ひとしきり笑った後、ヨンはふっと笑いを引っ込めた。

「……で、お前はいつまでそいつを抱えてるつもりだ…?」


 言われてビョンヨンは腕の中のサムノムを見る。


 するとサムノムはビョンヨンの体に腕を回してギューッと抱きしめた。


「?!」


 ビックリしてサムノムの首に回していた腕を外す。

「男の嫉妬はみっともないですよっ」

 サムノムがイーっと歯を剥いた。

「だ、誰が嫉妬などするか!」

「別監様を私に取られるのが怖いんですよ、きっと」
 そう言うサムノムに

-あ、そっち?-

 ヨンとビョンヨンは同時に同じ事を考える。


「あー、笑ったらお腹空いた」


 ビョンヨンから離れてサムノムは伸びをした。


「お前、髪がボサボサだぞ」


 ヨンが指摘すると「誰のせいだと思ってんですか!」とサムノムが睨む。


「わ、私のせいだとでも言うのか?!」


 抱きしめて寝ていたのがバレているのかと慌てる。


「上掛け被せて閉じ込めたからでしょ!」


-なんだ、その事か……-

 ホッと息をつく。

「まったくっ」
 言いながらサムノムは髪をほどいた。

 サラサラと美しい黒髪がサムノムの小さな背中を覆う。


「!!」


 ヨンはその姿に目を奪われた。

 そして髪を下ろしたサムノムに既視感を覚える。

 どこかで見たことがあるような気がするのに、思い出せない。

 髪をかき上げ器用に結い直すサムノムにヨンは首を傾げる。

「…髪って自分で結うのか?」

 ヨンのお坊ちゃま発言にサムノムは半眼で「…うーわ……」と思いっきり呆れた声を出した。

「……………」

 自分でもバカな事を言った自覚はあったのでヨンは甘んじてそれを受ける。



 サムノムは大袈裟に肩をすくめ頭をふりふり外に出た。


 どうやら今回もサムノムの勝ちのようだ。


 2人のやり取りを黙って見ていたビョンヨンは軽く息を付き、果たしてヨンが勝つ日が来るのだろうかと思いながらサムノムの後に続いた。



***


 サムノムは顔を洗って口をゆすぎ、石を積んだお手製の竈に火を入れた。


 後をついてきたヨンは竈を覗き込む。


「何をする気だ?」


「昨日の残り物で朝ごはんを作ります」


「残り物で?」


 ヨンは料理をするところなど見たことがないので興味津々だ。


 ビョンヨンが桶に水と手拭いを持ってきた。
「これを」

 ヨンはそれで手早く顔を洗って口をゆすぐ。


「犬ころが残り物で料理をするそうだ」


 楽しげに言うヨンにビョンヨンはため息をついた。


「この竈、ほとんど私が作りました」


 ヨンが眉を上げて笑う。


「ほぉ、お前が手を貸すとはな」


 その間にもサムノムは昨日の残りのおかずや鶏肉を細かく刻んでいく。


 そして巾着の中から卵を3個取り出した。


 竈の上に鉄鍋を置いて鶏の皮で油を引くと溶いた卵を一気に流し込んだ。

 ジュワッと音を立てて卵が膨らむ。

「おお!」
 ヨンが歓声を上げた。
 なんか、かわいいなぁと思いながらサムノムはそこに昨日の残りの冷や飯を入れ木べらでほぐし、塩を振って炒め細かく刻んだおかずや鶏肉を入れ、リズムよく混ぜ合わせる。
「よーし、完成!」
 3人分を器に取り分け、匙と一緒に2人に渡す。

 毒味無しの出来たてを食べるなど生まれて初めてかもしれない。

「いただきます!」
 サムノムが手を合わせたのを見てヨンも真似をしてみた。
「いただきます?」
 ”うんうん“とサムノムは嬉しそうに頷いた。
 ビョンヨンも少し笑ってそんなヨンを見る。

 ヨンは熱々の焼き飯を口に入れた。
「あっち!」
 口の中でほふほふと熱を逃がす。
「火傷しないように気を付けて下さいよ、花若様」
 サムノムとビョンヨンは匙の上でふうふうと息を吹きかけ少し冷まして食べている。
 ヨンは出来たてはこんなに熱いのかと感動した。
 そしてなにより夕べの残り物とはとても思えないくらい美味かった。
 今まで食べてきた中で1番かもしれない。

ー夕べの料理も美味かったが、あれもこいつが作った物だったのかー

 ヨンは夢中で食べた。
「おいしいでしょー♪」
 サムノムはそんなヨンを見て嬉しそうに笑った。
 ヨンは素直に頷き、瞬く間に平らげる。
 サムノムは自分の焼き飯の半分を分けてやった。

「どんだけお腹空いてんですか(笑)」

夕べは“私は空腹を知らない”とか言ってたのに。

「こいつが作る物は大抵旨いですよ」


 ビョンヨンが小声で呟く。


「…お前、他にも食べた事があるのか?」


「何故か私の分も用意するので」


「……………」


 なんて羨ましい。


「ビョンヨン、お前餌付けされてるんじゃないか?」


「?!」


 今気付いたという顔でヨンを見る。


「するわけないでしょ」


 サムノムが2人にお茶を淹れながらツッコんだ。


「食事は誰かと一緒に食べるからおいしいんです」


「誰かと…」


 ヨンは自分の食事風景を思い出し表情を固くする。

 大勢に囲まれていても独り切りで…毒味で冷め切った料理。


「………………」


 どんなに贅を尽くした料理だって、そんなもの美味しい訳がない。


「ここに来れば、いつでも作ってあげますよ」


 顔を上げたヨンとサムノムの笑顔がぶつかる。


「食材持参するなら」


「………本当に?」


 窺うように聞き返すヨンにサムノムは笑顔で頷く。

-今日、追放されちゃうけどね!-

 ちょっとヨンに悪いかなと思いつつ、サムノムは澄ました顔でお茶をすすった。