今日のめいそう
今日の瞑想
縛られているから苦しい
「働くことが当たり前」の実家
年寄りも若いものも全員農作業をする
逆に言うと「働かない異常さ」
働かない人たちとのちがいは、その中にいる人たちにイライラ怒りが湧くようなエネルギーをもたらす。
混じり合う摩擦
片方が強いと、もう片方もバリつよ
私は、弱い人間なので、そこからは逃げる
逃げきれないのは、心中だから
そこを統合する
つまり、当たり前だった時代が人生で普通にあって
そのどちらも、正解不正解はなくて
どちらもやっているからわかることがある
要は、「それが心地よく、自分が機嫌よくいられるかどうか」
どちらもやってみると、その両方のメリットでメリットがある
私は、1たい9くらい
自分の世界を大切にできないようなことは無理
そう、幸福なもので、飯のために働く必要がないという、奇跡的な人生
多くの人が、今は良くても3日後、三ヶ月後、3年後に、確実に困るであろうから働いている
ここに気付けるのはスゴイ統合
感謝しかないなぁ