夢のなかに誰かきた

それは僕と同じものを見ていた

それはただ同じものを見ていた

それがどんな姿なのか

見ようとしても見えない

だから僕も同じものを見ていた

だからただ同じものを見ていた

夢のなかに誰かいた

それが何であったのか

知ろうとしても知らない

ただ僕と同じものを見ていた

ただ僕と同じ憧れを見ていた


















動物だって寝てる間に夢を見るらしい
全ての動物がそういうわけじゃないけど
ただそのニュースが少しだけ
私を息苦しくさせた
寝てる間に脅かされることも
起きてる間に希望を見ることもなく
今日もすくすくと1日を過ごした
また呑気に明日を迎えるだろう
不満なんてない
その輝きを知らないことが
どうしようもなく寂しいだけ


私という魂に
この器は大きすぎる
この身体を乗りこなすのも
この心を満たすのも
いつまでかかるだろうか
それも夢というのだろうか


すれ違う人の幸せを感じて
知らない風景に懐かしさを覚える
果てしなく続く荒野が
瞬きの先で森になるように
その一瞬に馳せる心が
私を人間だと教えてくれる


この世界に本当に夢がないのなら
どうして涙を流すのだろう
この世界に本当に夢があるのなら
どうしてまだここにいるのだろう
もう寝てしまえ
そして明日は今日よりも
いい夢を見るんだよ


数え切れないほどの道を横切って
また新しい道の出会いを探した
これまで近くに感じていた空が
今では見事に果てしなくて


この世界に本当に私がいないのなら
どうして早く言ってくれないの
この世界に本当に私がいるのなら
どうして私はまだ寝ているの
もう起きてもいいじゃない
そして今日は昨日よりも
いい夢を見るんだよ








君と交わした約束を
ガラスケースに飾ってみた
どんな風に聞こえるだろう


僕たちにできること/奥華子






今の家に引っ越してからというもの
すっかり土地勘が薄れてしまって
ずっとふわふわしたまま1日を過ごしている
それはある意味しょうがないと思う
こっちに来てからすぐに
私は出稼ぎに行ってしまったし
帰ってきたら来たで学校やら仕事やら
毎日街を歩いてはいるものの
寄るのはコンビニやファーストフード店など
あんまり腰を落ち着けた記憶がない
人から話を聞く機会があっても
以前住んでいた場所の方がよかったという
感情を結局最後にぶつけられる
実質ひとりで暮らしているようなものだし
知らない土地で新しい事を始められるほど
余裕があるわけでもなかったのだ
私たちはただ足元が崩れ去る前に
違う岩に移ったに過ぎない
電車で移動する習慣ができると
右側で吊り革に掴まってる手に
毎日違う指輪を見る
それは朝早い満員電車の中でも
日が暮れて疲れた雰囲気の中でも
何かしらの想像をかきたてる
夜中に帰ると足元の影が
ガソリンスタンドの光に当てられ
いくつかに分かれていくのが
今さらなんだか怖くなって
そんな自分に笑いがこぼれる
小さな幸せでも探していたのか
青い鳥はどこかへ行ってしまう
自分がどこにいるかもわからず
ただ目の前の雲を追うように


馴染みのない街にもひとつだけ
親しみを寄せていた場所が私にもあった
街の市立図書館だ
もともと本が読むのは好きだったし
最近は調べ物でもよく通う
年末に出稼ぎから戻って
試験がある日までの数ヶ月も
ほぼ毎日自転車で通ったあの図書館は
知らない街の中で唯一カラフルに見えた
そんなに数を知ってるわけじゃないけど
少なくとも私の中では
図書館というものはどこも変わらない
どの街であっても似たり寄ったり
明るいけど暗くて天井の高い場所に
いつも新聞を読んでるおじさん
本の探し物をする制服姿の少年少女
大人しそうに絵本を読んでる子たちと
それを見守るお母さん方
パソコンや電卓と自前のノートで
かたかたガリガリと懸命な人たち
いつ行ってもたいてい彼らはいるから
私も安心して自分のことをできる
別に顔見知りってわけでもないのに
あの空気がいつも落ち着かせてくれる
それが私にはたまらなかった


図書館に行った日のお昼は
決まって立ち食いそばだ
それはどこに住んでいても変わらない
最初はお金がなくて安く済まそうと
探したのがきっかけだが
今ではあの雰囲気が妙に癖になっている
簡素なつくりで老人夫婦だったりが経営してて
カウンター越しに作っている姿が見える
その日の新聞が何種類か置いてあって
お湯が沸く音と付けっ放しのテレビだけが
常に店中で聞こえている
メニューは書いてあったりなかったりで
隣の人が食べているのを見て
初めて存在を知るものも中にはある
先日また図書館へ行った帰り
かばんを背負い直してそのままに
いつもの立ち食いそば屋に寄った
暖簾をくぐって入ると
いつもより早い時間だったからか
スーツ姿の人たちが何人か食べていた
私はふと思って店主に尋ねる
「コロッケはまだあります?」「あるよ。」
やった。拳にぎゅっと力が入る
揚げものはすぐに売り切れて
また揚げるのに時間が空くから
この店ではいつもたぬきそばだった
私はニヤけるのを堪えながら
上ずった声でコロッケそばを注文する
目の前で作られているのを見ながら
別添えにしてもらおうか
カレーの方がよかったかななどと
ぐるぐる考えていた
1分足らずでそばがやってくると
頭の中はぴゅーっと風が吹かれたように
下手な考えはいなくなり
ただコロッケそばを味わうという心だけが残る
私は割り箸を片手に熱いどんぶりを持って
つゆを少し飲む。うん、この味だ
同じ気持ちを確かめるようにそばを啜り
この味だ、とまた頭の中で呟く
その時ひとつの発見があった
どんぶりで麺類を食べる時は顔は下
つまり器の中を向いている
立ち食いならそれがより顕著だ
だからその時も私は器の中を見ていて
視界のど真ん中に映るコロッケが
出汁にじわっと染まっていく姿を
はっきりと眼で捉えた
見慣れた光景ではあったと思う
コロッケそば自体を食べるのは初めてではないし
割と早い段階でコロッケを
食べに行く性格でもあったから
けれどあの時なぜか惹きこまれて
その運命的とまでも言うような瞬間に
私はひどく面食らっていた
数秒手を止めた後にコロッケを食べてみる
うん、この味だ!甘くて美味しい
カレーにしなくて正解だった
いや、それ以上に
今日この店に来れてよかった
自然にそう思っていた
知ってる味と知らない味が
ひとつの器で合わさって
その出会いを私は見たんだと思う
今まで気にも留めなかったのは
それが当たり前のことであったから



