おにのこあかたろうシリーズの中の一冊です。


「つのはなんにもならないか」鬼の子ですから、角があるのは当然。でもなにをして遊ぶにも角が邪魔をしてしまう…


角なんてなければいいのになあ…


そう思うあかたろう達ですが、実はとても役に立つ…というお話です。


むしゃむしゃの森を探検しに行くのですが、その時の歌が大好きで、保育園のときの先生と歌った記憶があります。♪むしゃむしゃの森はなぞの森 なにがいるのか分からない♪でもどんどん怖くなり、鬼の子達の気持ちに合わせて文字も小さくなる、可愛い絵本です。


角は人間にはありませんが、自身も、こんな自分のこんな性格、こんな身体的特徴、なければいいのになあ…なんてよく思ってしまいます。子ども達も、小さな心の中に幼いながらに劣等感や悔しさのようなものを持っているのではないかと思います。


ですが、自分に無駄なところなんてない、それを端的に伝えてくれている絵本かな、と私は思います。

作者の方がそう思っていたかは分かりませんが、私はこの絵本からそのような印象を受けました。


幼稚園に勤めていた時のことです。ある日女の子が私に言いにきました。

女児「せんせい、わたしな、怖がりやねん。暗いところとかな、怖いねんで。お友達からも怖がりって言われるねん」


私「そっか。○○ちゃんはそれ言われてどう思ったの?悲しかった?」


女児「うん、ちょっとだけ。怖かったらあかんねやろ?」


この子はどれだけの思いを抱えているのだろうかと思いました。どう伝えたらいいのか、一年目の自分にはこの子にどう伝えるべきかが分からず、迷ったのを覚えています。

その時は

「怖いことはあかんことじゃないよ。」

ということが精一杯でした。


どうしたものか、そう考えている時にこの絵本を思い出しました。4歳児クラスでしたが、全体的に幼かったので、この絵本を読むことにしました。


読み終わった後、クラスの子ども達に言いました。

「あかたろうたちは、角がじゃまだ、無かったらいいのに、って思ってたね。みんなにも、自分のこんなところが嫌だ、って思うところがあるかもしれないね、でもそうじゃない、このあかたろうたちの角みたいに、きっといつかは、あって良かったな、って思えると思うよ」


どこまで伝えられたかは分かりませんが、性格的、身体的に弱いところも含めて、自分なんだ、と少しは感じてもらえたのかなあと、この時期になると思い出します。

私が恐らく一番好きな絵本です。

絵が少しリアルなのですが、私が一番心の頼りとしてきた絵本かもしれません。



主人公は女の子です。幼い妹がいるため、普段からいろいろなことを諦めている。

そんな時山で、一人の老婆に出会い、花さき山で自分の花を見る…という話です。


花さき山という山には、いろいろな花が咲く。

それは、誰かを思いやった人の気持ちの花です。


貧しい家で、自分はいいから妹に新しい着物を買ってあげて、といった姉の花。

幼い弟のために、自分もまだほしいおかあさんのおっぱいを我慢した兄の花。


よく、これは我慢を強いる話だ、という意見も聞くのですが、絶対に違うと思います。

我慢といってしまうと、この姉の、兄の、妹弟を思いやる気持ちが薄れる気がします。


現実で子どもを褒める時もそうです。「我慢できて偉いね」ではなく、「他の人、お友達のことを考えられたんだね。その気持ちが嬉しい」と言葉をかけるようにしています。

我慢が必要な時もありますが、それでもやはり、なぜその子が我慢しようと思ったのかを考えたいものです。


それは、相手のことを思いやったからこそではないのでしょうか。思いやりがなければぐっとこらえて我慢することは難しい、そう思います。

そのような思いやりなく、ただ大人に「我慢しなさい」といわれたから、では子どもの気持ちは育たないのかなあと感じています。


何かあった時に、「今、私の花が咲いたかも」と思いながら、そして「今、この子の花が咲いたなあ」と思いながら、日々を過ごしたいと思います。

タイトルは私の好きな言葉です。

「森は生きている」の中の詩か、歌だったと思います。


自分が通っていた保育園では、本当にたくさんの歌をうたっていました。

その中の一曲でした。


今回、なぜ森は生きているを取り上げようと思ったか、説明は難しいのですが、個人的に好きな話だからとしか、言いようがありません!



主人公が、雪深い森の中で、四季に出会い、そして生きていることを実感する…。

春は若さ溢れ、冬は落ち着いた優しさをもっている、そんな季節の移ろいが、とても綺麗に描かれていると思いました。


その中に、出てくるのです。作品中には出てこなかったと思いますが、歌に!


一瞬の今を千秒にも生きて この嬉しさを 胸に 胸に 刻もう


一日はとても早く過ぎ、そして同じ日は二度ときません。子どもたちにはそんな一日を、大切に大切にしてほしいと、考えています。


見逃せば一瞬で終わってしまう「今」を、自身にとって豊かなものとなるよう過ごしていきたい、そしてそんな子どもたちの一瞬を、見逃したくない、そして感じた喜びを忘れることなく胸にとどめておきたい、そう私に思い出させてくれるお話です。