海のない土地で生まれた


海が見えない土地で育った


だからだろう


海にあこがれている



育った土地を出ようと決めて


新しい土地は海があるところと決めた


その場所は生まれ故郷から遠い場所


不安はなかった


海が見える


いつでも海に行ける


それだけで私の胸は高まった




初めてその土地に行ったとき


とりあえず海が見たいとバスに乗った


畑だらけのその場所でおりた


手元の地図を覗き込み


海へと歩いた


長い坂道だった


私は汗をかき


息は乱れて何度も休んだ


棒になった足を何とか動かし


坂を上った



「あの坂を上れば海が見える」


小学生のとき国語の教科書に載っていた一文を思い出した


「あの坂を上れば海が見える」


そうだ


きっとある



行き止まりかもしれない


それでも行こうと思ったのは


あの音だ


海の音がしたんだ


波と風が入り混じったような


海の音




私は海を知らない


数回訪れただけの素人だ


それでも私が坂を上ろうと思ったのは


あの音が海の音だと信じたからだ




あの土地に移り住み


車でどこでもいけるようになったけど


あの坂の上った先の海にしか行かなかった


朝の海も


真昼の海も


夜中の海も


私はあそこの海で経験した




故郷に帰って


あの海には行けなくなった


あれからいろんな海を見たけれど


あの海が恋しい


あの時、私が聞いた海の音が恋しい



まだ


そこにあるだろうか


まだ


そこに行けば


聞こえるだろうか


私を呼ぶ


海の声