金沢市の兼六園は傾斜地に造られていますので、坂道が多いことで有名です。

こうした歴史的に由緒ある日本庭園を見ることは、現在も兼六園を維持管理されている造園業や土木工事をされている会社の皆さんのご苦労や創意工夫を拝見させていただくことになるので、観光よりもそちらの方が楽しみです。特に、このような難しい地形の中で、セメントがない時代に、土と石で坂道を造成し、維持をされてきたわけですからすごいことです。それに、当時の先人の知恵を知ることにもなり、有難く思います。

今回は、兼六園下交差点側から紺屋坂を上ってみました。コンクリート舗装の車道ですので、車も通れます。途中には、着物レンタルやお土産屋さんが並んでいます。

紺屋とは江戸時代に染物屋のことを呼んだ言葉と言われています。よって、この坂道に連なっているお店の景観には当時を偲ばせる風情があります。

紺屋坂を上ると左手に兼六園入口が見えてきます。この坂が桂坂になります。

桂の古木があったことから名前が付けられたと言われています。ここからは車両(二輪車含む)通行禁止になります。まず石畳があり、その向こうは歩行者が歩きやすいように、コンクリートの洗い出し舗装になります。右から左へやや傾斜した排水溝が見えます。水勾配はやや左手側に流れますが、両側にも排水溝があり、雨水が道路上を流れない工夫がされています。

この場所を進むと右手に桂坂料金所があります。やはりコンクリートの洗い出し舗装ですが、道の中央が高くなっており、左右に水勾配がとってあります。特筆すべきなのは、コンクリート道に丸太が埋められており、景観を損なわないように、雨水を左右に、そして斜めに振り分けて、水のコントロールがされています。登山道を修復する時、倒木を利用して、水を道端に誘導するやり方と一緒ですね。観光客の皆さんの足元が濡れたり、滑らないようにされている配慮が伺えます。

また、冬季の降雪対策としても有効だと思います。

やがて砂利舗装になります。しかし、砂利舗装といっても路床を転圧修正した上に豆砂利が敷均されただけのものです。道の中央が高く盛ってあり、左右に水を流す横勾配がとってあります。ただ、坂道は結構傾斜角度があるので、路床の土は、流れないように、固化材で固めてあるかと思います。固化材で固めても、水を透水させ、かつ表面排水で左右に振り分けて雨水を排除します。

ことじ灯籠方面の坂道はさらに急なのでコンクリート舗装です。手前は豆砂利が敷かれ、舗装方法の使い分けがされています。

豆砂利にカメラを近づけると、砂利は敷いてあるだけなので動きます。

丸太によって、土の流失を防ぎ、丸太に沿って水を側溝に導いてあり、日頃の細やかな手入れをされていることが伝わってきます。手入れをしないと排水溝に豆砂利が流れ込んでしまいますので、注意です。

高台に来ると、眼下が見下ろせる見晴らし台のようになっています。豆砂利の左右は路床が剥き出しになっていますが、これは豆砂利を道の中央に寄せる地道な作業がされているのが想像できます。

道に沿って進むと、成巽閣の赤門を目にすることができます。19世紀建造の別荘で、13代藩主斉泰が母である真龍院の隠居所として建てたそうです。この道を進むと隋身坂になり、百万石通りにつながっています。

下の階段は土舗装ですが、階段下は階段から流れる水の勢いで土がえぐられるので、コンクリート舗装です。階段の左右には石畳の側溝があります。

階段を下りた近くには梅林があり、6月頃には多くの梅の実が転がっているのを目にすることができます。

この近くの地面の下からは、暗渠排水のゴーゴーという水の音がします。ただし、想像です。

兼六園の坂道の多くの場所で、景観に配慮した下の写真のような雨水のコントロールがされています。ブログでは容量に限りがあるので、あえて説明は致しません。時間があれば坂道の紹介と舗装について続きを書かせていただきます。

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