■ジージャー主演の最新作『チョコレート・ソルジャー RAGING PHOENIX』(2009年)のDVDがいよいよ10月28日に発売される

 5日(月)である。
 映画、といってもケーブルTVで見た『チョコレート・ファイター』の事をブログに書かせて頂いたら、多くの方々にのぞきに来て頂けた。私は、このライブドアだけではなく、アメブロ、にほんブログ村などにも公開させて頂いているので、常時1000名余の方々に見ていただけている。
さて、“ジージャー”ことヤーニン・ウィサミタナン主演の最新作
『チョコレート・ソルジャー RAGING PHOENIX』(2009年)
 のDVDがいよいよ10月28日に発売される。
 今回、監督はラーチェン・リムタラクーン、プラッチャヤー・ピンゲーオは製作者の一人となっている。
 ただし、ネット上にすでに出ている感想を読む限りでは、ヒップホップ風の酔拳が出るそうで、あまり評判が良くない(苦笑)。


■製氷工場でゼンが怪鳥音を発しながら戦うシーンは、ブルース・リーへのオマージュとして入れられたものである。

 話を戻して、『チョコレート・ファイター』のこと。
 この『チョコレート・ファイター』は、主人公ゼンは、自閉症児という設定である。
 監督は、小柄な女の子が、大の男を次々となぎ倒していくという点で、苦心したという。で、悩み続けて出たアイデアが、主人公のゼンは、自閉症で、自閉症児に特有の特殊な才能があった、その才能が、ゼンを強いファイターにした、そして、女性ならではのスピードとしなやかさで敵をなぎ倒す、ということだったそうである。
 映画好きを自負する私だったが、カンフー・アクション映画で、まさに釘づけになったのは、久々のことである。まさしく、ブルース・リー以来と言ってもいいだろう。
 ブルース・リーの話が出たので、さらに『チョコレート・ファイター』余話である。
 映画の前半部で、ジージャン扮する主人公のゼンが、製氷工場で、荒くれ男たちと戦うシーンがある。
 そこでは、ゼンは、ブルース・リーさながらの奇声を発し、その身のこなしもまるでブルース・リーを思わせるのだが、初めてそのシーンを目にしたとき、
「えっ、何これ」
 と、首をかしげたものだった。
 今さら、ブルース・リーのコピーなどして欲しくなかったからである。
 実は、これには裏話と言おうか、事情があった。
 以下、ウィキペディアからである。

「製氷工場でゼンが怪鳥音を発しながら戦うシーンは、ブルース・リーへのオマージュとして入れられたものである。
 当初、ピンゲーオ監督のコンセプトでは、ゼンが家でブルース・リーの映画を観るシーンがあり、のちに製氷工場で攻撃を受けた際、映画で観たシーンが脳裏にフラッシュバックされ、ブルース・リーのように奇声をあげて敵を倒していく場面になる予定だった。
 そしてそのコンセプトに基づいて製氷工場でのアクション・シーンも撮影されたが、あとになってから著作権の問題が持ち上がり、ブルース・リー映画の使用断念を余儀なくされた。
 結局、ゼンが家で観る映画はブルース・リーの出演作品から、自身の監督作である『マッハ!』に差し替えられ、よってフラッシュバックされてくる映像も『マッハ!』に変更された。
 そのため、トニー・ジャーのフラッシュバックを見た後にブルース・リーのように戦う不自然なシーンになっている」

 かつて大ヒットしたプラッチャーヤ・ピンゲーオ監督の『マッハ!』(2003年)は、数年前にテレビで見たことがあるが、もちろんCGを使わないリアル・ファイトなのでアクションは見ごたえがあるが、ストーリーがつまらなくて・・・、今回の『チョコレート・ファイター』に比べたら、かなり見劣りがする。


■『格闘界のキム・ヨナ』と呼ばれることがあるというイム・スジョンが出演 

 ジージャー以外の魅力的な登場人物について、触れておきたい。
 ゼンのお母さんジンを演じるのは、タイ人のソム・アマラー・シリポン、美人である。
 ソム・アマラー(1980年生まれ)は、タイでは有名な歌手であり、モデルだという。ゼンの母親役を演じているのだが、実際には、ジージャーより4~5歳年上にすぎない。 
 ソム・アマラーに関しては、日本語情報があまりにも少ないので、今のところ以上である。英語を見る元気が今はない(苦笑)。

 もう一人、大韓民国出身のキックボクサーのイム・スジョンも出演している。ただし、同姓同名のモデルで女優がいるので間違わないように。
『格闘界のキム・ヨナ』
 と呼ばれることがあるというイム・スジョン、映画の中ではどの役なのかが、今の私には確認できていない(苦笑)。
 以下、イム・スジョンのプロフィールである。やはり、ウィキペディアから。

 イム・スジョン(女性、1985年10月17日 - )は、大韓民国出身のキックボクサーである。高校2年生の時にダイエットのためにムエタイを習い始め、2007年の11月、22歳でタイへと渡り3ヶ月間の修行を経験。2007年にバンコクで開かれた国際アマチュアムエタイ連盟の大会で銅メダルを獲得し、更に大韓民国のムエタイバンタム級王者となった。

 韓国の格闘技興行「ネオファイト」でせりとタイトルマッチを戦い判定勝利を収めた。
 2006年10月7日、全日本キックボクシング連盟でWINDY智美と対戦し、0-2の判定負け。
 2009年にK-1への参戦が決定。この時点でムエタイにおける戦績は全21試合17勝4敗。
 そのK-1初試合となった2009年3月20日のK-1 AWARD & MAX KOREA 2009では、REINAに2-1の判定勝ちを収めた。
 2009年の9月に大韓民国のソウルで催されたK-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16にて、中華人民共和国出身の散打選手チェン・チンと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。
 2009年8月23日に行われたシュートボクシング「Girls S-cup 2009」に参加。優勝候補と言われながらも1回戦でV一にシュートポイントを2度奪われ0-3の判定負けを喫した。
 2010年3月28日、J-GIRLSのメインイベントで佐々木仁子と対戦し、2-0の判定勝ちを収めた。
 2010年10月3日、韓国で開催されたK-1 WORLD MAX 2010 IN SEOUL -70kg World Championship Tournament FINAL16で谷村郁江と対戦予定であったが、自身の体調不良により試合は中止となった。


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