「教養」のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない
「教養」とは学歴のことではなく「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある
中島らも「今夜、すべてのバーで」
自分が周りとは少し違う
と思うことが多々あった
変わってると言われるのは
あるとしても
何かの物語が始まるわけでは
ないとしても
とにかく差別意識のようなもの
それがずっと頭にある
少し前まではそんな自分を
中二病だなと笑っていた
ただ自分の中の全てが
他人と違うわけではなくて
共通項というか
世間では常識や当たり前と
呼ばれているものたちが
やっぱり真ん中に居座っていて
それが大部分を占めている
そして隅っこにひっそりと
個性が肩身狭そうに
膝を丸めて息をしている
というのは10代前半時代の話で
最近はわりかし
個性が堂々と歩き回っている
そんな気がする
別に常識が出払ってるわけではなく
ただお互い顔を合わせることもなかったのが
今は議論する仲に進展したというか
そんな内側の変化はともかく
自分は順々と生きています
他人と違うことなんて
当たり前なことで
だからその真理にこだわる必要はなく
ただ素直に
どういう人間がいるってことを
覚えていけばいい
それだけのこと
人生多くの人間に出会おうとも
その中で全員残るわけでもないが
そうやって出会いから少しずつ
何かを得て自分の糧としていく
それは質や量ではないけれど
確かなものではあるんだろう
そうして人は成長していく
限られたものを使い
得たものを携えて
自らを変えていく
温厚な人は育成と呼び
冷静な人は投資と呼ぶだろうか
きっと私は
私のような人間は
差し出せるものが何もないから
望むものがあるなら
喜んで自らを
対価として支払うだろう
それはたとえ今後
何かを得た自分になったとしても
変わらないと思う
常識は盾だ
自分を守ってくれる
ただし構えてないと効果はない
個性は武器だ
進む意志を育ててくれる
ただし相手を傷付けることもある
人は皆この2つを背負い
それぞれの人生を生き残る
たまに盾をハンマーのように
振りかざして攻撃してくる人も
全身を武器で覆ってる人も
たまにじゃないか
見ないだけでたくさんいる
気づいてないだけで
実はみんなそうなんだって
今だ見たことない祭りがはじまる
それくらいの気概で挑もう
つまりは全力で楽しもう
楽しまなきゃ損だろう
楽しまなきゃ嘘だろう
楽しむことは義務じゃない
だからこそ楽しむべきだ
へらへら笑いながら
この長い坂を登れ