この世に変わらないものがあるとすれば
それは変わらずにいようとする
心の表れぐらいだろう
相手が変わらないとしても
それを写す自分は変わってしまうし
逆もまた然りで
そこに大小の違いはあっても
有無を言わせる猶予は許されない
生きている速度にブレーキをかけても
変化が止まるわけじゃない
それぞれが持つ時間に差はあろうと
世界は等しく時を刻み続ける
生き方というのにこれといった
決まったやり方はないとしても
変わってしまう世界に対する
様々な物思いはあるだろう
ならば変わろうとするのではなく
変わらずにいるのでもなく
自然に素直であること
それこそが積み重ねる時間と
うまく付き合うコツなのではないだろうか
避けられないものを避けようとしても
余計にもだえるだけだ
どうせならもっと遊び心を持って
悠々と事に構えた方がいい
線からはみ出すことを恐れては
後ろから押された時怒りが先に出てしまう
知らない場所から新しい景色を眺めて
そこで期待を抱くくらいには
いつも健康でありたい
明日という未知の世界で
また一日生きるために










生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている
すべての声が、私の中で合唱している
すべての美が、私の目の中で休もうとしてやってきた
あらゆる悪い考えは、私から立ち去って行った


今日は死ぬにはもってこいの日/ナンシー・ウッド





なんてことない言葉が
自分の中で実感を手に入れるのには
意外と時間がかかったりする
毎日を生きているのだから
欲求めいたものはそれはもう
しきりに叫んでいるだろうが
例えば教訓や戒だったり
確かにそれがすばらしいということはわかるけど
自分の中をすり抜けてしまうような
覚えのない言葉は
あっという間に消費して
心に残らない方が多いはずだ
言葉が薄っぺらいわけではないのだが
実感を持たないというのは
それだけで生きるのが難しい
出来損ないの器みたいで
なんだか気後れするかもしれない
人からアドバイスをもらっても
出会いは巡り合わせだから
それがうまく収まらなければ
きっと心の中で浮いてしまうだろう
人を真似ることはできても
言葉が自分だけのものであるなら
それを誤魔化すことはできない



私にはさして成りたいものはない
それは今も昔も変わらなくて
別に決めてかかることはないけど
無趣味かと言えばそうでもないし
でも今すぐ死んでもいいとは思ってる
けれどその気持ちが実感を伴うには
その言葉が肉体を得るのは
おそらくこの一生を費やして
足りるかどうかといったところか
いやこれは言ってみただけで
本当のところはわからない
もしかしたら明日か明後日か
時計の針が変わる間に
できてしまうかもしれない
今の私にはただ
言葉をなぞることしかできないから
こうして気持ちを眺めている
この水平にぼんやりとしてる時が
いちばん心地良い
だからとは言わないが私はきっと
死ぬために生きているんだろう
死のために生きているんだろう
それはネガティヴな感情じゃなく
むしろこれ以上なくハッピーだ


受験を終えて気づいたことは
人は決してひとりになっては
いけないということだった
誰かと共有することで
人は人間になれる
ありふれた言葉だけど
陳腐だとも思うけれど
今の私が選んだのはそんな言葉だ
そして大事なことだ
形を得られれば目にも見える
見失っても探すことができる
透明にはならない
だから気持ちを諦めることだって
もうないはずだ


最近自分の中でたくさんの言葉が
形を帯びてきているのがわかる
このままどれだけの気持ちを
死に届けられるだろうか
手ぶらじゃまずいけど
多い方がいいとは限らない
最後の言葉が何なのか
それらを見届けることが
自分の使命にも思える
死ぬために生きる
それはわざわざ掲げるものでは
ないのかもしれない
目指すまでもなくその先に
死は待っていてくれるのだから
それにみんないづれは辿り着く場所だ
早いか遅いかの違いしかない
なんとも心強い話だ
死にたいと思った時に
死ぬんじゃなくて
死ぬ時に死ねてよかったと
ちゃんとありがとうが言えるように
生への感謝を持ち続けたい
だから失くさないようにしよう
そう考えられたらきっと
私は安心して生きられるよ




















さぁ想い出して 愛し合ってた頃を
真剣なまなざしで 見つめあってた頃を


灰色の水曜日/ARB






長い間悩んでいたことがある
私はいつもたくさんのことを考えていたけれど
それは別に社長並みの忙しさを持ってるからとか
作品のアイデアを生み出すために
四六時中唸っているような
迫りくる悩みとはずいぶん違って
まったくとりとめのない
きっと誰の役にも立たなそうな
どころかお互い会ったことさえ忘れてそうな
そんな儚くて他愛ない悩みだった
私はその悩みたちとの出会いを楽しみにしながら
日々意識の海を潜ろうとする
それはある意味冒険と呼べるもので
知らない自分を発見することでもあった
でも彼らはいつもすぐどこかへ行ってしまうから
私は深くものを覚えることもできず
屈託のないけろっとした顔で
また次の日なんの気もなしに海へと潜るのだ
出会いに飢えてるわけではない
考えるのは確かに好きだ
しかしそれより自分の中でこんなにも
未知との遭遇を果たす可能性が
秘められていることに純粋に心踊る


深海での出会いは決して
地上に漏らしてはいけない
私たちが一晩語ったそれは
海から地上に戻るときに全て
私たちの記憶から流れ去ってしまう
だからこそ一夜の密会が愛おしい
はじまる前から終わることがわかっている
そんな場所で私たちは言葉を交わすのだ
人は自らの想像に逆らえない
出会いそのものに強く訴えられたその衝動は
たとえ地獄の口であろうと
喜んでその身をあずけるだろう


