風すさぶー神道系伝道師 ひろあきの預言

風すさぶー神道系伝道師 ひろあきの預言

自分らしくありたい。いろいろな問題を解決したい。そのために神様や守護神様、天使、守護霊様、ご先祖、様々なガイドから預言をいただくお手伝いをします。

最近、書籍やSNSで神社の参拝方法とか願いが叶うお参りの方法みたいなのをよく目にします。

神様や神社に興味を持ってもらうのはとても嬉しいのですが、それって本当? と思うのが多いと感じています。

 

ほとんどの神社は神社庁の管轄にあり、その儀礼も古式に則り引き継がれています。

でも、儀礼なんて所詮人が考え作ったものなので、人の勝手で変化しています。

人の勝手、最たるものは神社の御祭神も人の勝手で挿げ替えられているケースもあるのも事実です。

祝詞のもとになっている古事記のストリーはファンタジーですから奏上して本当に神様が感応されているかなんてわかりません。

 

 

そんなこと言ってはいますが、神様に対する敬虔なる畏怖はちゃんと持っております。

 

ここからは私の個人的な素朴な疑問と自問自答なのでご笑覧いただければ幸いです。

 

1;神様の通り道 【正中】

 

まず、神社参拝の基本として、お参りする際には参道の真ん中を歩いてはいけない、というのがあります。

参道の真ん中 つまり「正中(せいちゅう)」は神様がお通りになるから、とかご神前の延長線だからと言われています。

 

神様がお通りになるってことは、神様って参道からいらっしゃるのですか? って思います。

どうやって? まさか徒歩? フワフワ浮いて? 神様だから何か牛車のような乗り物でソロリソロリ? 

間違って正中を歩いたら神様とぶつかってしまっているようなことはないのですか?

 

ご神前の延長線? 御神前と参道が必ずしも直線でない神社もありますよね? 

また、正月三が日、初詣の列がつながっていて、そのとき横に並んでいるのから正中にいてしまう人もいるわけで

私、正中に立ってる! と気が気ではないはずです。

 

では、神様ってどこからいらっしゃるの? という疑問が生じます。

神様がいらっしゃる方向が判明すれば「正中」問題も解決するではと思います。

 

やはり、神様は天からいらっしゃるのではないでしょうか。

神様が集う高天原からつまりは神界・天界から、シュっと瞬間移動のような感じなのではないでしょうか。

 

よく考えてみると、「正中」を守らなければならない理由もないような気がします。

あくまでも、形式 として、

神様の御前だから、その前をふさがないように、という考え方なのでしょうか。

今年も年一の出雲へのお礼参りをさせていただきました。

今回は、同窓会で知った出雲在住の同級生とも会いました。

年一で出雲に来ることを言ったら、そんなに⁉️ とびっくりされました。
(そりゃそうか。わざわざ東京から年一なんて、なんて酔狂なと思われて当然か)

でも、出雲とか古くからの場所は、その土地の雰囲気というか、磁場がいいんです。

また、出雲は神話の国なので神社が多いのは当然ですが、巨石のスポットも実は多いのです。

元々、神道はアニミズム、つまりは自然崇拝です。
海や川、山が信仰の対象です。
だから、巨石も信仰の対象になります。

神社のお社はその自然崇拝の発展した形で、
今でも、御神体が山、というお社は諏訪大社本宮をはじめ幾つか残っています。

巨石が有る場所は古くから信仰の対象として崇拝されていたはずで、その歴史は古いのです。

しかも、なかなかのパワースポットでもあります。
信仰の対象となっている巨には、かなりパワーがあります。

おそらく、医療が発展していない古代では、病気を治すには自然にお願いをする方法しかないです。

だからこそ、パワーのある場所で病気平癒を祈っていたのです。

出雲は神社だけではなく、そんなパワーのある巨石が幾つも点在しているので、巨石のパワースポットを巡る旅もできる場所でもあるのです。





最近、書店などで龍神様関係の本をよく目にします。


龍神様を呼ぶ方法や守護してもらう方法などが記されています。


フェイスブックなどでは龍神様が映ったと、よくアップされているようです。


そもそも龍神様は、大きく分類すると神様の眷属やお使い、また精霊的なのが多く、眷属だとその主である神様とその人との繋がりがないとそんなにホイホイ守護になってくれるわけがなく、また、精霊的だと人にとらわれることなく自由なのでこれまた、人の守護などというのはないハズです。


