「ハドソン川の奇跡」と金融危機 | 紺ガエルとの生活 ブログ版日々雑感 最後の空冷ポルシェとともに

「ハドソン川の奇跡」と金融危機

少し古い話になるが。
最近ハドソン川に、飛行機が緊急着水するニュースがあって。
見事に乗員・乗客・付近の住民に誰一人怪我をさせることなかった機長に、全米あるいは全世界が賞賛の声を送った。


アメリカでは、当然に彼はスーパーヒーローで。
1549、というそのシャーロット行きの便の便名が、今では究極のラッキーナンバーになっているらしい。


そのニュースに対する人々の興奮ぶりを見ると。
あるいは機長に投げかけられるたくさんの賞賛と感謝、感動の声を聞くと。
ああ、また金融危機は起こるな、と強く感じた。


なんでUSエアウェイズがハドソン川に不時着して乗客・乗員が無事だと、金融危機がまた起こるのか、と当然不思議に思うと思うが。

ちょっと長いが、以下を読んでもらいたい。

以下の記述は実在する人物について、ではなく、あくまでもフィクションだが。
オバマ新大統領が就任演説で述べた、「a consequence of greed and irresponsibility on the part of some」、つまり「一部の者の強欲と無責任の帰結」をあらわす典型的な例だと考えて欲しい。


あるトレーダーがいた。

市場のトレンドが全て上向きだったので。
何をやっても失敗することは考えにくい状況だったのも間違いなかったのだが。
がっつり多額のボーナスを貰って、いい暮らしをしていた。


そして、1年程前に別の会社にシニアトレーダーとしてかなりの好条件で移った。

しかし。
直前まで在籍していた会社が、彼が残していったポジションを精査したところ。

とんでもないことが判明。

流動性の低いポジションを大量に在庫にしていて、それを市場実勢を大幅に上回る値段で評価していたのだ。

そりゃ、儲かるわ。

たとえば。
今価格が暴落していて、額面の20%でも買い手が付かないだろうと思われる永久劣後債を100億近く在庫にして。
80%で評価していたり。
不動産会社が発行体である流動性の低い債権を数十億円分買って、その不動産会社が破綻の危機に瀕していたり。

当然、評価はその危機的状況を反映したものではなく。

彼は1年を通じて(250営業日とかですが)、毎日のトレーディングでほぼ負けることはなかった、らしい。
そりゃ、こんな感じで評価していれば、負けることもないだろう。


なおかつ会社が彼にチャージするファンディングコストが、取っているリスクに対して低すぎたので。
多額の在庫からのキャリー収入も、相当な額にのぼり。
彼のPL(損益)を押し上げた。


何でも買いまくって、ポジションを膨らませれば膨らませるほど。
彼のPLは増えていく。
だって、時価はごまかし放題、ポジション取ればキャリー収入が増えるわけだから。


何でそんなことが可能だったかというと。

自分が保有する債券の時価評価を、トレーダー自らが行うから、なのだ。
それも、だれも時価がどこにあるか見当もつかない、流動性の低い相場の中で。
そして保有している金融商品のリスクの度合いを、客観的に判断できる第三者がいなかったからなのだ。


ポジションの時価をごまかす人間がいることは想定されているので。
コントローラーと言われる人が、トレーダーの評価が間違っていないかどうか、責任を持って判断することになっている。
まともな会社は、ちゃんとしたコントローラーを雇って、トレーダーの暴走を防ぐ仕組みにしている。
その上、そもそもまともな上司がいて、部下のトレーダーがマークをごまかしていないか、しっかりチェックしている。


だが。
彼が直前まで在籍していた会社は、利益を生み出すフロント部門のみに注力して。
コントローラーを含む管理部門への投資を怠り。
結果、よく分かっていない優秀でない人間が、コントローラーとなっていて。
トレーダーの言うなりで、時価のチェックを実質的に行っていなかったのだ。

