こんばんは、所沢市田中則行です。ある情報ネットで京浜急行本線2000系が今月25日に引退するとの噂を目にしましたが、その速報がマイナビニュースで報道発表されていましたので早速キャッチ!

今年創業120年を迎えた京浜急行電鉄株式会社では今月5日に2000系の引退すると発表されました。引退日は今月下旬とされ、同系の特別貸切列車が25日に運行されます。

(マイナビニュース・15日午前零時報道発表)

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京浜急行本線2000系の引退と同時にJR四国土讃/予讃線他2000TSEが引退したとの情報が入っていまして、JR四国会社線2000TSEの試作車編成が先月26日付けで定期運行終了したとの報道発表がありました。最終定期運行は今月17日の特急『宇和島2号』で、引退記念列車『さよならTSEカウントダウン乗車ツアー』が6月1・15日と7月3日に運行される予定です。奇しくも同じ『2000系』が付く名車の廃車解体は惜しいですね。京浜急行本線2000系もJR四国会社線2000TSEも十分に保存する価値のある車輌で、保存展示される機会が得られることをお祈り申し上げたいものです。





■初代ウィング号、京浜急行本線初の最高速度120km/hを達した2000系

京急ロマンスカーとして昭和57年にデビューした同線の2000系ですが、当初は乗務員室付近を除き全席ボックス型座席の両開き2扉で、他の首都圏地区大手私鉄なら有料特急にしてもらいたいぐらいの設備でした。しかしながら当時の京浜急行本線は特別料金を設定した列車の運用はなく、乗車券のみで乗れるロマンスカーは珍しく、その頃のレールファンは大いに湧いていました。



京浜急行本線は伝統的にボックス型座席を運用してきました。主に快速特急に使用されていましたが、沿線の人工増による混雑率の上昇によりボックス型座席車輌は通勤時間帯に使いづらくなっていました。先代のボックス型座席車であった二代目600系は最高速度が105km/hでした。これに対し通勤型ロング座席車、初代1000系は最高速度110km/hで加速力も高かった。そうした事情もあり、快速特急は初代1000系が中心となり、二代目600系の立場は減少する一方となってしまいました。



二代目600系以降、京浜急行本線の新型車輌は700系、800系とロング座席車が続いていました。初代1000系の増備も続き「京急はクロスシートをやめるつもりか」とファンをがっかりさせていました。そんな中、昭和57年度にデビューした2000系は「新世代のオールクロスシート車」としてレールファンを轟かせ、喜びを持って迎えられました。

2000系の魅力的な面は集団見合い型ボックス座席だけではなかった。京浜急行本線の車輌として最高速度120km/hの運転を達成したことも最大のトピックでした。快速特急として並走するJR東海道本線の列車を追い越す場面は京浜急行本線ファンの喝采を浴びていました。同線初の有料座席列車『京急ウィング号』も2000系で始まりました。その後は2100系の登場と交代するように快速特急運用を外され、車体側面の中央部分に扉を増設し、室内をロング座席に変更する等の通勤型仕様に改造されました。ただし、最高速度と引き換えに加速度が抑えられていたため、かなり限定された運用となってしまいました。近年では羽田空港から横浜、新逗子方面へ向かうエアポート急行等で運用されていました。



引退発表された3月初頭の時点で京浜急行本線2000系は8輌編成×2本が残るのみとなりました。元東京放送アナウンサー・吉村光夫さんの著書『京浜急行今昔物語』によりますと、この内の1本は今上天皇が皇太子時代にご乗車されたと言う。京浜急行電鉄株式会社にとって名誉の誇る車輌でした






過去にグリーンマックス製品のNゲージエコノミーキットで京浜急行本線2000系4輌基本キットと中間車4輌増結キットの二通りが製品化されましたね。18年前に2扉車最終運用フェスタ開催された頃にフェスタ会場限定としてクロスポイントブランドの同系塗装印刷済みキットの販売もありましたし。グリーンマックス製品だけか、マイクロエース製品でも京浜急行本線2000系セットがリリースされていましたね。マイクロエース製品は完成品で購入直後すぐに運転も始められたのも魅力あったそうですし。今月末の京浜急行本線2000系引退を契機に鉄道模型界では同車輌の引退記念モデルが製品化されるかどうか、また関水金属製品のNゲージレジェンドモデルに登場されるか…トミー製品のNゲージでは製品化されることはまずないが。。鉄道模型は別として、京浜急行本線2000系の引退記念列車運用に注目頂きたいですね