水疱性類天疱瘡物語 -16ページ目

水疱性類天疱瘡物語

水疱性類天疱瘡の疑いあり、からはじまる物語

夫の実家の紙類と格闘しながら数か月過ぎました。

 

私の要領が悪いのかもしれませんが、紙類にこんなに時間がかかるとは思いませんでした。

 

私の家から夫実家までは、75キロあるので、これまでは、盆と正月に行く、くらい遠いところでした。

 

昨年の夏からは、夫と月に二回くらい行って、片付けを手伝うようになりました。

 

往復の時間もあるので、作業の正味時間は長くても5時間くらいでしょうか。

 

紙類が見た目にも減ってきたころ、箱に入っていた中身を、リサイクルショップにもっていったり、処分したりできるようになりました。

 

ただし、物を大事にする世代の人ですので、

無駄にしたくない、誰かに使ってほしい、という気持ちが強く、

 

「これはほかのひとにとってはあまり価値のないものだから、リサイクルショップに売れば、欲しい!と思っている人の役に立つのでは?」

 

ということが、なかなか理解してもらえませんでした。

 

それこそ、タンスの引き出しいっぱいの新品のハンカチ。

これは私もずいぶん引き取ったのですが、余りに多いので

 

「リサイクルショップに売りましょう」

 

というと最初は賛成してくれたのですが、売値をつたえると

 

「そんなに安いのか」

 

とショックをうけたようで、その後はなかなか売らせてくれませんでした。

 

知り合いでなにかあるたびにハンカチをプレゼントしてくれる方がいたようで、それがタンスの引き出しいっぱい、、、、と思ったら、別の場所から、引き出しいっぱい、箱いっぱい、ケースいっぱいのハンカチがでてきて、

どんだけその方からハンカチもらったのだろう、、、総量はどれだけだっただろうか、

、、、今もまだ整理中(令和3年10月)ですがこれからもでてきそうです。

 

そんなこんなで、少しずつですが物が減り始めたころ、義母が救急車ではこばれた、と連絡がありました。

 

近くに住んでいる義兄(夫の兄)とは連絡が取れないようでした。

 

義父の声がとても心細そうだったので、

「車の運転は一人では自信がないので、電車ですぐそちらに向かいますから、まっててくださいね。」

といって支度をしていたら、夫が会社を早引けして、車をだしてくれる、というので二人で義父母のところに向かいました。