救急隊員の方が

「帰りに困るから車で来ていいよ」

と、言ってくれたので
車で市立病院へ行った。

運転しながら
救急隊員の「病院に行くよ」と声を掛けられ
「うん」と素直に返事したママのことを思った。

いつも「病院行くよ」と言うと
「え〜、なんで?」と言うママ。
今回は素直に「うん」と言った。
辛かったんだ、と胸がキュッとなった。

市立病院に着き
受付に行くと待合室で待つように言われ
ママの検査が終わってから
ママのところへ連れていかれた。

ママは救急搬送の診察室ではない
簡易的な、部屋とは言えないようなところに
寝かされていた。

酸素濃度が80台になり
部屋に響くピーピー音
体温も39°C台

でも、誰も慌てて来ないから
「大丈夫なの?」と思いながら先生を待った。

当直の先生が来て
「CTや血液検査の結果はなんでもないけど
このまま帰しても、アナタ1人じゃどうにもならないでしょ。だからコロナで入院させます。
あ、大丈夫だとは思うけど、コロナだから
心肺停止もあるかもしれないから」

と、言われた。

2024年の子宮体がんの手術の時は
私も1週間一緒に入院したから「私も?」と
思ったらママは隔離されるとの事で
私は1人で帰された。

次の日
電話で病状を問い合わせたが
「電話では
ホントに娘さんか分からないから教えられません」
と、言われ
退院するまで私は何も分からないままだった。

退院の連絡が来た日に
担当医から電話があり
「肺炎になっていたから、抗生物質で治療した」
との事。

え?肺炎?
咳、してなかったのに、、、。

迎えに行くと
当たり前だけどママが車椅子に乗って
待っていた。

もう歩けるし
普通に食欲もあるし
また入院前の生活に戻るだけだけど

私はすっかり怖くなってしまった。

ママに何かあった時
私1人では何も出来ない。

それを実感したから。


それでグループホームや
小規模多機能型居宅介護施設の見学に行くように
なった。

が、結論

グループホームも
小規模多機能型居宅介護も
デイサービスみたいな活発さがなく
ママにはもの足りないよな、てことと

チャラ男くんも
「俺がもっと協力するから、もう少し頑張ろう」
と、口だけかもしれないけど
言ってくれたので
最低3年、
ママが80歳になるまでは頑張ることにした。


最近は
私の目を盗み
お仏壇からみかんを取って食べることが
好きなようで
私の入浴中、メイク中に
せっせとみかんを取って食べている。