は、
ヨーコさんの詩集『グレープフルーツ』にあります。

それをジョン・レノンさんが痛く気に入って
それをタイトルにし、曲を作りあげました。

オノ・ヨーコさんが、第二次世界大戦時を東京で
過ごしたことが、平和を求めるこの歌詞にも反映
しているものと思います。
ヨーコさんは、1933年東京府(当時)
生まれの80歳です。

 

想像してごらん 天国なんて無いんだと
ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし、
僕たちの上には、ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんなが
ただ今を生きているって

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も知る理由もなく
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたも みんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ

想像してごらん 何も所有しないって
あなたならできると思うよ
欲張ったり飢えることも無い
人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが
世界を分かち合うんだって

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕は一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ



選択肢の他の3組のカップル

さて、
他の3組は、いずれもビッグなカップルで
あり、一人一人についても、調べ始め書き始めたら、
キリがありませんので、
深入りは別の機会に譲り、ここでは、
1979年という年をもとに検証してみましょう。



 
マリリン・モンローさんとジョー・ディマジオさんは
1954年1月に結婚し、1954年2月二人は来日
しました。これは、マリリン・モンローさんの最初で
最後の来日となりました。

1962年8月5日に、マリリン・モンローさんは、
ロサンゼルスの自宅で、全裸で受話器を握ったまま
死んでいるのが発見されました。
その死は今も謎に包まれています。

マリリン・モンローさんについては、これまで多くの
ものに書かれていますが、
ノーマ・ジーンさん(本名)と女優マリリン・モン
ローさんの人生を知るには、
次のブログを是非ご紹介したいと思います。
http://www.heatwave-toys.com/datafiles/legend/monroe-ref-joe.shtml

   


 
(1999年に、『アイズ・ワイド・シャット』の
試写会に来日したとき。)

トム・クルーズさんは、
1962年生まれ、ニューヨーク州
シラキュース出身です。

ニコール・キッドマンさんは、
1967年ハワイ州ホノルル生まれで、
アメリカとオーストラリアの両国籍を
持ちます。

二人は、1990年に結婚し、
おしどり夫婦と
言われながら、
2001年に離婚しています。

1979年は、二人が銀幕で活躍する
前の時代です。



 

アラン・ドロンさんは、1935年11月8日生まれ、
フランス、パリ郊外のオー・ド・セーヌ県ソーの出身です。

ミレーユ・ダルクさんは、1938年5月15日生まれ
フランス、フランク・ヴァール県トゥーロンの出身です。

1968年に『ジェフ』で二人は共演し、
その後長いあいだ愛人関係にあったとされています。

3組のカップルのうち、
世代的にはジョン・レノン夫妻に一番近い
カップルです。
1979年は、公私ともに二人が親密な期間に
当たりますが、
ドロンさんは他の女性にも忙しく、
この時期、共に来日した記録はないようです。




さて、銀座検定 第30問です。

銀座には、この「樹の花」をはじめ、
個性的で素敵な喫茶店が数多くありますが、
私たちの身の回りでは、
チェーン展開するコーヒー店が、
その存在感を高めています。

また、ブランド商法と商機の確認ということで、
(日本の)第1号店を銀座に出す会社が多くあります。
そこで・・・。

銀座検定(GINKEN) 第30問

次のコーヒーチェーン店のうち、
第1号店が銀座でないのは、
どれでしょう。
(但し、外資の場合は日本での1号店とします)

(1) ルノアール
(2) スターバックス
(3) タリーズ
(4) サンマルク・カフェ

正解は、銀座検定(GINKEN)第31問の問題と一緒に、
お届けします。

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