"現在の「能力」ではなく、未来の自分の「可能性」を信じろ。"
→恩師から頂いた言葉です。
あなたは自分の可能性を信じていますか?
世の中なんてこんなもんだ。
自分なんてこれくらいでしょ。
普通はこうなんだ。
なんて自分で自分の限界を決めていませんか?
~エピローグ~
2017年4月、かすかな希望と大きなワクワクを抱き関西学院大学に入学した。
高校3年の夏、不完全燃焼に終わった僕の高校野球。大学で絶対に野球で結果を出し、ひと花咲かせるんだ。
その目標だけを胸に、1年間の浪人生活のすえ入学を勝ち取った。
しかし僕は野球部に入部しなかった。自分の可能性を信じることができなかった。
全国から野球エリートが集まるレベルの高い環境で勝負をする自信がもてなっかたのだ。
ずっと僕の野球人生を支え応援してくれた家族には、「教職を取るから、部活との両立は難しい!」と伝えた。
自分だけは知っていた。勝負から逃げたのだと、、、、、
小学校から高校まで続けてきた野球。ただ甲子園で活躍する姿を心に描き全力で進んできた。
高校には野球推薦で入学した。
超進学校だった母校は、僕が入学した年に初めて野球推薦を導入した。いわゆる僕たちが一期生だ。
高校2年になると、
他校で甲子園出場経験を引っ提げて母校出身の先生が移動してきて、監督に就任した。
小学生の際テレビでその姿を見た私にとって、その先生は憧れの存在だった。
チームの成績もどんどん上がっていき、いよいよ僕たちの代になった。
僕はキャプテンに就任した。
先生の緻密かつ戦略的な野球も浸透してきていた。「いよいよ岡部の代だ!」といわれ大きく期待して頂いた。
しかし最後の夏の大会。結果は2回戦負けだった。自分が率いた組織の敗退。一年生から試合に出ながらも、ここ一番で結果をだせなかった自分の弱さ。築きあげてきた自信は一瞬で崩れ去った。
それから入学した大学。
心に宿してきた炎はすっかり消え、
挑戦を恐れ、自分の欲望を素直に表現することを恐れ、どこか満たされないような感覚を抱きながら、淡々と日々は過ぎていった。
大学3年の10月.。
周りが始めたという理由でスタートした就職活動。様々な企業を調べ、説明会やインターンに足を運んでみるが心からピンとくるものは感じなかった。
そんなときたまたま開いたツイッター。以前本を読んだことをきっかけに知ったY.Aさんの投稿。男前採用。
男前3箇条
一、自分の人生に責任を持つこと
一、人を喜ばせること
一、愛されること
その言葉の数々に直感的に心が反応した。感情が強く動かされた。
それからいてもたってもいられず
A.Yさんの元で働く人をインスタグラムで検索し、DMを送った。
返信がきた! 会って、お話しいただけるとのことだ。迷わず返信し、その週のうちにアポを入れてもらい、夜行バスで東京に向かった。
これが僕の人生を突き動かす衝撃的な出会いになるとは知らず、、、、
次回へ続く