間違いだらけの電気のあれこれ
震災以降当たり前のように「節電」という単語が元気に独り歩きしている。
その美化のありようはまるで戦前戦中の標語が如く。
電気を普通に使うこと自体悪者とさえ垂れ流されかねない。
浜岡原発の停止以降まことしやかに囁かれている全国的計画停電の噂。
実際にそうした事態に至るか否かは今のところ知る由もない。
しかし皆冷静になって考えるべきだ。
特に東電管内。
前の計画停電の際いったい何が起きたのか?
計画的に停電しているのだからR程度覚悟は出来たし乗り切ったって?
今回の計画停電で命の危機にさらされた人々がいたことを知らぬのか?
病院など医療機関をはじめ高齢者等福祉施設などでどれほど命の危険にさらされた方々がいたのか?R意味命がつながったことが奇跡的とまでいわれている。昨今医療機器は全て電気がないと作動しない。中には1分1秒でも停止すれば大変なことになる場合もR。福祉施設にはロクな自家発電はない。病院にあっても全てまかなえるワケではない。特に何もない在宅介護医療はもっと悲惨だ。今度また計画停電でもおきればどうなるのか?
扇風機が売れているらしい。
それが何か?
ここ数年酷暑と垂れ流され熱中症で命を落とす者さえ珍しくなくなった。
熱中症の多くが屋内でという事実忘れたか?
大事なことは「不足しているから我慢する」ではない。「ないからどう補うか」だ。
なのに「ないからどこをどう削るか」しか俗世間において垂れ流されない。
緊急避難的に短期的節約させることは普通にあってよい。
しかし永続的に過度な節約はこの国の経済を過剰に萎縮させてしまい被災地復興の財源を枯渇させどのような計画をたてても絵に描いた餅にしてしまいかねない。
結果財源の確保に電力料金高騰と増税となる。
俗世間では妙に物わかりがいいフリをしている。
時節柄仕方がない?
被災者にも負担させる気か?
被災者は東電管内じゃねって?
東北電力も同じだぞ。
ま、そーいうことだ。
普通に考えれば誰にでも想像できる。
これからどうするべきかも。