12篇 遠い日の約束 その5
さすがに車を通学に使う気にはなれず、大学へは今まで通り電車で通ったので、僕が免許を取得したのを知っているのは小野田ぐらいだった。小野田は其れほど興味が無いのか、乗せろとは要求して来なかった。ひょっとしたら僕の運転技術が信用出来ないのかも知れない。まあ僕自身、運転が好きと言う訳では無いので幸いだった。
夏休みは車の免許取得に費やしたので、あっと言う間に過ぎ去り、気付いたら秋になっていた。うだるような暑さが遠ざかり、吹く風も涼しくなって来た。この先、向かうのは冬の寒さだが、暑いよりは凌ぎ易い。とは言うものの、冬になれば寒いと文句を言い、夏になれば暑いと文句を言うのだから、人間なんて我儘に出来ているのかも知れない。
年末に父親が単身赴任先から戻って来て朗報がもたらされた。三月になると本社へ戻る事が決まったと言う。今度は定年まで移動が無いそうなので引っ越しの心配は要らなくなったのでホッとした。母は月に何度か赴任先を訪れていたが、結構負担が掛かっていたらしく、本当に嬉しそうだった。年末年始は家族水入らずで過ごし、父は赴任先へ帰って行った。何時も帰る時は嫌々だったのに、今回は最後だと思うからか、機嫌よく戻って行ったのが可笑しかった。
今年の冬は珍しく雪が降った。とは言っても積もる事は無く、直ぐ融けてしまったが、明け方は融けた雪が凍ってしまい、滑ったり転んで大怪我をした人もいたらしい。昼頃には道路も乾いたので外出できたが、夜は家で大人しくしていた方が良さそうだ。なのに姉が外出したと聞き驚いた。短大時代の友達と会うと言って出掛けた様だ。珍しいな、と思ったが気にした訳では無いのに、胸に何か引っ掛かりを感じてしまった。
二月になると大学の受験が始まった。今日は南城大学の受験日だ。東都大学を受ける時に南城大学も候補だったので、二年前の事を思い出し感無量になった。そう言えば重子が南城大学を受けると言っていたな、と思い出しながら歩いていると、ふっと耳に飛び込んで来た声に立ち止まってしまった。
しいちゃん、あっちだよ。
声のした方へ顔を向けたが判る筈も無く、ただ風が吹き抜けて行っただけだった。