ワクチン接種、賛否両論あるので何も意見することはしないけれど。


昨年からすでに一年半、手洗い、マスク、消毒、不要不急の外出も不特定多数の外食も、さらには家族でランチにでかけることも、友人にさえ会うのを控え、大好きなウインドウショッピングもせず、買い物は立ち止まることなく数分ですます。

最近は1人車内が息を自然にできて一番楽かも。


自身が感染したくないのはもちろんだけど、それ以上に人に感染させたくない方の気持ちが多い。

もし知らずに感染して無症状だったら…と思うとゾッとする。

基礎疾患の家族もいるし90近い高齢者もいるし、ボランティアで関わってる方も基礎疾患持ちなので、このデルタ株の感染状況では念には念を入れて注意しなくちゃ。


で、ワクチン接種2回終了しました。


ワクチン接種にあたっては、やっぱり未知のものを体に入れるのだから、そのさまざまな副反応についてはめちゃくちゃ検索しましたよ。

なので、2回接種した身としては年代の違う家族の接種後の反応など載せることで少しでも参考になればいいかなと思います。


60代男性。肺に基礎疾患あり。

ファイザー

1回目;接種後3時間くらいから注射部位に痛み。その後腫れと痛み。夜は腕を下にして眠れなかったが3日目には回復。

2回目;接種前日からイオンドリンク(ポカリイオンウォーター)を飲みはじめ2日間飲む。接種後3時間くらいから1回目より強めの痛み。接種部に冷感シート(冷えピタ)を貼ったことで痛み和らぐ。翌日、倦怠感を感じたが日常生活は動けるぐらいで、次の日は回復。


50代女性。

ファイザー

1回目;接種後3時間くらいから注射部位に痛みと腫れ。冷感シート(冷えピタ)を貼ったら翌日にはかなり回復。3日後に手先に若干しびれが出たが翌日には回復。

2回目;前日からイオンドリンク(ポカリイオンウォーター)を飲みはじめ2日間飲む。接種後3時間くらいから注射部位に痛みと腫れ。冷感シート(冷えピタ)を貼るが1回目より痛みと腫れと熱っぽさは強かったので3日間続ける。とにかく眠さが半端なく椅子に座ったまま爆睡。翌朝、熱はないが頭痛だったので鎮痛薬(ノーシン)を服用し回復し動けるようになった。この時とばかりに動き回ったら夕方5時頃から全身の肌がピリピリし始め8時頃は熱はないのに関節痛。アミノ酸ゼリーを飲む。若干のだるさと共に夜9時頃から37度の微熱。2時間後には下がりました。接種後36時間くらいがピークらしいので、まぁ、そんな感じで回復しました。


20代女性A

モデルナ

1回目;接種後、3時間くらいから注射部位に痛みと腫れ、冷感湿布を貼り軽減。

2回目;前日からイオンドリンク(ポカリイオンウォーター)を飲む。接種後、3時間くらいから注射部位に痛みと腫れ。冷感湿布を貼る。6時間後くらいから発熱し食欲なくアミノ酸ゼリーとなぜか風邪薬を飲む。夜中に39.8度まであがり寒気と脱力で動けず、翌日も風邪薬を服用するがあまり変わらず服用直後は38度台に下がるがまた39.8度まで上がるの繰り返し。食欲なくイオンドリンクとゼリー、桃でしのぐ。夕方、解熱剤(タイレノール)を服用し、少し楽に。3日目には何事もなかったかのように回復。


20代女性B

ファイザー

1回目;接種後、3時間くらいから注射部位に痛みと腫れ。イオンドリンク(ポカリイオンウォーター)を飲む。冷感シート(冷えピタ)を貼る。夕方から倦怠感、熱はないが全身に関節痛。夜に37.7度の発熱。

翌日からひどい頭痛と吐き気が3日間ほど続く。解熱鎮痛剤(バッファリン)服用。その後回復。

2回目;接種予定


20代女性C

ファイザー

1回目;接種予定

2回目;接種予定




うちの50、60代組は比較的軽い副反応でした。

20代組はやはり若いからなのか大変そうでしたが回復力もすごかったです。職域接種でファイザーだからと油断したら発熱と頭痛で焦ったりもしましたが…。それでも3日間ほどで回復したので。


自分の免疫力アップのために体が反応してるのだと思えば、免疫細胞を労ってあげたい。


年代、性別、基礎疾患、ワクチンなど、副反応と思われる症状は様々ですね。



うちでは前日から早寝したり、イオンドリンク(イオンウォーター)、アミノ酸ゼリー(アミノバイタル、速攻元気、ビタミンゼリーなどなど)、冷感シート(冷えピタ)や冷感湿布、氷枕、解熱鎮痛剤(アセトアミノフェン、ノーシン、タイレノールなど)、そして、のど越しよいうどんや、家族の分の弁当とか動けなかった時のための食料を買い込み、ついでに毛布も引っ張りだしました。