そんな毒とも薬ともわからない
出会いを繰り返してるうちに
ふと昔の悩みのことを思い出した
よく思い出せたと言うべきだろうか
この短い人生の中で唯一と言ってもいい
自ら別れを告げた相手のことを
もう二度と会えないと思っていた
実際この瞬間まで忘れていたし
他の悩みのことを思い出すことも
かつて1度もなかったから
深海の住人である彼が地上の私と
それにひとたび別れた私たちが
もう一度ひとつになろうなんて
彼だって望んじゃいないだろう
それでもまた出会えたのはなぜなんだ
僕はただ驚きもせず
自分の中で滝のように流れる
感情になりきれてない言葉たちを
なんとか相手に届けようと
開いた口をぶら下げて
彼の言葉を待っていた
地上に生きる私たちは
当時の自分の気持ちも悩みの大きさも
もうまっすぐ見つめることはできない
全てが別世界のことのようで
その事実が改めて顔を出した時
それを振り切るかのように再び潜る
僕らは気持ちを伝える手段を
まるで言葉しか持っていないかのように
それが自分の中で生まれるのを
いつまでも待つつもりで
その時間はまるであの時の夜会の一間を
想像させる静けさで満ちていた
それは私がいつか想像した静けさであった
二度と聞くことのない寂しさを持った音
やがて彼はすっとその身を動かし
役目は終わったと言わんばかりの
寂しげな足取りと共に海へと戻っていった
私はその姿に何を追うこともなく
目を閉じて口を結び両手を胸に寄せ
何もかも忘れたように
すっきりとした顔を浮かべていた



今の気持ちを言葉にするには
今感じていることだけの
心が必要だけれど
私はひとつしか持っていないから
それぞれで分けっこにしなきゃいけない
ここに戻ってこれたのは
ただ運がよかったんだと思う
それ以上考えられないし
考える必要も多分ない
それでもこの巡り合わせには
たくさん感謝の気持ちがある
再会の機会は以前にもあったかもしれない
これからあったかもしれないし
もしかしたら一度きりだったかも
だから私はこの再会を大事にしたい
もしこのまま生き続けることが
罪と呼ばれようと病いと罵られようと
私は私で変わりなく
何者にもなれないこの人生を
いくらか楽しんでいこうかと
今のところはそう思う











どんな幻滅も 僕たちは超えてゆく
でもその前にひとしきり痛むアンテナも なくはない



泣いてもいいんだよ/ももいろクローバーZ









もしも自分が思いを寄せる存在がいたとして
家族でも友達でも恋人でも
別に人じゃなくてもかまわない
動物でも命を持たないものでも
どこにだって生えてる雑草にだっていい
自分の中で特別に大事だと思ってさえいる
そんな存在がいたとして
人はいつかその誰かの死を
想像することがあるだろうか


人間をふたつにわけるとするなら
というような話を考えるとき
私は決まってその答えを
「ふたつにわける人」と「わけない人」だと
結論づけてしまうが
今日に限っては別のものにしたい
大事な誰かの死に自分が近づいた時
この場合は相手の生死は問わずに
自分はつまりどちらに属するかということだ
相手の最後を見届けたいと
その身を添い遂げて生きるのか
あるいはあなたの最後など見たくないと
自ら先立とうとするのか
私が死んだら骨は海に埋めてと
夢交じりに語ることだってあるだろう
どちらをよしとするか
頭では理解できるだろうが
きっと本当はそのことを
真に自分が選べるものではなくて
たいていはひとりになってから
大事な誰かを失ってから
どうしようもない気持ちと共に
浮かんでくるものだ
けれどただ想像をするだけで
何も変わっちゃいないのに
人は覚悟を迫られる
そして心底恐怖するのだ
それは自分の選択ではなく
自分の大事な相手を殺す想像を
だれでもない自身がしているということに


ひとつ確かなのは
どちらかに決めていたとしても
そうでなかったとしても
大事な誰かを失った人は
ひどく心苦しいと思っていて
そんな人に対してかける言葉を
この世に生きる人間は
持ち合わせていないということだ
備えあれば憂いなしなんて
誰かの死を後にして
いったいどれほどの気休めになろうか

もし想像したことがあるなら
それはそれだけ相手との別れを
惜しんでいるということだと私は思いたい
悲しむ必要はないだろう
誰かを殺すということは
誰かを忘れるということだと言うし
その想像をさせるだけの誰かは
きっと生涯自分の中で
生き続けてくれるはずだ
そしてその時は何でもない相手でも
しかし殺す想像をすることで
相手の死に近づくことで
もしかしたら自分の
特別になってしまうかもしれない
だとしたらこんなに恐ろしく
切なく感じることもないだろう
けれど人は自らの想像を止めることはできない
人の人生に死はつきものだからだ











君のいない世界で僕は
はじめて君が望んだ僕になる


言えない/RADWIMPS










7月からは箱根で仕事をはじめた
総合的というと語弊があるかもしれないけど
箱根の仕事は熱海と伊豆のお仕事の要素を合わせたイメージがある
というのは適当な人数を相手にする
やはり大衆的な面を持ちながら
ひとりひとりに対して喜んで頂こうと努める繊細な仕事が日常であったからだ
今までと違うのは
より多くの情報を受信し
それをサービスに活用することだった
言うのは簡単ではなかったが
その分手応えもまた分かりやすく
単純な仕事内容だけで見るなら
やりがいのある職場だと断言できるだろう
それでいてやはりあの箱根であるから
当然お客さんが求めるハードルも高いし
こちらの意識もそれ以上に高い
加えて発展途上な職場環境と
東京育ちとして少なからず憧れもあったと思う
とにかくこの箱根での生活は
自分の総力を上げての
相当な試練だったと言える


ここでもうひとつ注目すべきなのは
6月の時点で自分の時給が上がっているのだが
それが何を意味するかと言えば
経験者として見られるということだ
サービスをする側の者として
始めて3ヶ月弱過ごして
最低限の振る舞いができると認められたということだ
給料アップをお願いしたのは自身だけど
実際に給料が上がって単純に喜べたかと聞かれればそうではなかった
自分の給料を払ってるのは派遣会社だけど
派遣先で何かあれば当然連絡されるわけだし
いつ自分という存在を評価されるかわからない
伊豆では自分にできることを
端から詰めていったが
箱根ではその上でどれだけの知恵を
その場に用意できるかが課題となった
そういう意識を新たに持って
箱根という地に私は踏み入ったのだった