写真にしても、スマホのカメラはレンズに入る光の角度によっていくらでも光の帯やご光のような写真が撮れます。


まさしく、幽霊の正体見たり枯れ尾花


なのです。


しかし、イワシの頭も信心から

信じるものは皆救われる、かもしれません。


ですが、ホンモノをみわける目は必要です。



たまたま通り過ぎたのが写り込んだ、そんな写真はやはりお願いして写したのではないから、波動、雰囲気が違います。

最近、電車に乗り座ってると、私の両サイドが何故か空いてます。

他の席はいっぱいなのに何故かです。

そして、なかなか人が座りません。

座ったと思えば、ちょっとクセが強いなぁと思う人ばかり。

しかも、向かいの席のに座って私と目があったとたんに立ち上がってしまう人さえもいます。

なんじゃこりゃ⁉︎ です。

電車の隣に座る人も巡り会いです。

かつてのご縁があったりしてます。

しかし、こうも続くと流石にちょっと気になります。


今日は今年初の新月です。

再生を意味する新月に願い事をすると叶いやすくなるといわれてます。

メインは、本日11:17ですよ。

今話題の富岡八幡様にお参り。

境内にも立ち入り禁止のテープが張られています。

報道のカメラもウロウロしてました。

宇佐八幡様、富岡八幡様、また、八幡様。

キーワードは、宮司の跡目争い。
神社庁離脱。

神様は、人がする事には口を出されませんが、苦々しく思ってらっしゃるようです。

武の神様だけあって、曲がったことはお嫌いなのです。

信仰と経営。浄と俗。うまくは行かないのでしょうか。
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先日、東京国立博物館で開催中の運慶展に行きました。

テレビなどで紹介されてるおかけで、開館前からかなりの人。

それでも比較的にゆっくりと見られました。

慶派の仏像の躍動感は比類なきものですが、よくよく見ると、どちらから風が吹いたらこんな風に服がたなびくのか? などツッコミ所は沢山ですが、迫力は半端ないです。

仏様のお顔を見てて思ったこと、なんか土屋太鳳さんに似てね? と。

そう思ってしまったら、どのお顔も土屋太鳳さんに見えてくる。

特に少年のような仏様に多く見られ、矜羯羅童子様などソックリです。

これを読んで運慶展をご覧になった方、感想をください。
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8/26.27に行なわれた、吉田の火祭りに行きました。

吉田の火祭りは400年以上も続いてるいる、山梨県富士吉田市上吉田で行われるお祭りで、北口本宮冨士浅間神社と諏訪神社の両社による例大祭です。

今回は偶然にも土日でしたが平日の場合、参加する氏子は会社を休んでも良いらしく、なかには会社自体が休みになる場合もあるようです。

1キロぐらいある、富士浅間神社に続く参道に並べられた松明に火がつけられ、夜の闇を照らす風景は圧巻で、炎の熱が半端ないです。
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日本三大奇祭の一つと言われる所以に納得します。

お祭りの由来は、幾つかあるようですが、私見としては、富士浅間神社のご祭神がコノハノサクヤヒメ様、つまりは富士山。富士山は火山。火山は噴火。噴火は炎。その炎を奉るところから来ているのではないかと思います。

また、炎は不浄を払い焼き尽くします。
神道では、火・水・風の払いがありそれに相当するのではないでしょうか。
仏教での不動明王様が火炎を背負っていらっしゃるのも人間の煩悩を焼き尽くす為です。

来年は、日月曜日ですがご都合の付ける方は是非一度は参加して、浄化と炎のパワーをいただいて下さい。

自己防衛、どうすればいいのですか?

と、相談をいただいたときによく聞かれるので、個別に方法を説明させてもららうのですが、

んー、それは力がある人だからできるんですよと、つれない返答が多いです。

私には出来ない、と思われているようで、そこからなかなか難しいようです。

確かに、その人がもともと持っている力量も関係します。

しかし、大抵のことなら方法と思い、なのです。

方法として、神道式と仏教式では違います。

神道は、基本が祓え清め、なので不浄なものを祓うには適していると思われがちですが、浄化もちゃんとできます。

仏式は浄化に適してますが、祓えというイメージがありません。そもそもお経は御仏の功徳を賛美しているのでそれにあやかって成仏しているからです。

ですから、仏式で行う時は、菩薩様ではなく明王様の力を借りるのが得策なのです。

あと、思い、ですが、まずは、なんとかなると思うこと。

私には出来ないと負のイメージやマイナスの思いは禁物です。

出来るものもできなくなってしまいます。

そして、神様や仏差に頼む、任せる思いが大切です。

実は、ここが一番の肝です。

イメージで神様や仏差にお任せします!

と、投げ込むイメージが出来れば大丈夫なのです。

この3次元の物質世界以外は、殊の外、イメージの世界だからなのです。

その事を理解出来れば、万事、大丈夫です。

ついては、3次元世界にも及ぼします。