おかげで、夕飯作らず楽チンでした(笑)







こういうこともあるよ、と言うことで頭の片隅においてほしいのですが。

独り暮らしの友人が接種後に発熱し、動けるからと食料を買いに外出した先で息が苦しくなり話も出来なくなって、周りの方の助けで救急搬送されました。すぐに処置していただき、肺梗塞だったらしく本当に無事でよかったです。10日程入院後、仕事に復帰しました。自宅で1人だったらと思うと…。

そして、これがコロナに罹患でだったらと思うと背筋がゾッとします。


身近なことだけに、いろいろと考えさせられました。















やったら長い名前ですけど、ようするに『めまい』

8月から、なんだかフワフワするめまいはしていたので内科で処方された薬をのんだりして凌いできたけれど、先月突然の激しい目眩にオロオロ(・・;)

14年前に経験したメニエールがまた再発したんじゃないか、焦りまくったわけですが、実際は全く別物でした。

夜、寝る前に横になってゴロゴロしながらスマホ情報をチェックしてたんですよ。座ってスマホ見ると首が疲れるので、仰向けになって腕をのばした状態で画面をみたりして、たまに寝落ちで顔面にスマホの直撃をくらったり(笑)

で、いつものように横になって、寝返りをうった瞬間、天井がグルングルン(@_@;)
そのままジッとしてたら収まって、いったい何があったんだ?
今度は仰向けから座位になった瞬間、部屋中がグルングルン(@_@;)
姿勢を保っていられなくて仰向けに倒れこみ、ジッとしてたら収まって…。
まるでバットにおでこをつけてグルグル回った後に走ると目が回ってバランスがとれない、あの感覚。
そう、メニエールの時のグルグルみたいな気持ち悪さ。
でもあの時とは違うのは、耳鳴りもしないし、ちょっとジッとしてれば収まるということと起き上がった状態ではならないこと。

とりあえず、その日は座って寝て…っていっても、なんだかぜんぜん眠れなかった。
耳鼻科か脳神経外科か、どこいったらいいのやら悩んだ挙げ句、通院してる内科にいって紹介してもらうことに。

で、とりあえず耳鼻科に。

午前の受付時刻ギリギリで、いろいろ手配してくれた案内の方がボソッと
「耳鼻科の先生、ちょっと変わっ…、あ、面白いですから、びっくりしないでくださいね」
なんていうもんだから診察室前で待機中もなんだかソワソワ(・・;)))

診察室に入ったら、すんごいテキパキ問診と診察で、こっちまでテキパキ(^_^;)
目を閉じて片足立ち
目を閉じたまま足踏み
大きなゴーグルみたいな眼鏡をかけて特殊な椅子に座ると左から右に椅子ごと回転、そして「せーの」の掛け声で先生と看護師さんに上体を起こされ…

うわあぁぁぁー💦(@_@;)

グルングルン、回りのものがあちゃこちゃに(@_@;)

先生「目がちょっと動いたな」

いや、めちゃくちゃ回りましたがな💦

なにやら、ごちょごちょと落書き…、みたいな何か図をカキカキする先生。

先生「運動でなおるからやってみて!」

はっ?

先生「こんなクソみたいな薬のまなくていいからっ‼️」

え?

先生のいうには、リンパ液が移動してせん毛が移動方向になびくことでバランスを保ってるところに、耳石の欠片が入り込み、せん毛のなびきを乱すからバランスが崩れてグルグルする。だったら、まぎれこんだ耳石の欠片を元の位置に戻せば治るらしい。

先生が描いてた落書き、いや、図形は、私の症状をみて耳石をどう動かすかの方向を確認していた模様。

別室にいく待機中に診察室から出てきた先生が私を見つけて
「もし、途中で耐えられない、気持ち悪いって辛くなったら直ぐに止めていいからね」
と、さりげなく言って去っていくツンデレ先生。

いや、それ、運動って、そんなツライ感じ…?

若干、ビビる自分(ー_ー;)

看護師さんの後にくっついて別室に入るとベッドに仰向けにねるよう指示される。

なにするんだべ?ドキドキ

ストローをグルリと巻いたようなメガネと帽子を装着すると、看護師さんの指示の通りに頭をのけ反り左に向けたり、ぐるりと右に回して…
一気に上体を起こす


ぎゃあぁぁー(@Д@;)

思わず声が出てしまいました💦💦


そして、今度はそこから逆の動きに。

うわぁぁぁー(@_@;)


再び、声が出てしまい( ;∀;)
まるで絶叫マシンでグルグルしたような感覚とでもいうような…

右から左に向きを変えた瞬間にも、もうひと叫び(笑)