働いたという気持ちが1番大きいのは間違いなくこの箱根だ
滞在時間も理由のひとつだが
これから来るお客さんを想定して
普段からあれこれと想像していたのが
まずあげられる
東京から近くにあって
温泉がたくさんあって
観光スポットも食事処もそろってて
旅行初心者からリピーターまで毎日賑わっている
若い人からお年寄りまで老若男女
エヴァ効果か外人もよく来る
そういう意味では箱根という場所は
とても分かりやすく
自分としても相応の場所だったかもしれない
いつぞや考えたことがある
最初に箱根で働いていたらどうなっていただろうかと
たられば論じゃないけど
こればっかりは単純に
何もできずに沈んでいく自分が
容易に思い浮かんだ
逆に言えばこの流れで来れて
よかったのだと感じている




口コミ
三つ目の職場でどれだけ前線にいたかは
この三文字で説明してくれる
箱根といえばそれだけで評価の対象になるし
相手も期待してやってくる
評価される立場にいるということ
そこに社員も派遣もないんだということ
同じスタッフとして共有していたかはわからない
給料が上がるわけでもないし
それに対して文句をつけるつもりはないけれど
少なくとも挑戦的でスリルがある仕事に
最初は喜びと似た感情があった
新しい建物だったし
その口コミを見て新しいお客が
やってくるんだと考えると
全てにおいてやっぱり最優先されるから
どんどん修正されていく職場が
良い方向に向かっていることを
願うばかりだった


夏風邪
7月末から少し風邪を引いた
普段は健康体だけど
一年に1回は風邪を引いていた自分も
夏にかかったのははじめてで
風邪薬を飲まず時間を休むことに費やした
まぁ症状は悪くなる一方だったので
次の休日を費やして全力で回復させた
仕事に支障が出たのはほんのわずかだったけど
時間を浪費した感覚はある



人手
どこの観光地も夏休みの入る8月は
繁盛期だというがさておき
職場では圧倒的に人出が足りていなかった
まだ労働環境が整えられてもいなく
全員がひたすら片っ端から
やるべきことを潰していく毎日であった
それでも追いつけないこともあり
正直この時期はもうひたすら
仕事に全力を傾けていた
外へ出ると観光客がたくさんいて
箱根の人気を実感した


名刺
そんな忙しい中でのある日
食事が終わった後のバータイムに
自分が担当したうちの一つの方たちが来てくれて
なんと僕を指名してくれた
僕は基本深夜のシフトは入ってなくて
その時ネクタイを外して裏でカレーを食べてたんだけど
上司に呼ばれた時は本当に驚いた
それまでリピーターに出会ってきた数は少なくなかったけど
どれもお店のリピーターで
個人を指名する方たちは決まって
偉い人たちと話していたものだから
疑問に思いつつも飛んで駆けつけた
夜も遅くに談笑
職場では最年少だったし
特別な風格を持っているわけでもなかったから
よく突っ込まれていた自分のことを
その時はいつもより長く語った
今までは聞くか喋るか
どちらかしかできなかったが
話すにつれ聞くにつれ
だんだん言葉を交わせるようになれたのは
この一年で一番大事なことだと思う
これが本当の会話なんだと
派遣であること
受験生であること
出稼ぎにきていること
当然予備校には行ってないし
同級生はみな進学か就職していて
過去の先生たちとは時間が合わず
教えを請う人どころか
相談相手さえ身近にいなかった私には
どこの誰かもわからない
初めて会った人間に打ち明けるほか
話すタイミングがなかった
そうした寂しい一期一会の思いが
この日変わったのだ
こんなに嬉しいことはない


先輩からここしかないと背中を押され
はじめての名刺交換をした
いや自分の名刺を渡しただけなんだけど
それも会社から支給された名前だけの
すかすかなやつだったけど
とにかく名刺を渡した
お互い知らないまま話すのも心地良かったけど
自らその身を明かした時
認められた気がして
少しだけ安心できた
あの日ばかりは寝る時に
変に笑いが出た
この日がきっかけで何回かバーの
シフトを組むことになって
カクテルのレシピを読んで勉強した
それが役立つことはついになかったけど
普段の営業で動きやすくはなったので
全く無駄ではなかったかもしれない
名刺はその後何回か渡す機会があって
それだけで十分記憶に残る




大文字焼き
箱根が一年で一番盛り上がると言っても
過言ではない
当然満室であったその日は
実は仕事が休みだった
夕方まで普通に過ごした私は
珍しく外行きの格好をしていた
駅前までの道には露店が並び
どこから出てきたんだとばかりの
スタッフたちが汗汗と働き
祭りを盛り上げていた
ひととおり回った後私は
花火の見える場所を探すべく
ちょっと高いところまで戻った
ぎりぎりまで雨もぱらつき
雲も怪しく花火自体上げられるかどうか
周りの心も揺れていたが
7時を少し回ったところで
遠目に細々と見える炎が現れ
続いて大きな花火が高く打ち上がった
花火と炎の共演する祭事に
空も気をつかってくれたのだろうか
そんなこともかまわず
その時は目の前に映る瞬間を
見逃すまいとじっと見つめていた
相も変わらずひとりだったけれど
夏の思い出にばっちり収まった


新しい人が何人か入ってきて
新人という立場を明け渡す
教育係を請け負うほど育ってはいなかったけれど
ここでもっと大きな問題が浮上する
できたばかりの職場では
マニュアルというものが存在しなかった
自分はむしろ個人によって
言うことが違うのを不思議に思っていたが
まだ新しいところだからと
心の奥にしまっていた
それが別の者によって指摘され
議論するべきものになってしまったのだ
しかしそれは良い機会でもあった
元々忙しくて後回しにされてた事で
現場の力でここまで保ってきたわけだから
タイミングとしてはむしろ好都合だ
色んな意見が出た
きっとあの時はひとつの転換期だったのだ
スタートダッシュを終えた長距離選手が
どこを目指していくべきなのか
それを改めて共有する
人がばらばらだからこそ
目的地が必要だ


帰省
生まれてからずっと東京民だったから
帰省なんて想像でしかなかった
実際したことといえば家に帰ってご飯を食べてお話をしてごろごろして
ちょっと買い物して友達と会って
夜が明けたら休みは終わってた
何かが変わったわけじゃないけど
帰れる場所があるのは
幸せなことだなと
思ったり思わなかったり
でもやっぱりまだ死ねないなと
漠然とした思いを胸に
早々に山へ戻った


