俺はまだこの曲の気持ちがわかる感じなんだよな~
思春期のままの心を保ってるのもあるのかも。。。
持病CFSや ベンゾの離脱症状の影響で。。。
だって 世の中の ほとんどの人が俺よりも はるか先に
行ってるんだし。
焦りを感じようと思えばいくらでも感じられるから
あえて シャットダウンしてる所もあるかな。
見ないように 見ないように 感じないように
感じないように。。
あと 日々シナリオの事ばかり考えてるから 余計にかも。。
あと、 世の中の幸せそうな人を見て
なんで 俺とか ベンゾジアゼピンで苦しむ人には
あまり目が向けられないのだろうっていうのを
今当事者として感じてるからかもしれないな。
なんで 外国で飛行機が落ちたのに 日本人の乗客だけ
気にするのっていう歌詞に合致してるのかもね。
でもまあ それも仕方のない事だよねという
気持ちもわかるから 。。
今朝見たニュースもそういう目線で見てしまったな。。。
これとか。。
> 「周りにいた大人が助けに行く感じではなかったので自分たちが行かなきゃと思った」
俺も子供の頃 こういう純粋な気持ちあったな。
大人たちは タバコのポイ捨てとかしてるけど
オレは絶対にしないぞっていうような強い気持ちみたいなの。
あったな~
今は 大人になって 病気のせいか 疲れ果ててしまっては
いるが、 でもまだ 俺は そういう気持ち残ってるよ。
しなきゃいけないって気持ちに体がついてきてない部分もあるけど。。
この記事のコメント欄をある程度読んでみた。
> この助けなかった「大人」が幾つの人達なのか分からないけど、いい大人になった今ヒシヒシと感じるのは、思っているより自分の身体が反射的に動けないです。反射神経?運動神経?もですし、経験や体力の衰えが余計な邪魔をして怖さの方が先に来ます。
っていうコメントがあった。
これ、 わかるかも。
子供から見た大人は 理想を当てはめてみたりするかも
しれないけど、 いざ自分が大人になって見ると、
子供の頃のように純粋に動けない状態や 事情があったりするかも。。
まあ 俺なら出来る限りの事はするけどね。
でも 子供の頃の勢いは今の俺には無いな。。。
子供の頃は 捨て猫がいたら 友達と一緒に
捨て猫の新しい飼い主探しとかしたような気がする。。。
今あれ出来るかっていうと、 自分の事で精一杯で
「他の誰か」を探してしまうかも。 「誰か」代わりにやってくれる
だろう。。。
っていう。。。 まあ この踏切みたいな場面なら
動きたいが。 場面や 状況によるかな。
子供の頃って ある意味 大人世代の欠点を見つけて
こうはならないようにって 思ったりする時期なのかもね。
そうやって 正義を獲得していく部分もあるかも。
でも 自分が大人になると
仕事や 家庭などとの 板挟みで
余裕が無かったりするかも。
ある意味大人は弱いよな。 瞬発力も気力も
衰えていくだろうし、 さっきのコメントからも
経験や伝聞から 恐怖やためらいが生まれるかも
しれないしな。
年取って情熱が衰えてきたら、
不安や 恐怖心が先立つようになることも。。。
大人は大人で 毎日大変だったりして
その分 子供よりも多くの安らぎが必要かもしれないしな。
だから 大人の社会は欲望が渦巻いてる部分もあるんだとおもう。
みんな 長く生きてきた分 傷だらけで 弱ってる人多いのかも
しれないよ。 だから
他人の不幸とか 正義とか 目をつむってしまうとか。
誰かの犠牲の上でも自分の安らぎを優先しちゃうとか。。
物語の世界だと、 世界を変えるのは
青少年だったりするけど、 あれは一理あるのかも。。
大人はある意味、 下手に首突っ込まない所が
あるかもしれない。 より長く生きてきて
より大きく疲れてるのもあるかもしれないし
より大きな快楽を知ってしまったからかもしれないし、
今ある生活の安定や喜びをなかなか 手放したくはないと
感じたりするかもしれない。。 JAMって歌にある嘆きみたいに
みんな大人になると ずる賢くなって 汚れていくんだなって
いうような感覚もわかるかも。 まあ みんなじゃないけどね。
もちろん。 そして子供だからって
残酷な子がいないわけでもないだろうし。 子供はそれを
知らないだけかもしれないしな。
子供にとっての毎日は これから いろんなものを獲得するステージで
あって、 まだ やりがいや 生きがいや 宝物に
飢えてる時期かもしれないしね。
すでに そういうのを 得てしまって 大事な物を
失いたくない大人世代
思うように動けなくなっていく、少し疲れた大人世代と
まだ 失うものが多くない 子供世代
とにかく純粋に物事の裏側を考えずに動ける子供世代
。 そういう 構図になったりもするかも。
子供の時 大人世代って 、 たしかに 思い出せば
なんか信念も無く適当に生きてるなっておもうような所や、
そんなに毎日仕事ばかりして辛くないの?って思う所
も一部の人に感じたな。
まあ、 それだけ 大人も大変だったってことは
大人になって見て俺も感じたことだけど。。
この記事も。
内容が本当なら。 なんと悲しい事かなと。
自分なら 傍にいたら 「ちょっとそれはおかしいんじゃ・・」って
止めると思うけど。。
当時まだ未成年だったマリエさんからしたら
仮にこれが本当だったら、 大人って汚いなズルいな
って ショックを受けたでしょうね。 出川さんが保身に
周ったと思って恨んでたのでしょうか。
出世を失いたくないから出川さんは 悪事に同調してしまった
のでしょうか。
