久々の更新ですが、タイトルから察した方も多いでしょう。今回は「kakeru自論だな…!」と。
その通りです。うだうだ言い訳はせずに早速本題に入ろうと思います。
言いたいことはタイトルにあるのが全てなので、以下からは「なぜ対人関係においてギバー、テイカーというものを語ってるうちは幸福になれないのか?」ということをつらつら書いていきます。
親密な対人関係で失敗を重ねてきた君たちにはまだ実感できないかもしれませんが、ギバーやテイカーの定義はかなり曖昧で変動があります。ある人から見ればギバーに見えても、別の人から見ればテイカーに見えることがざらにありますし、普段はテイカーと思われる人でも、相手によってコロッとギバーに転換したりします。よほど頭のとち狂った人でない限り、ギバー・テイカーの評価は評価する人によって変わるのです。
なので、こんな不安定なものを当てにして恋愛なんか語れませんし、「あいつはテイカーだ!」とどれだけ騒いでも、結局のところ自分との相性が悪かったという結論になってしまうのです。
だからと言って、僕は「テイカーを選んだおまえが悪い」とか「相手をテイカーにさせてしまったおまえが悪い」とは一切思っていません。失敗を重ねてきた人たちは、年を取るにつれてギバー・テイカー気質のバランスを調整していくものですし、たまーに死ぬまでテイカーの人間もいます。
失敗した人を一方的に叩いても何の生産性もありませんから、ついでに今後の対策方法も書いておこうと思います。
まず、ギバー・テイカーを真面目に語ってる人たちにありがちなのが、「すぐ付き合う」とか「すぐ性行為しちゃう」みたいなスピーディな交際の仕方をしている点です。
「出会って数ヵ月で付き合って結婚しました!」みたいなカップルをたまに見かけますが、あれはかなり運が良かっただけ。少なくとも、ギバー・テイカーなどと人を評価し、「自分がどれだけ尽くしたか」「相手はどれだけ尽くしてくれたか」を計る癖がある人には到底叶えられません。
自分と相手の尽くした量を気にしてしまう人は、もっと時間をかけて“相手の性質”と“自分が譲れないものは何か”を見極めなければなりません。焦らず長い時間を過ごし、ギバー・テイカーという評価から外れて自然とお互いに支え合う関係性が築けたとき、ようやく交際を始められるのです。テイカーの頂点(←悪口)であるNPD(自己愛性パーソナリティ障害)もスピーディな交際をしがちなので、友達関係を長く続けるのはNPD除けにもなります。
また、ギバーであっても「お礼も言われず、ただただ奴隷として尽くす」といったスタイルに耐えられる人は少ないと思います。実際、「自分はギバー気質だけど相手が自分の尽力に気付いてくれないから冷めた」というカップルは腐るほどいます。
少し無理をして気を回して動いたのに、お礼のひとつも無いのは確かに冷めますよね。でも鈍感な人はまるで気付かない(バカたれ・・・)。
こういうのって夫婦や同棲カップルに特に多くて、ギブの内容も家事やスケジュール調整などちょっとしたことです。でもそれが積み重なると、地獄のような結果になるんですよね。
なので、まずは相手に気付いてもらうためにも「洗濯しておいたよ!」「食器洗っといたよ!」などと自分がしてあげたことを逐一報告してみてはどうでしょうか。これを言われてお礼を言わないバカはいないでしょうし、もし言わなかったり逆ギレするようなら別れましょう(ヤケクソ)。
ギバー・テイカー論を語ってしまうのは、結局のところ不完全燃焼のままになったモヤモヤがあるからだと思うんです。自分はこんなにギブしたのに、相手はギブしてくれなかったという経験があったのかもしれません。しかし、何をしてもらえたら「ギブしてもらえた」と感じるのでしょうか?君にとってのテイクってどんなことなのでしょうか?前項でも書きましたが、そこをはっきりさせるとお相手選びはかなりスムーズになります。
例えば、存在が神!ってくらい尊い人が交際相手ならどうでしょう?その人が存在するだけで自分は十分にテイクできているわけですから、少々無理をして尽くすのも幾分か気楽にやれるはずです。
まぁそんな神とお付き合いするのはなかなか難しいですが、自分のギブ&テイクの内容がマッチした相性のいい相手であれば、「尽くした量」を計る意識も自然と薄れます。そして、ギバー・テイカーという意識を超えたところにある信頼関係を築けば、対人関係の幸福に一歩前進できたと実感できるでしょう。
ちなみに個人的な経験上の話にはなりますが、数々の女性を泣かせてきた憎きテイカー男が、爆美女と出会ってからデレデレのギバー男に変わったという現象は普通にあるので、本当にあてになりませんよ、ギバー&テイカー論。