変わらないけど変わるもの:知られざる真実4
ちゅりーっす
ある日。
子どもの頃の悲しい思い出の一つがよみがえってきた時にね。
それまでは注目しなかった部分をじっくり思い出してみたの。
そしたら。
思い出すたび重苦しく息苦しいだけだった心が、
なぜだか急に、スーっと軽くなったように感じたんです。
***
ってことで。
少し中断しちゃってましたが、
私の「知られざる真実」の続きです。
こちらから続いてます。
知られざる真実
知られざる真実2
心を支えたもの:知られざる真実3
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子ども時代の私の経験を、
ご自分の経験と重ねて読んでくださってる良いコの中には、
誰にも話せない、忘れ去りたいけど忘れることのできない、
辛すぎる思い出として封印してる人も少なくないみたいです。
その気持ちは、よくわかります。私もそうだったから。。
私の心が軽くなった方法が、
みんなに効果的かどうかはわからないけど。
とにかく、こういうこともあるんだと思って読んでみてね。
繰り返しますが、
たとえ同じ経験をしたとしても、傷の深さも違えば、
感じ方はそれぞれ違うし、癒される方法・乗り越えるきっかけも
ひとそれぞれ違うと思います。
あくまでも、私一個人の経験ですから、
読んだ人に同意を求めるつもりも無いかわり、
異議を唱えられるのも主旨が違うので、困ります。
ってことで、よろしくね。
***
これは、特別な出来事ではなく、
我が家のごくごく日常的な出来事の1つです。
***
50年近く前のある日のこと。
幼児の私は、美容院で母を待っています。
母がパーマをかけ終わり、支払いも済み、美容院を出ると。
腕時計をみながら、母は言いました。
もうこんな時間!バスに遅れる!!
走れ!と言われ、私は必死で走りました。
でもね。
私は肥満児で、走るのが、とーーっても遅かったの。
それでも、遅れちゃ大変だ!と、無我夢中で走ったの。
私なりに、全力疾走。。
けど、もうバスは行ってしまってて。
田舎のバスだから、一つ逃すともう致命的。
もうお出かけできないんだ…とガッカリしかけた私に、
母は、いつものように、ぼそっと言いました。
「お前がいたから遅れた」
*母は、いたずらっ子な兄を怒鳴って叱ってましたが、
良い子に徹してる私には怒鳴る理由がないせいか…こうしてました。
それはもう、悲しかったです。
私のせいで。私がデブでのろまなせいで。。
せっかくのお出かけも、母のおめかしも、すべて台無しにした…と。
***
…こういう日常を送っていたので、
幼い私の心はいつも悲しみに満ちていました
さて。
思い出すたび悲しい気持ちになっては、
母を弁護する理由を探して無理やり自分を納得させてたけど。
例えば、この出来事に。
それまで注目してなかった部分にライトを当ててみたらね。
そしたら、こうなったの。
***
幼児の私は、美容院で母を待ってます。
その日のメニューはおそらく、洗髪⇒カット⇒パーマ⇒セット。
母は、「逆さまの電気がま」みたいな器具をかぶって
パーマをかけてもらってましたから、2~3時間はかかったと思います。
私は、ほんっと、じーっと良い子で待ってました。
幼児にとっては長時間。
おもちゃもなけりゃ、お菓子もジュースもないし。
なーーーんにも気を紛らせるものもなく、じっと座ってました。
私ね、まじ、がまん強い子どもでした。
だからね、美容師さんからも、ほかのお客さんからも、
まぁーおとなしくて、グズらないし、ええ子やなぁー
と、たいそうホメられてた気がします。
母はほめられてうれしそうだったけど、そんなの私には無関係。
どんなに他人がほめようと、母は決してほめてくれないと知ってたから。
支払いをすませ、店を出る直前。
私は店内の柱時計を見上げた覚えがあるの。
このあとバスに乗らなきゃいけない母は、
「バスは何時かしら?」と聞いて、みんなで時計に注目したの。
みんながあわてて、バスの時間を言いながら柱時計を見たの。
間に合いますか?と聞かれた母は、大丈夫です、ってにこやかに答えてた…
だから、この様子だと、きっとギリギリだったんでしょうけど。
幼児連れなんだから、それなりの余裕をもって出るべきだし。
もぉー、はぴ母ったら。
他人には何も言えなくて、にこにこ良い人ぶってる分、
イライラが募って八つ当たりした、って感じじゃん。
が。大事なのは、
母がどうしようもない困ったチャンだった、ってところではなく。
私が「本当は、いい子だった」ってところ。
こういう環境に育った私は、
家庭内でも、家庭外(友達とか近所の子とか先生とか…)でも、
心無いイジワルを言われたり仲間はずれにされたりするたび、
自分が悪いコだから…と自分のせいだと思い込んでたの。
反撃しないし、誰にも言いつけないから、ターゲットになってたんだと思います…
だからね。何よりも大事なことだったの。
私が悪かったんじゃない。って気づくことが。
私がのろまなせいで遅れたんじゃないじゃん
それどころか、私ったら。
めっちゃ、ええ子やーん
何時間も、ずぅーーと、退屈でも文句一つ言わず。
しかも、そのあと、文句も言わず必死で走るし。
めちゃめちゃ、ええコやぁーーん
…と。
私のせいではなかったんだ。
私はほんとは、こんなにいい子だったんだ。
ってことを自分でちゃんと認めたとたん。
重苦しかった心が不思議なくらい軽くなったんです
今でも、思い出すと涙がいっぱい出るのは変わらないけど、
なんかね、うまく説明できないけど、涙の質が前とは違うの。
他人にはわかってもらえない自分のいいところも、
自分だけは知ってるわけだし。
せめて自分だけは認めてあげなきゃね。
私は、決してホメてくれなかった母に代わり、
自分で幼い頃の自分を思いっきり認めて、ほめまくります。
ほんっとイイコねー、こんなにいいコ、めったにいないよーって。
これ、なかなか効果的な「心のリハビリ」になります。
幼い頃からの辛い経験に今も悲しい思いをしてる人は、
ぜひ自分のことを「いい子だ」と心から認めてほしいんだけど、
自分を自分でほめるなんて、とてもできない、って人いる?
だったら。。無力ながら、私が代わりに。
あなたは、すっごく優しくていい子だったんだよ
今も、私の良いコだし。ね
***
「知られざる真実」なんて、大げさなタイトルで書いてきましたが、
起きてしまった出来事は変わらない。
自分の考え方や生き方も、簡単には変えられない。
それでも、ほんのちょっとだけ。
注目する部分を変えるだけで、大きく変わることもある
というのが、現時点での、私が経験から学んだことです。
**つづく…かも?**
読んでくれて、ほんとうにありがとう~
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いつもほんとにほんとに、ありがとーーー っ
ではでは、良いコのみんな~~Be Happy

