ジハード〈1〉猛き十字のアッカ (集英社文庫)/定金 伸治
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【時は12世紀後半。
血に飢え、野心に満ちた十字軍は聖地をめぐる侵略をくりかえしていた。
そんな野蛮なキリスト教世界に背を向け、英雄サラディン幕下のイスラム軍に加わったヨーロッパ人がいた。
その名はヴァレリー。
天才的な軍略で、彼はイスラム文明の危機を救えるのか?
第1回ジャンプ小説・NF大賞に入選し、大好評を博した傑作歴史ファンタジーシリーズが大幅改稿でついに文庫化。 】


面白かった。

● 登場人物

ヴァレリー
ヴァレリウス・アンティアス。作中で「アル・アーディル」(公正)という名を与えられている 物悲しそうに笑うか、困ったように笑うか、時々痛そうに笑うかの人。
変な人。よく解らない人。掴みがたい人。大声では笑いそうにない人。
自己犠牲というには、あまりにも捧げすぎている人。踏まれるために生きたい人?
人の感情を動きに入れて計算できる人。剣の腕も良いらしい。
暗殺者から主人を引き離そうとして単独行動の末昼寝する。エルシードの補佐。

エルシード
イスラム軍の総帥、サラディンの娘。
少年のような形をしていて、よくそう見られるが、女であることを隠しているわけではない。
静から動、乱から静の転換ではなく、「怒」から「笑」への変換が早い人。
主役2人がよく解んない(笑) なにをしそうかは話の流れもあって解るんだけどなあ。なにをしたいかは解んない。
癇癪持ち。時々物凄い理不尽だけど結構許されている。かなり横暴なお姫さま。

サラディン
アイユーブ朝の開祖。対十字軍戦で大いなる成果をあげる。イスラム世界の聖将。
ヴァレリーはお姫さまと王さまの両方なのかな?
どちらにしても少し読んだだけで安心して任せられる「王さま」であることは確かでした。
最初出てそのあとすっぽり出てこない(笑)

ラスカリス
最初は監視役だったけど、ヴァレリーに誘われた言葉がずっとしこりのように残っていた人。
作中でヴァレリーの側近に。気のいい、真面目で、常識のある、とても素直なお兄さん。
主人公がばりばり常識破ってくからこの人が出てくると妙に安心する。

ギュネメー
ヴァレリーに恩のある怪力のおじさん。お兄さん?
ラスカリスと共にイスラム軍に参加。

ルイセ
ギュネメーの妹であり、諜報活動にずば抜けた才のある女の子。
ひょっこり顔を出してはぱっぱか忍び込んじゃう子。明るくて良いな…。

シャラザード
途中から、表向きはヴァレリーの養女、ばればれの裏向きは監視役をする16歳(自己申告)の女の子。
ルイセと一緒で特徴だけつかんであんまり出てこないけど、出てくると結構掴んでく。

リチャード
十字軍に参加したイングランド王。獅子心王(ライオン・ハーテイド)と呼ばれる。
戦が大好きな人。とりあえずそれだけな人。全部そのために利用する人。
ヴァレリーに問うのはこの人。

ベレンガリア
リチャードの奥さん。愛もなんもない結婚だったはずなのに、その見識を王に買われ、剣を持つ。
面白くするためにはなんでもする人。基本無口。

アル=カーミル
ヴァレリーの息子を名乗って忍び寄った暗殺者。まあばればれなわけですが。名前の意味は「完全」。


■ 感想とか色々~

天才的な軍師:ヴァレリーと、横暴で理不尽で悪が大嫌いなお姫さま:エルシードの物語――ですが、彼らを取り巻くものがキリスト教や名を馳せる大国の王だったりするので色々大変です。
基本的に「勝負に勝って試合に負けた」、策自体は成功したはずなのに追われる身になっている、というなんとも不遇な主従。
そして大分悲劇的なはずなのにわめき散らすことが得意の姫さんと釣り糸をたらすことが趣味の策士さんは のらりくらりと危機的になりつつもすり抜ける。滑り込みぎりぎりセーフ!


サラディンやタキの兄さん(味方)が素敵なのも嬉しかったけど、敵対する側がかっこよかったのも嬉しかった!
リチャード! いやむしろこの王さんよりもベレンガリアだ!!
巻き込まれたくないけど、かき回してくれる人は大好きですともっ!
キリストの腐ったおじちゃんはある意味行き過ぎてて生暖かい目で見守りたいくらいだしそれもそれで楽しかったです。
不愉快にならない程度のやられキャラっていっそ痛快だな。清々しい。


主人公にそこまで都合が良くないというほど悪いわけでもないんだけど、ヴァレリーがヨーロッパ人であることを楽観視していないのもよかった。
肌や髪の色が隔たりであることを簡単になくすのならそもそもこのお話は成り立っていない気がするし。
お互いがいない場所でお互いのことをほめているあたり 君ら(笑) と思う。可愛すぎだろ。
地団太踏んでるようなお姫さんもいいし、昼寝して怒られてるヴァレリーもいいよー。
お姫さまはね、危うい上で危うくないから好き。真正面から叱ってくれる人や諭してくれる人がいて、かつそれをちゃんと受け止めるのは、とても凄いことだし、素敵だと思う。
悪を討つのも悪かもしれないよ、というお話。

正直 世界史って話大きくなっちゃうから解んなくなるんだよなー とか
どこの国の誰がどうしててなんて、もう頭こんがらがっちゃう上に戦始められると河が山が国境がどうので え………? とパニック起こすかなーと思ってたんですが そういうの全くなくさっくりどっぷり楽しめました。
複雑なはずなんだけど簡単に言ってくれたというか。
国そのものの前に人間が来てくれたので嬉しかった!

後半の暗殺者が出てくるのも、唐突だったはずなのに彼らの背景を書いてくれたことですんなりと受け入れられた。
あと悪役がある意味典型っていうのもあるかも。だけど決して安くはないし成りきってくれるからこっちも割り切れる。
ヴァレリーモテすぎ!(笑) と思ったけども、モテるだけの“なにか”を持っている人でした。
ヴァレリーが愚か者でも周りは変わらない、とシャラザードが言ったのは、だって能力に跪いているんじゃないよね? と思った。
エルシードやラスカリス達のことを「家族」という表現が何回か出てきたし、最後の「姉」発言からして、色々考えちゃうんですが、続刊、続刊。


続きは色々苦しいようですが えー…… 大分……苦しむようですが
集英社文庫だと6巻完結だそうで。
P74の「関係は変わらず続くことになる」に期待…したい…です……。
(むしろよすがと言うか最後の砦というか)

イラスト:高橋常政さん、デザイン:岡邦彦さん