忙しさにも慣れてきた頃
スランプじゃないけど
勉強が手に付かない日が少し続いた
それは精神的なものが原因で
とにかく心体が分かれた気分で
どうすればいいのかなんて
一生縁のない悩みだと思ってた
目的があればそれを基準にして
考えればいいし
目的がなければまずそれを
探せばいいと
でも違った
やりたいことがあって
やるべきことがあっても
一度浮わついてしまうと
不安になってしまう
これでいいのかと思ってしまう
不安を解消するために作業に没頭し
気づくとまた別の不安がうまれている
地に足が着けてはじめて歩けるんだと
この時の私はまだ知らない
空が飛びたいと夢見る人の多いけど
彼らの想う空にはたして自由はあるのか
飛ばない天使と飛べない天使
空中散歩はいつしか終わる



夏が過ぎ9月になる
お偉いさんたちが集まってお疲れ様でしたを言う懇親会があって
人見知りじゃないけどさすがに
立場上少し身が縮む
ただ多くの派遣が来てなかったであろうこれに参加した理由は
社長その他お偉いさんの顔を見てみたかったからだ
派遣の身で色んな人と仲良くなる気はなかったし
そこで人脈をつくろうという気もなかった
先を見る余裕もなかったし
ここまでの経験からして
この業界にいる人達を
あまり良く思っていなかったからだ
上司の上司のそのまた上司
自分がこのグループの中で働いてる
という認識が必要だったとは思わない
けれど曲がりなりにも
社会人になってしまった僕には
自分が誰に生かされているかを
知っておくべきだと考えた
挨拶が終わると解放されたかのように
料理を食べまくった
帰っても用意はないし
外で済ますにも店はやってない
そんな理由で食べてるのは
自分だけだったろうが


9月は概ね忙しない時間を過ごした
スタッフが入れ替わり
献立が新装され
客数も落ち着いて稼働率が下がっていく
かと思えば今まで見えてなかった
問題が浮き彫りになり
それについて議論が交わされ
スタッフ全体が足並みを揃えることを強いられつつ
気持ちの方はふわふわと揺れていた
一方自分は月末に模試と
願書提出を控え戦い続けていた
全く捗らない日も
休み明けに頭が空回りする日も
多々あった
それでも一日一日と過ぎていく毎日に焦りを感じていた
職場の派遣スタッフたちは
年内に辞めることを視野に入れ始め
知り合いや家族を呼ぶことが多くなった


写真屋さんが意外と身近にあることを知り
連絡を取って休みの日に撮影してもらう
何ヶ月ぶりかの制服に袖を通す
卒業して一年以上経つのに
定期的に出番があるから不思議だ
書類を用意するため郵便局に通った
封筒に書く文字書きを間違えて
余分にもう一組買った


月末の模試は散々な結果だった
文系の国立二次を想定した試験を受けたのだから
結果が良かったら逆に笑ってしまうが
それにしても散々だった
模試を受けることを周りに教えていたから
いつ結果が返ってくるんだと
毎日のように迫られた
たびたび誤魔化していたけれど
あの結果は当時の自分の心を握って離さなかった


天気は落ち着いてきたが入れ込みが少なく
中途半端な稼ぎになった10月
本格的に人件費削減の動きを見せるべく
1日1日の労働時間はとても少なかった
先輩たちは開き直って
パチンコに行く回数を増やしていったが
自分は稼ぎが少ないと本気でマズいので
他店舗で手が足りてないか頼み込んで
なんとか繋いでもらったヘルプの日には
一心不乱に働いた


月の真ん中に誕生日があった
正直数ヶ月滞在していて
職場の反応にはもう慣れてしまっていたが
それでもやっぱり祝ってくれる人が
いるのは素直に嬉しかった
半年前を想えば
成人になれただけで涙ものだが
二十歳になった涙は半分以上が
十代の自分へ向けた
悲しみと後悔の念だった
これだけのことをやってのけたのに
どうして備えてこなかったのか
今日限りだからとめいいっぱい責めた
大人になった喜びと苦しみを
色々と想像したかったけれど
その機会を逃したまま
20代に仲間入りしたのだった


クレーム
ある日自分がクレーム対応で
小さな間違いをしてしまって
回り回って大事になってしまったことがあった
クレームというのは実際よくあることで
よくあっちゃいけないんだけど
起こってしまったことよりも
その対応の迅速化
後手を一番に取ることが優先とされてきた
クレーム対応経験なんて
当然持ってなかった私はあの日も
流れるようにミスをしたけれど
あの事件を契機に
末端の身でも対応できるよう
指導があったのは良かったと思う



11月になってすぐ
社会人入試を受けた
2ヶ月ぶりの帰省で戻る
この入試にはひとつの目的があった
それは年内に合格し安心すること
ではなくもっと瞬間的なもので
自分を表現すること
受験生であり社会人であった自分
しかし当時はどうあっても
仕事をしてる時は社会人
勉強をしてる時は受験生
それはそうだ
けれどそれはどちらか一方を
交互に行っているだけであって
両立ではなかった
そう感じていた
精神的に両立させていても
行動が完全に分離していたから
そんなことを考えていた矢先に見つけたのが社会人入試だった
来る受験生全て社会人とは
自分にはうってつけの場所だと思い
すぐにそれに向けて準備をした
誰に教わることなく励んていた自分に
ひとつ機会を与えたかった
たった一瞬でいいから
社会人と受験生を両立させた自分を
表現したかった
相手が誰であってもかまわない
自分の中で残ればそれでいい
そんな思いが強かったけれど
結論から言えばうまくはいかなかった
あの時の私は愚かにも
面接で自分の境遇について
話すつもりでいた
生活能力だとか
短いながらも働きながら
一人で勉強してきたことを
アピールすることを考えていた
面接官が受験生に尋ねたいのは
何の何が好きだとか
何を研究してみたいとか
その先の話であるのに
志望が文学部ならなおさらだ
そういう意味では
手ぶらで来たも同然だった
面接で違和感も持った時には
既に自分の評価は決定していた
当たり前といえば当たり前だった
自分の境遇は極端だとしても
働きながらの勉学を望むということに関しては
みな同じ思いで来ているのだ
社会人入試なのだから当然なことだし
それをわざわざ貴重な面接時間で
確認したりはしないだろう
ましてやその人の仕事の話に
いちいちつっこんだりしない
例えばあの場が就職面接で
私たちが社会人だけであったなら
好意的に話を聞いてくれたかもしれないが
実際は受験生たちの集まる場で
私もその一人に過ぎなかった
ちょっと考えてみればわかることだが
これに私が気づいたのは帰りの電車の中だった
緊張してなに話したか全然覚えてない!とかではなく
終わってからすぐに
できたこととできてないことが自分でよくわかったから
むしろ良い勉強になったし
教えられたと思う
そしてやっぱり受けてよかったと思った
無駄じゃなかった
そして無駄にはしない
少なくともその時の愚かな私は
そう意気込んでいた
たった数時間にしては
確かに高い授業料だが
それでも笑えるぐらいには
私は前を向けていた