したがって、時価も正確には判断できず。
リスクに見合ったファンディングコストをチャージすることも、リスクが判断できていなければ当然にできず。


時価をごまかすのに、何を利用したかというと。

一つには、業界団体が毎日まとめている標準気配。

これがまた怪しい代物で。
業界団体に各証券会社からデータを提供し、毎日更新されるので、市場実勢を反映しているように思いきや。
そのデータを出しているのは、どこの業者でも一番の若造。
流動性が低い債券の場合、データ提供する業者が違うと利回りが1%違ってもぜんぜんおかしくない。


ちなみにこのデータを元に、ファンドの時価を計算している運用会社もたくさんある。
流動性の高い債券についてはそれなりのデータの信頼性はあるかもしれないが。

このデータ作成は、ひどい馴れ合いに基づいた代物であるらしく。
特定の会社に大きなニュースが出て、当然その会社の発行する債券の時価が大きく変わるべきところが。
あまり激しく時価を動かすと、投資家からクレームがくるので。
いわゆる「スムージング」した値段が、データとして提供されている、と言われている。


そこでの時価を使えば、市場実勢より数%から場合によっては10%以上高い値段で在庫を評価できることもあるし。
格付対比の平均スプレッド(BBB格5年だとL+XXXbp、みたいな)を使って、ほとんど取引されない流動性の低い債券の時価を無理やりかさ上げすることも、不可能ではない。


だって、業界団体が複数社から集計した時価情報に基づいてポジションを評価しています、と言えば。
よく分かっていないコントローラーなら、「あ、それで良いんじゃない?」って思ってしまうはず。


(ただし、某業界団体の時価情報が当てにならず、それで時価評価を行うのが完全に不適切であるといっているわけではないので。それにこの例は最初にお断りしたとおりフィクションなので、念のため。)


というわけで。

流動性の低い(ということは往々にして質が悪い、と言うことだが)債券を山のようにポジションして。
バランスシートの制限もなく、安いコストでファンディングを取って来れれば。
絶対負けない、スーパートレーダーの出来上がり。


最初はごまかそうと思ったわけではないかもしれないが。
ゲームのルールを理解すればするほど。
彼が取る行動は、どんどん大胆になっていったことは、想像に難くない。
それが、正しかったかどうかについては、歴史が証明することになったのだが。


前にも書いたが、ゲームのルールが人の行動を支配する ので。
ゲームのルールの設計者が設計をしくじると、みんながとんでもない方向に走り始める。


会社の中での彼の評価は超高く。
ボーナスはとんでもない額がもらえたりして。
とりあえず、チームも会社も儲かっているように見えるし。
上司もハッピー。


ってなことをやってたバカな人たちやバカな会社が、いっぱいいたわけですよ。
程度の差こそあったかもしれないが。


別に、社債の世界だけではなく。
「流動性の低い債券」、を「CDS」や「サブプライムローン」に置き換えても、本質は何も変わらない。


「過去10年間のデフォルト率、損失率と住宅価格の上昇をベースに、サブプライムローンの時価を評価しました」って言えば。
ローンの評価が実質的にかさ上げされた。

リスク調整されていないファンディングコストに基づいて、バランスシート膨らませて、じゃんじゃんローンを在庫にして。
とりあえずバブルが弾けなければ、みんなハッピー。
あるいはリスクが証券会社のバランスシートに残らず、売り抜けられば。


格付会社は、最初の例でのコントローラーみたいなものだろう。
賢い人もいたかもしれないが、証券化商品の歴史が一番古いのでも30年程度しかないのに。
100年に一回のショックが襲えば、過去のデータを元に格付けつけていれば、どんな天才でも失敗する。


自分が、会社のポートフォリオに強力な爆弾を埋め込んだのに、知らん振りして。
儲かってる儲かってる、って周りが喜んでいる間に、がっつりボーナス貰って。
爆弾が炸裂する前に、他社に移籍。


っていう爆弾が、いまでもここかしこに眠っている。
というか、今でもいろんなところでドッカンドッカン炸裂しまくっていて。
まだどれだけ残っているのか、分からない状況。