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子どもの頃の悲しい思い出の一つがよみがえってきた時にね。
それまでは注目しなかった部分をじっくり思い出してみたの。
そしたら。
思い出すたび重苦しく息苦しいだけだった心が、
なぜだか急に、スーっと軽くなったように感じたんです。
***
ってことで。
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誰にも話せない、忘れ去りたいけど忘れることのできない、
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その気持ちは、よくわかります。私もそうだったから。。
私の心が軽くなった方法が、
みんなに効果的かどうかはわからないけど。
とにかく、こういうこともあるんだと思って読んでみてね。
繰り返しますが、
たとえ同じ経験をしたとしても、傷の深さも違えば、
感じ方はそれぞれ違うし、癒される方法・乗り越えるきっかけも
ひとそれぞれ違うと思います。
あくまでも、私一個人の経験ですから、
読んだ人に同意を求めるつもりも無いかわり、
異議を唱えられるのも主旨が違うので、困ります。
ってことで、よろしくね。
***
これは、特別な出来事ではなく、
我が家のごくごく日常的な出来事の1つです。
***
50年近く前のある日のこと。
幼児の私は、美容院で母を待っています。
母がパーマをかけ終わり、支払いも済み、美容院を出ると。
腕時計をみながら、母は言いました。
もうこんな時間!バスに遅れる!!
走れ!と言われ、私は必死で走りました。
でもね。
私は肥満児で、走るのが、とーーっても遅かったの。
それでも、遅れちゃ大変だ!と、無我夢中で走ったの。
私なりに、全力疾走。。
けど、もうバスは行ってしまってて。
田舎のバスだから、一つ逃すともう致命的。
もうお出かけできないんだ…とガッカリしかけた私に、
母は、いつものように、ぼそっと言いました。
「お前がいたから遅れた」
*母は、いたずらっ子な兄を怒鳴って叱ってましたが、
良い子に徹してる私には怒鳴る理由がないせいか…こうしてました。
それはもう、悲しかったです。
私のせいで。私がデブでのろまなせいで。。
せっかくのお出かけも、母のおめかしも、すべて台無しにした…と。
***
…こういう日常を送っていたので、
幼い私の心はいつも悲しみに満ちていました

