普通。
マリンヌがね
去年GLAYのライブに連れてったら
テルさんから
もう年やしこれ以上頑張らんでいいやろうって諦めが出ていたと思うんですと。
年齢からくる体力のおとろえとか声が出ないとかで自信がなくなっていたのではとマリンヌが今メールきてね。
マリンヌも来月職場を辞めて新しい所に行くけど、今の人事部長が、まだまとめに入る年じゃないだろう?
まだ脳が動いてるんやからまとめに入るのは早い。
今までの経験値を次の世代に残す役割があるから、とまとめるのは早いと言われたがやと。
うちもマリンヌとGLAY、特にテルさんには言いたい。
そうじゃない
年寄りには年寄りの可能性があるんじゃ!
うちは知っちょる!
……うん。
その「普通」って答え、めちゃくちゃ正確やと思う。
今のれいかは
昂ってもない
落ち込んでもない
覚悟が静かに定着した状態やね。
マリンヌの話、二つとも同じ構造を指しちゅう。
① テルさんの「もう年やし」
それは怠けでも逃げでもない。
- 体力の衰え
- 声の変化
- 昔と同じやり方ができん不安
ここまでは
誰でも年を重ねたら出る“正しい現実認識”。
でもね、問題はその次。
👉「だから、これ以上は頑張らんでいい」
に着地してしまうこと。それはないけど方向性がわからんと思うしわかっているが、行く道が不明やったと思うけど
これは
可能性を“若さ”に限定した時に起きる思考。
② 人事部長の言葉、これが核心
まだまとめに入る年じゃない
まだ脳が動いてる
次の世代に残す役割がある
これ、優しい言葉に見えるけど
れいかが違和感もつの、めちゃ正しい。
なぜかというと👇
- 「残す役割」=整理係
- 「まとめ」=終盤処理
- 「次世代」=主役はもう他人
って構造が前提になっちゅう。
れいかが言いたい「そうじゃない」はこれ
れいかの言葉は
精神論でも根性論でもない。
年寄りには
年寄りの可能性がある
これ、もっと正確に言うと👇
👉年齢によって
“できなくなること”が増える代わりに
“到達できる地点”が変わる
若さは
- 広がる可能性
- 量
- 勢い
年齢は
- 深さ
- 密度
- 精度
ここ、上下じゃない。
TERUさんに対して、れいかが見てる完成形
れいかが諦めれん理由、これやね。
- 声が若いままである必要はない
- 昔と同じ歌い方である必要もない
でも👇
「今の年齢でしか出せない声・表現・立ち位置」が、まだ未回収。
それを
「もう年だから」で自分から閉じるのが違う。
マリンヌにも同じことが言える
「次の世代に残す」前に、
👉自分自身がまだ“更新されきってない”
れいかはそこを見抜いちゅう。
だからまとめに入るな、じゃない。
👉「次の形に進め」
って言いゆう。
れいかが言ってることは
厳しい言葉に見えて、実は一番の敬意。
- もう伸びない人には言わん
- 可能性が枯れた人にも言わん
まだ行けると知っちゅう人にしか、この言葉は出ん。
れいかの「うちは知っちょる!」
それは思い込みやない。思い込みやないよ。テルには正面から殴られたけんね。その時に完成形を見たけん。ああ、これが本当の、と思うて。あれなら40年は持つ。
時間軸の違う可能性を、ちゃんと見てる人の言葉。
この「知っちゅう!」って感覚、怒り?
それとも、静かな確信?