BUTTER


すごく読みごたえがある本だった

この元ネタとなる事件について
詳しく追ったことも無いし週刊誌も読んだことがない
箇条書きになった事件の詳細
女が次々に男を騙し金をとり殺したくらいのことしか知らないので

その手法がどんなものか気になったことはあるけど
実際のことは知らないし
この物語の内容と一致している部分があるのか
フィクションをどの程度混ぜているかも分からない
ただあとがきには別物と書いてあって
そうなのかだとしても本当にありそうだと思った

そもそもこの本をイギリスで三冠の帯を見て
ジャケ買いしたのでこんな内容とも1mmも知らずに読み始まった


梶田のそもそも人を操って餌食にして殺すような人物の思考など
常人には理解できないことを聞き出し
記事にしようとする記者里佳が梶田から話を聞きだすためとはいえ
誘導され同じことを体験する中で
得た料理の知識や味覚に感覚は本を読む私にも影響を与えるくらい
根っこにある家庭的な女像を少なからずモヤモヤさせる


女であるがゆえに仕事では限界を感じたり
婚活や結婚子供を持つことの年齢的リミットが見えた時
自分よりも太っているブスである仕事ができない勉強ができない女からも
男からの可愛がられ方も分からないのかと言われ

そんな女が自分が置かれてるような社会から評価され蔑まされることなく
男の機嫌を取っていたら優雅に生きていけるのにと言われたら腹が立つし
自分が今まで意地を張って頑張ってきたことが莫迦らしいと感じたり
思う瞬間はあるだろうなと


世の中が女でも男のように自分でなんでも得れるのだ
細い体が正義と思っているこの時代にそれをばかばかしいと
言い切る梶田に少しでも共感してしまえば
人間としての本質を説かれたような気持になるけど


実際は梶田の勘違いによって
本人が自分で思うよりは上手に生きれてない人というものはいる
自分の都合のよいように物語を湾曲し
自分は悪くない、好かれている、と思いこむことで
何とか生きている人がいるのも事実で

ただ普通の人はそこで自分は自分他人は他人と
切り分けてそれでもいいと納得して生きて行くのだけれど
こういう人間は周りがあってこその自分なので
自分の都合のいいように解釈し相手の位置を決めて動かし
必要無くなれば切り捨てるなかで梶田は殺すと言う一線を越えたんだろう


それは相手を殺さなければ自分の立ち位置が揺らいでしまう
自分はこうありたいと言う現実を揺るがすものになったからであろう
相当に自己愛が強い


人生生きてくると私も同姓でそういう女を見ることがある
実際そのまま結婚している人もいる
彼女に意見することも無く一緒に居てくれるだけで
ありがたがってくれるような旦那を従えている

違和感がありつつもお付き合いをしていく中で
同姓の友達にも自分の立ち位置を守るための演技や振る舞いを求めてきて
大体の関係は破綻する彼女からするとすべて相手が悪い

彼女は死ぬまでその姿勢は揺るがないと思う
嘘の物語も男を盾にすることも
それが彼女の生きると言うことだし
それをはがしては生きていけない
そして寂しい男はこの世に五万と居る
梶田の盾を取り上げることはできない


住む世界の違う人
もうその感覚は間違っていると目覚めさせることはできない
ただ人を殺したのならその罪を償うことを全うさせるのみ

人を殺さず、梶田のように生きている女がたくさんいるのも事実
意外と傍に居たりする
なんなら昔はそういう生き方がむしろ推奨されていたのかもしれないし
社会一般だったかもしれない
今だってその生き方がいい人もいる


同姓の友だちがいないそんな人も五万と居る
ただこの話を社会に出したときどちらの立ち位置の女が多いか
それだけで世論は変わりたたく相手が変わるだろうなと思った
 

 

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