私ごとですが愛犬が虹の橋を渡りました
9年前運動会の打ち上げバーベキューをしていた時、近所の畑でうろうろしていたのを子どもたちが追いかけ回し捕まえてきました。
警察に連絡すると
「連休だから保健所も休んでいるし警察では預かれないから預かって欲しい」
と言われ、みんなイヤがる中、マリがどうしてもと頼むのでうちが引き受けました。
ブルブル振るえて人間を怖がっていました。
小型犬で外に置いておくと死んでしまうような子です。
でもどんな病気があるのかもわからず玄関に連れ帰りました。
その日は主人は熱が出て寝込んでいて犬の話をすると「絶対飼えないから警察に連れて行くように」と言いました。
子どもの運動会は連休の最初の土曜日。
次の日は日曜で休み、月曜も祝日、次の日は振替休日で私は子どもに合わせて休みを取っていました。
日曜、私は用事で子どもを連れて出かけ、その間、主人は玄関に犬を見に行きました。
ブルブル振るえる犬を見て
「この子が保健所に行くと1日で死んでしまう」と思ったそうです。
主人は誰よりも優しいし、動物が好きです。
見てしまうとダメでした。
連絡が来て、飼い主が見つからなかったら飼おうか、と言われました。
帰宅してから警察、保健所に連絡。
届けが出ていないので獣医師に連れて行き病気の有無を診てもらいました。
ワンコは歯がボロボロ、顔は白髪だらけで腕は折れた痕があり尻尾はハサミで切られ歪んでました。
推定10歳超えのおばあちゃん。
獣医師の指導で獣医ネットワークの迷子届けを出しポスターを何部も作り自治会に配り近所に貼ってもらいました。
たちまちは蚤などはいないけれど変な咳をして心臓も悪いだろう、でも保護犬は最低1年は大きな処置は出来ない、訴えられて負けたことがある(病気予防の避妊をした)と言われました。
そしてうちの子になりました。
当時のマリとユリは小学2年生と保育園の年長さん。
チャイと名付けたワンコは子どもには全然懐きません。
女性も怖いらしく私にも懐きません。
主人が作業着を着ると切なそうに見つめ、主人にだけ尻尾を振ります。
トイレは躾けられ吠えず噛み付いても本気では噛みません。
とても賢い子です。
散歩は主人以外だと家の周りから離れません。不安そうに周りを見て家に帰ろうとします。
作業着の男性だけ追います。
ただ、とても食いしん坊で餌をあげる私にはどんどん懐き、頭をすり寄せお腹を見せて甘えてきました。
9年の間にマリとユリは少しずつでパパから離れて成長します。
パパ大好きで「将来結婚する」と言ってまとわりついていた子たちですが、いつの間にか手をつなぐことはなくなり帰宅しても玄関を開けて飛び出す事もなく
「お帰り」と言うくらい。
そんな中でチャイはいつもブンブンと尻尾を振って出迎えます。
病気になり歩けなくても主人にだけは首を上げて尻尾を振ります。
犬ってこんなに健気な存在です。
4年前は子宮蓄のう症と言う病気にかかりました。
ほとんどの犬にかかる可能性がある病気で出産させる気がない時は幼犬の頃に避妊手術をするのが一般的だそうです。
かかった場合も外科手術が一般的だそうですが、うちの子は老犬で麻酔に耐えられないと言われ、服薬だけでした。
餌も食べられず毎日点滴に通い注射をしました。
死を覚悟しましたが、奇跡的に助かりました。
先生には「宝くじに当たる確率」と言われました。
うちは宝くじに1度当たったと言える幸運を受け取りました。
治りましたがその時からチャイは老犬だとみんな認識しました。
前以上に可愛く愛しいと自覚し、普段愛情表現をほとんどしない主人もチャイだけは可愛い可愛いと口に出して撫でます。
少しずつ少しずつ老いていき、寝て過ごす事が増えたある日、気がつくと腕にシコリがありました。
たった数日でみるみる腫れ上がり慌てて「癌治療にも力を入れている」獣医師を探して受診。
肉腫でした。
すごい速さで大きくなりました。
幸運にも神経や血管を圧迫しておらず
「もしも肉腫が大きくなり過ぎて肉が裂けたらすごい痛みになる。それまでは薬で炎症を止めながら騙し騙し過ごすしかない」と言われました。
チャイは老犬でしたが、食欲旺盛で中身はまだまだ元気です。
肉腫の破裂と寿命はどちはが先なのだろうかと恐ろしく思う毎日が始まりました。