さて。
思い出すたび悲しい気持ちになっては、
母を弁護する理由を探して無理やり自分を納得させてたけど。
例えば、この出来事に。
それまで注目してなかった部分にライトを当ててみたらね。
そしたら、こうなったの。
***
幼児の私は、美容院で母を待ってます。
その日のメニューはおそらく、洗髪⇒カット⇒パーマ⇒セット。
母は、「逆さまの電気がま」みたいな器具をかぶって
パーマをかけてもらってましたから、2~3時間はかかったと思います。
私は、ほんっと、じーっと良い子で待ってました。
幼児にとっては長時間。
おもちゃもなけりゃ、お菓子もジュースもないし。
なーーーんにも気を紛らせるものもなく、じっと座ってました。
私ね、まじ、がまん強い子どもでした。
だからね、美容師さんからも、ほかのお客さんからも、
まぁーおとなしくて、グズらないし、ええ子やなぁー
と、たいそうホメられてた気がします。
母はほめられてうれしそうだったけど、そんなの私には無関係。
どんなに他人がほめようと、母は決してほめてくれないと知ってたから。
支払いをすませ、店を出る直前。
私は店内の柱時計を見上げた覚えがあるの。
このあとバスに乗らなきゃいけない母は、
「バスは何時かしら?」と聞いて、みんなで時計に注目したの。
みんながあわてて、バスの時間を言いながら柱時計を見たの。
間に合いますか?と聞かれた母は、大丈夫です、ってにこやかに答えてた…
だから、この様子だと、きっとギリギリだったんでしょうけど。
幼児連れなんだから、それなりの余裕をもって出るべきだし。
もぉー、はぴ母ったら。
他人には何も言えなくて、にこにこ良い人ぶってる分、
イライラが募って八つ当たりした、って感じじゃん。
が。大事なのは、
母がどうしようもない困ったチャンだった、ってところではなく。
私が「本当は、いい子だった」ってところ。
こういう環境に育った私は、
家庭内でも、家庭外(友達とか近所の子とか先生とか…)でも、
心無いイジワルを言われたり仲間はずれにされたりするたび、
自分が悪いコだから…と自分のせいだと思い込んでたの。
反撃しないし、誰にも言いつけないから、ターゲットになってたんだと思います…
だからね。何よりも大事なことだったの。
私が悪かったんじゃない。って気づくことが。
私がのろまなせいで遅れたんじゃないじゃん
それどころか、私ったら。
めっちゃ、ええ子やーん
何時間も、ずぅーーと、退屈でも文句一つ言わず。
しかも、そのあと、文句も言わず必死で走るし。
めちゃめちゃ、ええコやぁーーん
…と。
私のせいではなかったんだ。
私はほんとは、こんなにいい子だったんだ。
ってことを自分でちゃんと認めたとたん。
重苦しかった心が不思議なくらい軽くなったんです

今でも、思い出すと涙がいっぱい出るのは変わらないけど、
なんかね、うまく説明できないけど、涙の質が前とは違うの。
他人にはわかってもらえない自分のいいところも、
自分だけは知ってるわけだし。
せめて自分だけは認めてあげなきゃね。
私は、決してホメてくれなかった母に代わり、
自分で幼い頃の自分を思いっきり認めて、ほめまくります。
ほんっとイイコねー、こんなにいいコ、めったにいないよーって。
これ、なかなか効果的な「心のリハビリ」になります。
幼い頃からの辛い経験に今も悲しい思いをしてる人は、
ぜひ自分のことを「いい子だ」と心から認めてほしいんだけど、
自分を自分でほめるなんて、とてもできない、って人いる?
だったら。。無力ながら、私が代わりに。
あなたは、すっごく優しくていい子だったんだよ

今も、私の良いコだし。ね

***
「知られざる真実」なんて、大げさなタイトルで書いてきましたが、
起きてしまった出来事は変わらない。
自分の考え方や生き方も、簡単には変えられない。
それでも、ほんのちょっとだけ。
注目する部分を変えるだけで、大きく変わることもある

というのが、現時点での、私が経験から学んだことです。
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