入試が終わってから
残り少ない契約が終わるまで
職場ではいろいろあったが
この一ヶ月はかなり早く感じた
作業的な感覚はなかったけど
それでも朝を迎えるスピード感は
毎日あったと思う
半年で何人もお別れしてきたけど
送られる身に回った日には
とうとう来てしまったなあと
恥ずかしさでいっぱいだった


天気が良かったので家に帰る前に
上まで登って昼食を取った
高いところで見る富士山は
今年一番の力強さを私にくれた
いつか拝むであろう時に
どういう心境になるか
自分の頑張りにかかっていると
来たばかりの私は妄想をしていたけれど
いざその瞬間を迎えた私は
ただただ生き延びたという
小さな実感を握りしめて
来年は山にでも登ろうかと
独り言のような約束をしたかと思えば
そのまま箱根を後にしたのだった















青春ごっこを今も続けながら旅の途中
ヘッドライトの光は手前しか照らさない


深夜高速/フラワーカンパニーズ










リスクマネジメントなんて言葉があるけど
2014年で1番学んだというか
身に沁みたものはおそらくこれだと思う
危機管理能力
経営用語と言えど一般にも通づる言葉だ
様々な危険を最小の費用にとどめようとすること
しかし普通に生活するのに
いったいなんの危険があるんだって考えていたけど
そういうことじゃなかった
この言葉は危機よりも
むしろ管理の方に重きが置かれている
対象よりも対応
バタフライエフェクトじゃないけど
危険を目の前にしてどれだけ早く
どれだけ速く動けるか
そんなことを意識させる時間を
僕はこの一年過ごした






年を跨いで1月
生活をする場所を用意する必要ができた私は
片手間ではありながらも
仕事を探し始める
別件の作業をこなしながら
一方で親しい人に会えるだけ会っていた
いつ会えるかわからないと考えた途端
急に寂しくなったからだ
新宿で面接を受ける日々が続き
やっと仕事が決まったのが2月の中旬
家の引越しを済ませ
入寮日に東海道線で熱海に向かう
横浜で食べた崎陽軒のシュウマイ弁当
おいしかった


熱海でのお仕事は
不安定なところがたくさんあった
やること全てが初めてだったし
2回目にはできないと怒られた
自分の全てを総動員して
足りないところは言葉で補った
一ヶ月ちょっとしか居なかったから
結局慣れという慣れもしないまま
その地を後にしてしまったが
職場は大きく常に忙しいところだったので
心身共にだいぶ強くなったものの
鍛えたというよりは打たれ強くなったイメージだ
転んだ数は覚えていない
ちょっと前までただの高校生だった私には
かなりハードな立ち回りだったし
それをこなしていたかと言えば
割とぎりぎりなラインだった
ミスもたくさんした
朝の出勤が早くて6時前には寮を出発していた
ひとりの生活がはじめてでよく寝坊した
まだ冬の寒さを残した早朝の海沿いを
毎日拝めたことだけは良かったか
自殺の名所と呼ばれてるけど
あれは確かに飛び込みたくなる
少なくとも仕事で消耗した私には
あんまりにも美しく見えたから


社員食堂があって
そこで1日3食まで食べていいんだけど
色んな部署の人が食べに来るから
最初の頃は周りがすごい怖く見えて
常に視線を感じていたから
おかげでずいぶん背すじが良くなった
大根のみそ汁が好きだった
休憩中だからとゆっくり過ごしていたけれど
それを差し引いてもやっぱり
忙しい職場にいる人って食べるのが早いと知った
何をエネルギーにして動いているのかと
疑問に思った時もあった


これは当時一貫していたことだけど
特に何か特技や強みがあるわけでもない自分が
こんな普通じゃない状況で
どうやって生きてきたかというと
見て覚えて盗む
動いて考えてまた動く
それらをスムーズに行うことを
自ら意識させてきたからだ
よっぽど親切な人じゃない限り
1から10まで手取り足取り
教えてくれることなんてない
それをあらかじめ理解していたのは
環境を生き残る点において
出遅れることはあっても
ぎりぎり飲み込まれることをしなかった
だからいつだって薄氷を踏む思いで
けれど足を止めずにいたからこそ
最後までやり遂げられたんだと感じている
普通じゃない状況だったけど
やってることは普通だった
しいて言えばそれまでとのギャップに
戸惑う自分がいるだけだった


いつだったか休みで東京から戻った日に
見た星空はすごかった
海沿いでろくに灯りもなくて
車が通る度に足元が見える程度だったから
夜空なんて見ようともしなかったけど
その日ばかりは上を向きながら
寮までの道を歩いたものだ


それはそうと同じ職場で
働いてる人たちは
みんなどうにもお疲れ気味だったように思える
だいたい忙しい日と
暇だけど(人手がなくて)忙しい日と
あったけど
なんていうか
一人当たりのやることが多くて
しかも個々でそれらをこなすから
自然と作業になってしまって
心労が絶えないままに
時間を過ごしていた
彼らは今から振り返っても
個々の実力が高い人ばかりだったけど
逆にそれが消耗を加速させていた
歴史あるところだからもう長いこと
こういう体制なんだろうなと
面子を保つことが
唯一の行動原理のように感じた
他の人は知らないけど
あの時はお客さんの顔なんて
全然見れてなかった
ただその日その日を
生き残ることに必死だった
熱海の人たちもそのマイペースさを強く感じたけど
それが全体の雰囲気として
お店のイメージに繋がることはなかったし
あくまで揃えるところは揃えて
無意識なのかどうなのか
薄皮一枚までは抑えていたのか
超絶素人の私が入っても
その流れが大きく変わることはなかった