まあ 事実かどうかわからないことですが。。
でも、 証拠なんてこういう場合用意はできないでしょうし。
やった やってないの論争になるのかな。
しかし 相手は ヤクザ関連で 引退した紳助さんですから
「ありえるな」と自分なんか思ってしまいますね。
仮に自分が 出川さんの立場なら 肯定はしないでしょうね。
こういうのは枚挙に暇が無いかも。
外国人研修生の問題とか。
日本人には 好待遇で 外国人研修生には
冷遇する人もいる。
大人にも大人の色んな事情があるにせよ
立場の弱い人に対して 大人としての責任ある行動を
しない人がけっこういる。
子供から見て カッコイイ大人になるのって難しいなって
思う昨今。
製薬会社や 薬剤師や 医師の中にも
ベンゾジアゼピンの問題について
内心 忸怩たる思いを抱えてる人もいるかもしれない。。
でも 声を上げられないって人もいるかもしれないね。
要は 保身のために。
そういう人たちは 「大人は大人で大変なのよ」
「 火中の栗は拾えない」って 思ってるかもしれない。
気持ちはわかるけど、 わかるけれども、、、
そういうのは 子供から見たら それは
「かっこよくない大人」と映るかもしれないな。
自分の人生を考えるようになって
ロールモデルを獲得していくような時期にいる子供たちにとっては。。
「困ってる人がいるのに放っておくの?」って
子供に尋ねられたらどうします? 大人の皆さん。
俺は 「病気で動けないんだ」って 言う(笑)
しょうがないだろっ!!!(笑)
って開き直るようなことはしないけど(笑)
でも、 間違った長いものに巻かれるのはよくないって
意識は 持ってるよっていうかも。
あとは、 事態を変えるだけの影響力が自分にあるのかっていう
問題を言うかも。 力が無いのに 間違ってることを
批判しても無駄死にすることもあるよって。
言うかも。 弱いまま立ち向かって無駄死にしたら
もう次はチャンスが無いかもしれないよっていうかな。
批判しても生き残れるぐらい強くなってから批判するのが
ベストじゃないかなっていうかも。
社会のリアルをきちんと子供に教えるかも。
実際 今日本が 中国政府に真っ向からいろんなことに対して
批判をしたら、 話が通じなくて 一方的に日本が圧力を
かけられて日本人みんなが苦労するかもしれないしな。
それこそ 中国政府がしかけた 反日暴動が起きて
関係ない日本企業まで 店が壊されたり工場が停止に追い込まれたり
するかもしれないし、 日本人が迫害を受けるかもしれない。
勇気も正義も 自分の力量や状況、タイミングなどを読み間違うと
とんでもない しっぺ返しが起きるかもしれないよって
子供に教えるかも。
まあ 実際 俺も 自分の今の安らぎのすべてを
失ってまで悪事や
不正に対抗できますかっていうとできませんからね。。
人間っていうのは つらい生き物なんだよって子供に言うかも。
もし 聞かれたらね(笑)
これも今朝見たタイムリーな記事。
子供から見たカッコイイ大人 の定義に関わるような事例かなって
思う。
柳井さんも 期待される大企業トップとして そして人としての
倫理観と 中国政府との板挟みになっているのかもしれない。。
>
背後にウイグル族の強制労働という人権問題が存在することが指摘されている。 一方で、強制労働を批判したり新疆綿の使用を否定したりする企業の製品に対し、中国で不買運動などの反発も広がっている。
記事中では
政治的発言を控えた柳井さんが 不誠実だと批判されています。。
このレベルの経営者になれば もはや 傍観者であることは
許されないという意見かもしれません。
もはや 長いものに巻かれていいような立場の人ではなく、
その影響力を行使して ちゃんと 正義を貫く必要があると
問われているのかもしれない。。
仮に自分が柳井さんと同じ立場だったらどうするだろうか。。
もしかしたら子供がいたら 子供に尋ねるかもしれないな。
いや、 でもやっぱ ちゃんと良くないと思う事には
良くないという立場を取ると思う。
やはり 人に誇れる生き方をしてるから
良い人柄の人物とご縁があり、
良い人生を歩めていけるとおもうから。
悪事や不正に 加担する形になってしまうのは
否定しないといけないだろう。
それに 柳井さんぐらいになったら
もう一生豊かな暮らしができるだけのお金はあるのだろうから。
なにも あらゆる安らぎを失うことまでは求めらえてない
だろうし。 中国人に協力してもらって稼いでる分の
人としての責任を問われているのだろう。
仮に不買運動が起きて企業が傾いても
それは 最初からある程度想定されたこと(チャイナリスク)
として受け入れるのが正しいかなとも思う。
もちろんそうなれば 日本政府も 毅然とした態度で
中国に抗議しなければならないのでは。
記事中の弁護士さんの意見に同感ですね。
やっぱ 人として信頼できない企業の製品は
あまり買いたくないという層もいるんじゃないかな。
自分もそうかも。
以上、 カッコイイ大人でいるのって大変だなって
おもったな 子供の頃に掲げた理想的な大人になるのって
大変だなっておもうけど、
実は一人一人が自覚を持てば そんなに難しいことじゃないのかも
しれない。 ひとりふたりで 声を上げようとすると
勇気や力が足りなくて 揉み消されるかもしれないけど、
団結すればね☆
まあ そのための 道徳の科目を含んだ
教育が大事だろうし。 大人になってもずっと勉強が必要なのかも。
知らないんじゃ声を上げたり批判もできないからね。