体重2.8キロの小さな犬です。
数センチのシコリが小さなキュウイフルーツくらいから丸々としたキュウイになり、大人の拳くらいになりました。
その頃から身体のあちこちに撫でるとビー玉くらいのシコリがあるのが分かりました。
いたるところでそれが大きくなりチャイの身体は形がおかしくなってきました。
それでも薬で痛みは抑えられているのかお腹が減るとヨロヨロと歩いてエサをねだります。
歩くのがおぼつかないので歩きやすいように絨毯を引きました。
老犬で歩くのが不自由になり、あんなにトイレトレーニングはしっかりしていて子宮蓄のう症になった時もトイレだけは歩いてシートにしかしなかったチャイがそこら中でトイレトするようになっていました。
立てずにベットでする事も増えました。
仕事しているので常にそばにいてあげられずオムツはかぶれるのではないか?と迷ってそのままにしていました。
食事は好きなものしか食べなくなりました。
そのため脱水気味だと獣医師に言われウエットフードにしました。
それも味があるのか、好きなものしか食べられません。
「延命はしない」口から食べられなくなっても点滴で補うことはしない、と決めていました。
癌に栄養がとられ、エサも選り好みするのでチャイはどんどん痩せました。
食事が満足に取れない時はカロリーが高いのでカスタードクリームを与えてみるようにと以前の獣医師に聞いていたのでクリームパンをあげました。
ものすごく喜ぶので夜に少しあげる事にしました。
その日はマリが部活で遠くの大会に参加するので家族で車で迎えに行きました。
連休中日で、帰宅したのは11時過ぎて。
チャイは寝ていました。
しばらくすると気配で目覚め、私たちは
「ただいま」と声をかけて頭を撫でました。
お腹が空いている様子で(エサはお皿に入れてますが目が見えず鼻も効かないので介助がなくては食べられないときが増えていました。)
「まだまだ元気だね。遅くなったね」
とクリームパンを口元に差し出すとガツガツと食べます。
クレクレ、とねだるので
「そんなに慌てて食べると危ないよ」
と水をとろうとしたとき
「キュッ」と一声鳴いて真ん丸な目で私を見つめなら後ろにゆっくりと倒れて行きました
喉に詰めたのかとびっくりして抱き起こし大きな声で何度も呼びかけ、水を手に持ち口をこじ開けましたが、
膝に生暖かい液体が流れてくる感触があり、もう手遅れだと分かりました。
それでも2度ほど一瞬身体が振るえ、その度に
「もしかして」と必死で呼びました。
周りで見ている主人、子どもたちはまだまだ呼びかけますが、抱いている私はもう旅立ったと分かりました。
どうして良いかわからず抱き続け、やがてあきらめてベットに寝かせました。
夜遅いので子どもたちには寝る準備をするように伝え、私はネットを調べました。
死後硬直が始まる前にキレイに毛並みを整えてあげ、苦しくない姿勢にしてあげるよう書いてありました。
主人と一緒に苦しくない姿勢を考えました。
手の癌が大きくてうまく寝れません。
いつもはベットの淵に顔を乗せて楽な姿勢になっていました。
目は開いたままで、舌が出ているのが可哀想で治そうとしましたが、無理でした。
私は濡れた服を脱ぎ、着替えをしました。
主人はその間にネットを調べていて何件かペットの葬儀社を見つけていました。
条件をみて
「返骨をしてくれる葬儀社」
「個別で対応してくれる」
そして場所。
とても近くにありました。
24時間電話受付です。
時間を見ると日付は変わっていました。
申し訳なく思いながら電話すると直ぐに出てくれて丁寧に対応してくれました。
正午に式がとれました。
みんな、出来るだけ黒い服を着て小さな花束を持ち、チャイを新しいバスタオルに包み、連れて行きました。
人間の祭壇と同じものがあり、線香やろうそくも香もありました。
急な事でマナーも何もわからないまま手を合わせ、棺代わりのバスケットに入れてもらい火葬が始まりました。
30分でした。
呼ばれて別室に行くとお骨が置いてあり、人間と同じように
「喉仏」を示してもらい用意された箸で骨壷に詰めました。
1つ1つの骨の説明をしてくれながら足の指の骨から入れるようにと教えてくれました。
その時に
「お腹の病気が一番酷かったですか?
