やっと、やっと、やっと、PCが戻ってきました
カナダにいた時、PCの何かを自分で削除してしまい、壊れかけてた私のPC。
そして、最後の最後に、日本に帰国したとき、飛行機の中にアダプタを忘れてきて電源すら入れられなかった私のPC。
全て私には、どうもこうもいかないので、PCのプロ中のプロ。PCの修理のお店を開いてる、私のいとこにお願いすることに。。。
まぁこのPC、もともと彼がお勧めしてくれたPCですし、話が早いので依頼。1週間待つとすっかり良くなって(実際なにがよい状態になったのか詳しく分からんが・笑)帰ってきたーーー
なので、やっとアメブロも再会します
書きたかった事はたくさん。
まず、帰国の日。。。
姉にオタワ空港まで送ってもらった。
すごーーーーくお世話になった、姉の家を出るときですら、まだ実感がなかった。もうそう簡単には戻ってこれないなんて・・・。
朝、荷物をまとめ終わると、いつも私の部屋に入りたがる姪っ子が私の部屋に入ってきた。
普段ならキャッキャッって騒いで、私の何かを盗んでいこうとするのに、今日は部屋から何もなくなっていて、入ってきたとたん動きが止まっていた
あと少しで3歳になるこの子、何を感じただろう・・・
って思った。
オタワ空港に着き、荷物を預け時間まで姉たちと一緒にいたけど、ここでもあまり実感がなかった。私が日本に帰るって分かってるのは、姉しかいないからかな
姪っ子の二人は、もうすぐ3歳と7カ月の二人だから、しんみりする事もなく、それぞれ自分の好きなようにしてるし。笑
でも、お別れする時が来て、搭乗ゲートへ行く時、姉が姪っ子に『ここからは行けないんだよ。バイバイだよ
』って姪っ子を止めた時に、一気に実感
次に姉や姪っ子達に会えるのはいつになるんだろう・・・。
1年3カ月、違う都市に住んでた時もあったけど、同じカナダの東側に住んでたから、ほとんどの事を姉に頼ったし、ひどくジャパンシックになった時は、何も分からない小さな姪っ子達が私を癒してくれたと思う
本当にありがとうございました
そんな事を考え、飛行機に乗り込んだ。
姉達は私の飛行機が飛び立つのを、滑走路が見える空港の中から見てるって言ってたので、飛び立つ瞬間、ずっと機内から姉たちがいるであろう場所を見てた。私の席が運よく、空港の建物側の窓際だったので。
でもやっぱり、滑走路を走って飛び立つ飛行機は早いし、姉達を見つけることは出来なかったけど、飛び立った瞬間涙が止まらなくなった
次に姪っ子達に会うときは、こんな可愛い時期が過ぎてしまうかもしれない
(その時期はその時期で可愛いだろうが)
私の事を、忘れてしまうかもしれないけど、少しの間だけでも一緒に暮せた事に感謝してます
はー。
海外生活って誰もが憧れる事だけど、もちろん楽しい事もあるけど、実際大変な事もすごくありまして・・・。そして、それは日本との距離も関わってくる気がする。距離が遠ければ遠いほど、日本に帰るのが難しくなり、そんな場所にいる姉がどれだけ大変なのか、言葉に出来ないぐらい分かれた気がする
たとえ英語が出来たとしても、戸惑う事は多くて、その戸惑いを楽しめる日もあれば、受け入れられない日もあり・・・。
私の場合は、英語も出来なかったので、戸惑いはさらに倍の倍で、何かにイラ立つ日もあった。
いろんな事があった、日々だったなー。
でも、いろんな事に挑戦できたなー。
何かに挑戦しながら生きていく感じを学び、この感じをこれからの日本での生活でも忘れずに続けられたらとおもいます
そんな事を考えながら、1年3カ月過ごしたカナダを去り、カナダ・ワーキングホリデーに幕を降ろしました