もうすぐで契約も終わるだろう3月後半に
食欲が激減した時期があって
ご飯は食べてたんだけど
そのまますーっと消えていくような感覚で食べた気がしなくて
遂に病院まで行った話がある
これは自分も周りもお医者様も
全く同じ答えで
ストレスなんじゃない?と
原因なんてそもそもはっきりしたものじゃない限り
経過を見なきゃわからないし
その場で判断もできなくて
だからといって次は来れないから
結局その一言のために
一回切りの通院を果たした
数字で言えばその時期だけで
8kg以上体重が減っていたが
これから得る教訓は
食事をちゃんととれるのは
健康の第一条件だということだ
まぁ受け売りだけど
こんなこと実際に経験してみないと
言われてわかるはずもないが
医療費云々よりも当時は
食事に何の楽しみも見出せなかったのが単純に辛かったので
以降ふつうに食べていけてることに
自然と感謝するのであった


ちなみに激務と呼ぶかどうかもわからなかった熱海での滞在では
およそ勉強をした記憶がない
昼の12時に部屋に戻ってきて
14時半には出る支度をしていたから
当然といえば当然だが
しかしそれをしようとした覚えはあって
ただ勉強ができる環境を用意するのに
奔走していたら3月が終わってしまったということだ
食堂と送迎バスのスケジュールを把握したり
近くで買い物できるとこを探して
休み時間に歩いていったり
机がなかったので頑丈なダンボールを手に入れるために
仕入れ業者さんと仲良くなったり
本末転倒というか
そんなことばかりやっていたら
期間は終わってしまった
これはこの時だからというわけではなく
元からの性分が原因なのだが
要するにこの一年のスタートとしては
最悪とは言わないまでも
合格点には程遠いものであった
形から入ろうとした結果
100%の状態を繕うとして
目的達成には全く至らなかった
ちなみにこの反省は
夏あたりに生きてたりする





4月からは伊豆で過ごした
「仕事を辞めるなら次の仕事を探してからにしろ。それが嫌なら旅にでも行け」
大したことじゃないけれど
熱海伊豆箱根と名高い場所で
仕事しながら生活できたのは
この不思議に充ちた1年の中でも
とりわけ救いの要素であっただろう


して熱海の仕事が大勢を相手にする
大衆的なイメージとすれば
ここでの仕事は対照的に
1対1を想定したサービス
基本的にスタッフ全員がもてなすスタイルというか
だから少数精鋭なところもあって
その中のひとりに私が入る意味も
最初はやっぱりよくわかってなかった
こじんまりとした職場で
隠れ家みたいな印象を持たれているところで
周りも静かで落ち着いた環境にあった
熱海では三畳部屋だったが
ここではアパート一部屋を借りられて
トイレもキッチンも洗濯物を干すベランダも
備え付けのテレビさえあり
その文化レベルの飛躍に
当初は心踊っていた


休日は自分で食事を賄っていて
1食120円をノルマにしていたので
決して安くない食事を提供していた
仕事の時間と休みの日と
ギャップがおかしかった
2km先のコンビニまで歩いていく
漫画やアイス以外を買うことに
もう違和感はなかった
ほとんど同じ献立だったけど
食材を調達して調理して食べる
そんな当たり前なことを改めて
自分の手でこなしていくのは
今までの道のりを振り返る
良い機会にもなった
思ったより1食分は安くできるし
思ったより生きるのには費用がかかると知った
そんな気づきの毎日であったから
買い物が億劫になることなど
一度としてなかった


生活で苦労したことのひとつに
ワイシャツのシワ取りがある
白のワイシャツが制服の基本となることから
洗濯には気を使っていた
アパートの住人と洗濯機を被らないようにとか
洗濯機にかけた事を忘れ
皺のできたシャツを
泣く泣く部屋に持って帰ることが多々あった
アイロンなんて持ってるはずもなかったので
やかんで代用してのばしたり
風呂場の蒸気で戻したりしていた


3ヶ月という短い期間だったけど
それでもあの職場のスタッフとして
早い段階で意識をチェンジできたのは
おそらく社長の存在が大きい
週一の頻度で見えるから
白いワゴンが止まっていた日は
ああ今日社長が来られるんだなと
2回目以降はそんな気持ちだったけど
最初に会ったときはすごい複雑で
ちゃんと挨拶すらできなかった
知らない人と毎日会うのが仕事ではあったから
そういう気構えは持ち合わせていたけれど
社長のお立ち寄りはいつだって
ビシッと集中させてくれた
厳しいけどお話好きな人で
戻る時は必ず誰かを連れてきて
一緒に食事をする
そういう接待の場が定期的に
行われていたので
自分の仕事ぶりを確認すると共に
社長たちの会話に聞き耳を立てるのも
少しだけ楽しみにしていた


リピーターの話をすると
この伊豆の職場は割と新しいところで
だからリピーターと言っても
まだ数える程しかそれはいなかったのだけれど
それでも十分ありがたいことであって
十二分に気にかける相手でもあった
繰り返すがここは決して安くない
それを知ってる自分は意識的に
サービスを向上させようと努力した
地元の話とか料理とかお酒とか植物とか
知らないことは山ほどあったけど
知らないことを知っていれば
現実でもそれなりに対応はできるし
自分から話をしなくても
相手から話を引き出すとか
いくらでもやり用はあることを
この伊豆で学んだ
無知の知だなんて当時は考えもしなかったし
熱海では終始小走りしてたから
お客さんとの会話らしい会話なんて
ほとんどした覚えはないけれど
どんなに不利な状況でも
悲観する必要はないんだということを
ここらで理解した
同時に自分の立場についても
背伸びしつつ理解し始めていた
お給料をもらって雇われていること
派遣先で仕事をするということ
数ヶ月前は不整だった身の丈も
ここにきて弁えてきたのだろうか
少しずつ前に出せるようになっていた
それには周りの人格者たちの存在も大きいが
伊豆自体が持つ特有の安らぎを持った空気と
何より己が内に隠していた
表現したいという強い欲求が
自分を整然と立たせていた




6月に入ると蛍が盛んになった
食事が終わると蛍がよく見える場所に
お客さんと行くのが毎日の恒例で
自分は残って掃除をしたりしていたけど
休みの日には真っ暗な道を歩いて
近くに蛍を見に行った
なんたって寮から歩いて10秒で
天然の蛍が飛んでいるんだから
これが見に行かずにいられるかと
ついつい遅くまで練り歩いた
20時過ぎの約1時間が見頃と言われている
でも時々仕事帰りに寮の前で
飛んでる一匹の蛍を見つけた時は
どんなに辛いことがあっても
1日を安心して終えられた気がする



