多浪受験生の中には辛い思いをしている方がいるかもしれない。
そこで、私が受験期間を通じて支えとしていた考えを紹介したい。
①何歳になっても道は開かれている。
一回で受かった人に比べれば法曹としてのキャリアが遅れる。惨めな思いを抱えがちである。
しかし、遅すぎるということはない。
若くして受かった人がいくら大きな仕事ができたとしても、創造主(がいるとすれば)のなしたことに比べれば微々たるものである。
人生には大きなものも小さなものもなく、まっすぐなものと曲がったものとがあるだけである。
②安易に方向性を変えない。
受験を重ねていると、自分は法曹に向いていないのではないかという疑念が生じがちである。
しかし、仮にそうだったとしても、別の進路が自分に向いている保証はない。
森の中で迷った場合、あちこち動き回っているといつまでたっても森から抜け出せないおそれがあるが、
まっすぐ歩き続ければいつかは出口に辿り着くはずである。
③成功者を羨まない。
大学の同期が会社で出世したとかいう噂を聞くと、ひがみたくなるのが人情である。
しかし、出世したということは、仕事面のみならず、上司や同期との良好な人間関係を築くなど、さまざまな努力の結果であろう。
そのような努力を払っていないにもかかわらず出世という成果のみ得ようするのは、厚かましい話である。
それでもまだ辛いという人は、絶望名人カフカの言葉を思い返そう。
「将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
将来にむかってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。」
不思議と立ち上がる力が湧いてくる。
倒れている人がいれば助けてあげたくなる。それは同時に自分に対する励ましでもあるからだろう。