◆体は、言い換えれば良知は、とっくに答えを出していた。

 14日(水)である。
 息子は、友達に誘われて、初めてのボーリングに出かけてきた。
 娘の方は、富士山麓での、2泊3日の英語の合宿という高校のイベントから笑顔で帰宅した。

 日常生活の中で、陽明学の教えを実践しているのだが、実を言うと、今回は、久々に頭を悩ませた。
 一昨年来、体調不良の日々が続いているので、人と会う為やイベントなどへの外出は、極力控えさせて頂いてきた。
 折しも、某イベントに招待されていたのだが、この数日間を振り返ってみても、あまり体調が良くなく、そのために福岡での講演へ向けての準備(読書や調べ物)と、日々の家事を手がけるだけで精一杯という状況なので、無理をしないで欠席したほうがいいのか、それとも出席したほうがいいのかの二者択一で、今日は朝から心が揺れていた。
 頑張りすぎない、無理をし過ぎないこと、イコール自然、中庸だということは分かっているのだが、
「往復に要する時間を入れて4時間位で帰宅すればいいのだから、さっと切り上げて帰ればいいではないか」
 という声と、
「いや、今朝も、久々に尿が茶色だったのだから、来週の福岡での講演に影響するとまずいので、今日の外出は控えたほうがいいんじゃないの」
 という声とのせめぎあいが続いたのである。
 問題は、自分の体調のことなので、体に聞くしかないのだが、自分の体とはいえ、聞いても答えは帰ってこなかった(苦笑)。
 そうはいいながらも、4時過ぎには家を出なければならない。出かける時間は刻々と近づいてきていた。
 出かける約1時間前のこと。
 なんと、もう、体の方は出かける準備を始めていることに気づいたのである。
 言い換えれば、自然に、出かける方に体は動いていたのである。
「なーんだ、あれこれ悩んで損した(苦笑)」
 と思ったことであった(笑)。
 体は、言い換えれば良知は、とっくに答えを出していたのである。
 
 さて、続きを楽しみにしてくださっている方もいらっしゃるようなので、11月3日の『続・片脚の全米レスリング・チャンピョン、アンソニー・ ロブレス』の続きを披露させていただく。今回で3回目となるが、次回を最終回とさせて頂きたい。

◆「アンソニーは、握力80kg、ベンチプレス138kgはあげる体にまで成長していた」

 文中に、
「アンソニーは、握力80kg、ベンチプレス138kgはあげる体にまで成長していた」
 とあるが、握力とベンチプレスのことについてである。
 日本人の平均握力は、
「20-24歳平均握力は男性48.11kg、女性28.88kg」
 である。
 アンソニーの80kgが、如何に破格であるかがお分かりいただけよう。
「ジムでのトレーニングで、そんなに力がつくの」
 と思われるだろうが、実を言うと、トレーニングの前から握力は強かったのだ。それには理由がある。
 既に触れさせていただいたように、アンソニーは、子供の頃に、普通に歩いたり走ったりができなかったので、友達ができなかったが、母の励ましもあって、松葉杖を使って人並みに走れるようになる、という不可能への挑戦を試みたのである。
 結果、走れるようになり、友達も出来たのだった。
 こうした不可能を可能にする工夫と努力のプロセスのなか、松葉杖を握るアンソニーの上半身と、特に握力は、知らぬ間に鍛えられていたのである。

 ベンチプレスについてであるが、トレーニングしたことのない大人の場合は、20代前半で50kg、日本人プロレスラーの場合は、自称は話半分として、約150kgだとのこと、アンソニーの138kgは、なかなかのレベルなのである。

 〔 〕内は、筆者注。

◆「可能なことを不可能にしちゃダメ。考えなさい」

 
二人が向かった先は、トレーニング・ジム。
 クリスは、練習後もただひとりでジムでトレーニングをしていたのだ。

アンソニー「普通の努力をしていたのでは、強くなれないことがよく分かりました。それまでの自分は、甘かったんです」

 以来、アンソニーは、練習後、ジムでパワーアップの猛特訓を自らに課した。
 すると、
クリス「お前、力、強くなったな」
アンソニー「ちっちゃい頃から母親と取っ組み合いしていたからさ」
コーチ「やっぱり、あいつはただもんじゃない」
 コーチは、アンソニーの成長ぶりに注目。
 そして、アンソニー流の戦い方を思いついた。
 その作戦とは・・・。
〔コーチが試合はじめのホイッスルを吹くやいなや、アンソニーは、相手をマットに倒していた。〕

相手選手「何だ、信じられない」
アンソニー「これがお俺のスタイルだ」
〔全員驚く〕
 アンソニーは、一体どうやって相手を倒したのか?実際の映像が残されている。
 それは誰も真似することのできないアンビリーバボーなスタイルだった。アンビリーバボーな方法とは?
 彼が試合に出場した時の映像がある。それは、片足がない弱点を武器に変えたスタイルだった。そう、アンソニーは、最初から腰を落として試合に臨んでいたのだった。この低い姿勢から、素早く膝を蹴って相手に飛びかかる。そして、持ち前のパワーで相手をひっくり返し、ポイントを奪うのだ。

湯元進一(ロンドン・オリンピック、フリー・スタイル55kg級銅メダリスト)「僕もナショナル・チームのコーチに教えてもらった〔のと同じ〕技なんですけど、世界でも本当にやる人はほとんどいないですね。僕ぐらいかもしれないです。それはやっぱり、〔アンソニーは〕うまいですね。僕より綺麗に返しますから。ほんと、びっくりしました」

“相手をひっくり返すと2点獲得、途中、両肩が床につけばフォール勝ち”

 アンソニーは、握力80kg、ベンチプレス138kgはあげる体にまで成長していた。
 そして、高校3年生の時、ついに州のチャンピオンに輝いた。さらに、その実力が認められ、アリゾナ州立大学への奨学金を獲得することができたのだ。

 ところが、アンソニーが、大学2年生の時だった。
〔母が倒れた。駆け寄るアンソニー〕
アンソニー「母さん、大丈夫か?母さん、母さん」
 運命のいたずらは、時に母と子に大きな試練を強いることとなる。奨学金を獲得したとはいえ、母子家庭の親子の生活は貧しかった。ジュディは、生活費を稼ぐために休みなく働き、それでも足りないときは、一回35ドル(約4千円)で献血するなどしていた。長年の無理がたたり、体調を崩してしまったのだ。
〔ベッドに横たわる母に向かって〕
アンソニー「母さん、大学をやめて働くよ」
「レスリング、どうするの?」
アンソニー「そりゃあ、働くんだから辞めるしかないじゃないか」
「まさか、諦めるんじゃないでしょうね」
アンソニー「でも」
「何とか頭で方法を考えるのよ。可能なことを不可能にしちゃダメ。考えなさい」

 母は、自らが命の危機に瀕しても、息子の夢を絶つことはなかった。考えた末、アンソニーは・・・。
アンソニー「仕事と練習、どうしたら時間が・・・。時間か、そうだ」

アンソニー「練習をよりスピード・アップさせて、早めに切り上げ、その後、レクレーション・センターでアルバイトを始めたんです」

 母の決して諦めない前向きの精神は、アンソニーにも伝わった。そして、ジュディさんの両親の援助も手伝って、アンソニーは、大学をやめずにすんだのだ。

(次回に続く)


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