看護師「これで戻ったかなぁ、1度で戻る人もいるんですよ。動き、覚えましたよね?」

(動き…、正直、ドキドキと絶叫マシンでうっすらとしか覚えてないけど…)


その日はさすがに横にはなれず
座って寝たため案の定めまいは起きるはずもなく、もれなく超寝不足


ところがですね!
あれから3週間たったんですが、1度もめまいはありません!((( ;゚Д゚)))

すごくない?‼️


運動で、あのグルングルンめまいから解放されたんですよ~👍


ほんと、感謝感激耳鼻科様です。


台風19号の各地の被害がニュースで報道され、今までも多くの災害がおこる度、こんなに大変な思いをしている人たちがいるのに自分はなんだ?もどかしくていたたまれない心のもやもや。

自分のところは被害が少なかったり、あるいはなかったりしたとき、何か被災地のお手伝いできないか、でも遠いしとか、家を空けられないとか、出来ない理由をあちこちとみつけては、後ろめたい気持ちの言い訳をして、募金をしようとか、被災地の物を買おうとか、被災地へふるさと納税をしようとか、間接的に関わっていくことで気持ちの整理をしていたのかもしれない。

それでも埋められない心の隅に燻るもやもや。


東日本大震災のときは、自分たちのことでバタバタしていてボランティアにはいけなかったけれど、今回は災害ボランティアに参加してきました。

遠いから行けないなんて言い訳はきかない。

もう、絶対いくしかない!
いく!


と、いうわけで、初めて災害ボランティアに参加させていただきました。
マスクだ、ゴム手袋だ、帽子、長袖長ズボン、長靴、タオル、飲み物、カロリーメイトをリュックに詰め、いざ、災害ボランティアセンターへ!

いや、途中、何度も「大丈夫かな?」「迷惑にならないかな」と自問自答しながら運転していたわけですが。

行ってみたら目的は皆一緒、案外、初めてという方がたくさんいて、1人参加もたくさんいました。ただ女性は少なめでしたが水害なので力仕事がメインとなり男性陣はたくさんいるに超したことはないのです。
とにかく『マンパワー(人の力)』だそうです!

私のチームは上は76才、下は16歳の女の子の7名。
派遣先は1人住まい高齢者の床上浸水のお宅でした。

水を吸った畳は大人四人でも重く、ただこちらのお宅は最近の造りの畳で若干軽いらしい。
とはいえ、40枚ほどの畳を出すのは重労働💧

そのお宅の娘さん夫婦やご親戚だけでは、大変な作業。

女性陣は、主に床や窓やサッシのヘドロの清掃を担当させていただきました。何度も何度も流したり拭いたりするんだけれども、こびりついたヘドロはしぶとかった💦

最後には、被災されたご家族やご親戚の方々と記念撮影し、
「ありがとう、ありがとう」
「ボランティアの皆さんが来てくれて、本当に助かりました」
たくさんの笑顔でずっとずっと手を振って見送っていただき、かえってこちらがパワーを頂くかたちになってしまいました。

ボランティアセンターで、写真は撮らないようにと説明されてましたのでもちろん撮影はしてないですが、

現場に入るとき、帰るとき、目に映った光景はやはり被害の重さを肌で感じるものでした。
泥にまみれた家財や家電、ぐっしょりとした布団や服や雑誌などが家々の前の道路に山積みにされ、林檎がたわわに実っている果樹園は一帯が灰色の絵の具を被ったように様変わりしていました。

私が参加した日のボランティアは80名ほどでしたが、土日を除けば平日はグッと減ってしまうそう。

参加した日以外にも他に予定していた19、22、25がことごとく台風と雨でボランティア中止になってしまい参加できず。
まだまだまだまだ復興のふの字もないところに、こんなに雨が続くと被災地が心配。

自分でいける日をまた準備しようと思います。
災害ボランティアに参加することが偉いとかということでは全くなく、

これだけ、あちこちで自然災害が起きていると皆が長くサポートしていくためには、それぞれのやり方で、それぞれの考えで支援していければいいなと。

天気、晴れますように。

反省

汚れてもいい上衣、子どもが中学生のときに来ていたヤッケを引っ張りだして着たら、ちょっとキツかった💦

長ズボンも出来れば布じゃない方がよかった💦
ゴム手袋とマスクは複数枚持っていった方がよかったな。


別の日にクリーニングやさんにいった時には、泥のついたずぶ濡れの衣類を40~50枚ほどもった方々が並んでいて
「うちは2メートル」
「うちは1.5メートル」
と話していたり、

ホームセンターでは
「畳はこりごり」
「うちも畳はやめて床にするわ」
と、立ち話をしていたり。

ボランティアにいったお宅の隣の高齢ご夫婦が玄関の泥を流しながら
「85年生きているけど、こんなことは初めてだぁ」
と笑いながら話していたり。

1日もはやく日常を取り戻せるようになってほしいです。