人間関係
蛍ばかり見てられたらどんなに楽だったか何度も思ったがしかし
1番困ったのがこの人間関係
人が少ないし何より自分が新人で1番下っ端だという事実が
皮肉にも誰より全体を把握させていた
誰が良いとか悪いとかそんな小さいことじゃあなくて
ただ会話をしなかっただけで
次第にずれていく
決して埋まらない溝と
日々生じる確執
そんな静かな争いの最中で
やっぱり僕は蚊帳の外だった
自分にできるのは争いを止めることではなく
戦いの熱をお客さんに感じさせないよう
平常に振る舞うことだった
それはいつも通りと見せかけて
脳内で汗をかいているような
緊迫した状況には違いなかった
三つの職場を渡ってきたけど
コミュニケーションを取ることは
いつでもどこでも大事なことなんだと
この仕事は再三に思わせてくれた













いい人と歩けば祭り
悪い人と歩けば修業


小林ハル













多くの大人に出会いながら
ここまで生きてきたけど
自分も少しだけ大人に
近づいて思うのは
彼らも同じところで
同じことをして生きてるんだって
じゃあ何が違うのって
生意気な思春期の若者は
頭を巡らしてみる



僕らが大人と呼ぶ彼らは
自分達より長生きしてるわけだから
当然たくさん経験をしてきてる
数の話じゃないけれど
年上の方が僕らに優しくしてくれるのは
年上の方が僕らに厳しくしてくれるのは
彼らの経験が彼らを導いているから
かもしれない
他人の気持ちなんてわからない
でも自分が歩んできた道はわかる
他人は自分を写す鏡だと言うけれど
僕らの姿を捉える眼に
どんな感情があるのか
少しだけ表情を曇らせて
彼らはあえて回り道を選ぶ



そして彼らは知っている
いろんなことを知っている
風の匂いも
雨上がりの空も
おもしろい本の見つけ方も
人の温もりも
人のいない寂しさも
それを紛らわす方法も
眠れない夜だって
耽るほどの思い出があるんだから
グラスを片手に夜更かししたり
思い立って散歩に行くこともある
それらを全部含めて
けれどもやっぱり
彼らは僕らと同じなのだ
ただ少しだけ
ほんの少しだけ先を生きている
生きていてたくさんの選択をしただろう
彼らの歩いてきた道には
いろんなものが落ちている



それぞれの経験を経た人達は
他人の背中に重みを感じるようになる
そこに質も量もないだろう
あるのはそれに伴った想いだけだ
それぞれの人生を歩み
それぞれの荷物を抱えてきた
背負う者たち
それを理解していれば
相手が少しだけ大きく見える
彼らとの違いをあえて言うなら
結局その荷物がつくる
影の形になるのではないか
見上げてばかりじゃわからない
たまには少し近寄って
足元も覗いてみよう
知らない気づきがそこにはある





3ヶ月ひとりで生活してみて
たくさんのことを知った
知らない世界の存在も
視界の端に捉えたかもしれない
そこで足を止めずに
進んできた自分に対して
今の私から感謝を送ろう
目移りすることはあっても
目指す場所は変わってない
寄り道の時間はまたやってくる
スパートをかける時がきたのだ


確かにこの道は長いだろう
しかしこの道は必ず終わりがある
そしてすぐ先にまた始まりもある
種を蒔いたことに対する
後悔もあらかた済んだ
そろそろ芽が出てきた頃だ
花が見えれば走り出せるか
実が成るのを想像しながら
それを糧に飢えを凌げるか
彼は僕が水を持って現れるのを
きっと心待ちにしているだろう
道端で項垂れるのも
天へ救いを求めるのも
だからちょっとだけ我慢して
前を見て歩こうじゃないか
花が咲くその瞬間を
見逃してはいけないから
















「教養」のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない
「教養」とは学歴のことではなく「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある



中島らも「今夜、すべてのバーで」









自分が周りとは少し違う
と思うことが多々あった
変わってると言われるのは
あるとしても
何かの物語が始まるわけでは
ないとしても
とにかく差別意識のようなもの
それがずっと頭にある
少し前まではそんな自分を
中二病だなと笑っていた
ただ自分の中の全てが
他人と違うわけではなくて
共通項というか
世間では常識や当たり前と
呼ばれているものたちが
やっぱり真ん中に居座っていて
それが大部分を占めている
そして隅っこにひっそりと
個性が肩身狭そうに
膝を丸めて息をしている
というのは10代前半時代の話で
最近はわりかし
個性が堂々と歩き回っている
そんな気がする
別に常識が出払ってるわけではなく
ただお互い顔を合わせることもなかったのが
今は議論する仲に進展したというか 
そんな内側の変化はともかく
自分は順々と生きています



他人と違うことなんて
当たり前なことで
だからその真理にこだわる必要はなく
ただ素直に
どういう人間がいるってことを
覚えていけばいい
それだけのこと
人生多くの人間に出会おうとも
その中で全員残るわけでもないが
そうやって出会いから少しずつ
何かを得て自分の糧としていく
それは質や量ではないけれど
確かなものではあるんだろう
そうして人は成長していく
限られたものを使い
得たものを携えて
自らを変えていく
温厚な人は育成と呼び
冷静な人は投資と呼ぶだろうか
きっと私は
私のような人間は
差し出せるものが何もないから
望むものがあるなら
喜んで自らを
対価として支払うだろう
それはたとえ今後
何かを得た自分になったとしても
変わらないと思う



常識は盾だ
自分を守ってくれる
ただし構えてないと効果はない
個性は武器だ
進む意志を育ててくれる
ただし相手を傷付けることもある
人は皆この2つを背負い
それぞれの人生を生き残る
たまに盾をハンマーのように
振りかざして攻撃してくる人も
全身を武器で覆ってる人も
たまにじゃないか
見ないだけでたくさんいる
気づいてないだけで
実はみんなそうなんだって




今だ見たことない祭りがはじまる
それくらいの気概で挑もう
つまりは全力で楽しもう
楽しまなきゃ損だろう
楽しまなきゃ嘘だろう
楽しむことは義務じゃない
だからこそ楽しむべきだ
へらへら笑いながら
この長い坂を登れ