焼きながら中を確認するのですが、たいてい病気の部位が最後まで焼けずに残るのです」と仰いました。
恐らく子宮だったと思います。
病院でも再び子宮に炎症があると聞いていました。
最後まで丁寧に説明をうけ、帰宅しました。
骨を宝石にする会社のパンフレットももらいましたが、骨を送り、その後送り返されるのが本当にチャイの骨なのか分からないし、そこまでしなくて良いだろうという事になりました。
チャイは最後はずっと寝ていたので居なくなった実感は薄いです。
痛みが出る前に虹の橋を渡れて良かったと言う思いもあります。
それでも玄関を開けた時、階段を降りて部屋に入るとき、
「今日はチャイはどこで寝てるのだろう」と辺りを見回します。
夜になると
「チャイがまぶしくないように灯を消そう」
と思うし、食器洗いをする時は
「チャイが起きてはダメだから静かにしよう」
寝る時は
「チャイは真っ暗だとお水の場所がわからないから小さな灯を点けよう」
仕事中は外の天気を見て
「暑くないかな?冷房付けて来たらよかった」
と心配になり、ああ、そうだ。チャイはもう旅立ったから心配はしなくて大丈夫なんだな、と思います。
面長な犬種ですが、私を見る時は耳を垂れ下から私を見上げてまん丸な顔になります。
毛の短い犬種なので頭はつるりとしていて撫でるときにカリカリと掻いてやってました。
最期の時を思い出すと、恐らくクリームパンに興奮して弱っていた心臓か止まったんだと思います。
苦しむことはほぼなく食いしん坊らしい最期だったと思います。
家族が全員揃った中で亡くなり、式に全員揃うことが出来ました。
最近の主人は月の半分は出張していたり、チャイの葬儀で仕事を休むことは出来ない状況です。
子どもたちもたまたま部活も学校もありませんでした。
私もチャイの為にどこまで仕事を休めるのか不安を抱えていました。
本当に賢い犬だったと思います。
家族全員で見送れて、おじいちゃんとおばあちゃんも最期の顔を見に来てくれて、私たちに後悔がないようにしてくれたんだと思います。
今は私の記憶の中からどんどんチャイの記憶が薄れて行くのが怖いです。
撫でた時の手触りや抱いた時の温かさが抜けていきます。
頭の硬さや匂い。
寝ている顔や見上げる顔が記憶から薄れていきます。
それがとても悲しいです。
チャイのいたベットや絨毯は見えない所に片付けました。
置いてくと逆に私の記憶を混乱させます。
チャイの病状にあわせて模様替えした部屋を元に戻しました。
ちょっと前なのにどんな部屋だったか思い出せません。
今はただ、寂しくて、怖いです。
虹の橋のたもとで飼い主を待つと言われています。
チャイにとっての飼い主は私たちでしょうか?
その前の飼い主に付いて行ってしまわないでしょうか?
どうかどうかチャイが虹の国で幸せでありますように。
寂しくありませんように。


