いつでも逢えると思っていた。
いつでも、逢えて、そして話しが出来ると思っていた。

でも。

人は必ず死んでしまう。

あの人は老齢、という年齢だった。
私の祖母も夏の暑さが堪えて逝ってしまった。
だから、あの人も今年のこの暑さで逝ってしまった。
暑さは体力を奪う。
健康体であっても注意しなくてはならない暑さ。
それが、満身創痍な身体ならひとたまりもない。


告別式のあと、焼き場にも行かせて貰えた。

骨は・・・脆くなっていた。
頭の中で、うちのコたちが逝った時の移動焼き場の人が言ったことを思い出していた。

「人間は高齢になればなるほど、骨は脆くなるんです。動物の場合は逆に綺麗なお骨になるんですけれどね」

あの人は、足の具合が悪かったので金属を足に入れていた。

金属にまとわりついた骨。

それは・・・古いコンクリートから出ている鉄骨のように見えた。

涙が止まらなかった。



あれから数日。


昼間はある程度忘れられる。

だけど、夜になると「私の人生の一部を作ってくれた人」が本当にいなくなってしまった事実が虚無感を呼ぶ。

何もしたくない。
出来ない。
蹲ってしまいたい。


だけど、父も祖父母も義理の父も亡くした経験がある私には先のことは判っている。

人は必ず死ぬ。

そして、時が残酷なまでにその事実を慣らさせてくれる、ということを。

思い切り泣き、想い、そうして前を向いて歩いていく。

今現在足踏みして、後ろを振り返っていても自分はきちんと歩いていく。


・・・それが・・・それが判っているから、余計に涙が止まらない。


いい大人が情けない。

客観的な視点の私はそう思う。


仕方ないじゃないか、中途半端に・・・自分のココロの中の穴にも気づかず平気だ、と強がって行動すれば、哀しみをどこかに残したまま歪になってしまうと、感情的な私は思うんだから!

今は・・・まだ・・・


私は泣きたい。

私にとって、家族の次に長くお世話になっていた人が亡くなった。
その方との思い出は、嬉しいことも悔しくて辛くて哀しいことも沢山あった。

ここ数年は高齢による認知症を患っていらして、家族の方からは見舞いを遠慮して欲しいと言われていた。

長いお付き合いだったからこそ、元気だった頃の姿を覚えていて欲しい、との身内の方の気持ちは察してあまりある。

そうして・・・告別式で本当に久しぶりにあの方に逢える。

逢えても、色んなことを喋りあったりすることはもう出来ない。
だけど、沢山沢山私はお話したい。
ココロの中で沢山沢山お話する。
その時、多分・・・いや必ず私は泣いてしまうだろう。だけど・・・
子どもの頃に戻ったように、泣き虫に戻ってしまうだろう私を許して下さいますよね?

今まで・・・本当に、本当にありがとうございました。




ご無沙汰でございます<(_ _)>

まだまだまどかのはつじょーきが終わらず(一度終わったと思っていたんだけど、大間違いでござんしたorz)、私はともかく夫クンは寝不足の模様^^;。
避妊手術をすればいいんだけど、出来ればお仔がほすぃので、我慢だ!(笑)
つか、一番セツナイのは、まどかだよな・・・すまん。

そして!

まだ写真には撮れていないのですが、「おみゃーの前世は海老か?」と真剣に思うほど、少しでも身体に手を触れるとずさーーーーーっと後方に下がって「わらわに触るとは無礼千万!」状態だったまどかに、とうとう触れること・・・いや、おひざに乗せることに成功~~~♪
ぱふぱふ♪どんどん♪

ほむほむは比較的早くに警戒を解いてくれたのですが、まどかはムリかもー。抱っこキライのぬこもいるしなー、とほぼ諦めかけていたので、ちょー嬉しいであります♪

で。

夫クンにメールで「残念なことに、まどかをひざに乗せることが出来ました(←日本語は間違えてませんw)」と送ったら・・・。

♪~♪♪♪(←コネクトw)
ワシ(´∀`)「お、返信はや」

オット(`‐ω‐´)『絶対に許さない・・・。絶対にだ』


ヒィー(((;゚Д゚)))ガタガタ


が・・・がんばっておくれ・・・膝抱っこはともかく、はやくナデナデ出来るといいね^^;(こればっかりはお手伝いできねーもん^^;)








$私の中の海・そして月

む?アマゾンの「ノ」みたいな口?

$私の中の海・そして月

おま・・・まだ一歳にもなってないはずだぞ?
しかも、微妙に貫禄あるし^^;


$私の中の海・そして月


・・・・