これの集合体(これだけではないが)が、金融危機というものを形作っているものの一部で。
オバマ新大統領が触れた、「一部の者の強欲と無責任」の、ひとつの典型的な例。


じゃあ何でUSエアウェイズの不時着水と、金融危機と関係あるかというと。


ハドソン川の事故では、無事に着水した、機長の卓越した操縦テクニックと、最後の乗客が救助されるまで機内にとどまった勇気と責任が賞賛された。
それはそれでとてもよく理解できるのだが。
私からするとそれは、「危機的な状況が起こった後」に、その危機から人々を守った人間が褒め称えられた、ということに他ならない。


これが問題なのだ。
これが、次の危機(必ずしも「金融」危機とは限らないかもしれないが)を引き起こす伏線になる、と思うのだ。


詳しく説明すると。


「危機的な状況」はどうして起こったかというと。
通常なら起こることが想定されていない、バードストライクによるエンジン停止、それも2基のエンジン両方、という事態によって引き起こされた。
2つしかないエンジンの両方が、鳥を吸い込んでしまうことによって停止してしまったことについての機長の責任はどの程度あるのかは分からない。
もしかしたら、どうやったって避けようのない事象だったのかもしれない。


でも。
飛行直前に、いつも双眼鏡か何かで空港の周りを観察して、バードストライクの危険を事前に察知し。
飛び立つ準備が出来た飛行機に、あえて離陸許可を出さなかった管制官もいたかもしれない。

乗客やパイロットは、いつまでたっても離陸が許可されないことに、腹を立てたかもしれないが。
その管制官の行為によって、そもそも2基のエンジンの両方とも停止してしまうような深刻なバードストライクを招くことはこれまでずっと避けられてきた、ということだってありえる。
(慎重に鳥を避けるため離陸を延期させた管制官が、「業務が非効率だ」として逆に誹りを受ける例のほうが、多かったかもしれない。)


あるいは離陸する飛行機の機長が。
「現在鳥がたくさん飛んでいてバードストライクの危険が高いかもしれないので、鳥の群れが去ったあとに離陸許可願います」と言っていれば。
そもそも今回のような危機的な状況を招くことはなかった、かも知れない。


いや、空港の構造上、あるいは水鳥の生態上、バードストライクは予見不可能だよ、という反論は必ず出ると思うが。
仮にそれが真実だったとしても。


「危機を事前に防いだ」人が、英雄として褒め称えられる可能性が極端に低い、ということは間違いない。

1549便の機長がバードストライクの危険性を看過して、今回の危機な状況を招いたかどうかはここではポイントではなく。
彼のような「危機的状況に突入してから英雄的な行為をした人」、だけが英雄になれて。
「そもそも危機的状況を招かないための行為をした」人たちは、決して英雄になることはない。

だれもそんな人の存在さえ、気がつかないだろう。


「ハドソン川の奇跡」の機長が、世界中で英雄扱いされているのを見ると。
本質的に極めて「英雄的」な行為を、人目に触れないところで地味に行っている「報われないかもしれない」人たちの存在に、想いを馳せる。
「報われないかもしれない」という言い方は、正しくないかもしれないが。
少なくとも彼らの顔写真が、全国放送の6時のニュースででかでかと放映されることはないだろう。


そして、金融業界でのコントローラーのような人たちは。
ここでいうところの「報われないかもしれない」人たち、あるいはあまり好きな言い方ではないが、「縁の下の力持ち」で。
彼らがどんなに頑張ったとしても、金融史に彼らの名前が残ることは、まずないだろう。

彼らを見下して、そう言うわけではなく。
本当は、彼らは「危機を事前に防いだ(かもしれない)人たち」で、本来であれば彼らが真の英雄なのかもしれないのに。

人間の認識能力には、限界があって。
フェアな形で、貢献を認識できないこともある。


興奮気味に、あるいは感情的に「ハドソン川の奇跡」を伝える報道を目の当たりにして。
日常的に危機を防いでいるかもしれない人たちに対する扱いと、1549便の機長との扱いが、眩暈がするほど異なることを想い。
後者のみ賞賛されるような世界が続き、前者が本当に報われないのだとすると。
我々は、今回の危機から何も学習することなく。
今後我々の上に降りかかる大きな災厄や危機と呼ばれるものから逃れることは、決して出来ないのではなかろうか。