お疲れ様でした
昨日 懇親会に参加して下さった皆様お疲れ様でした。
と ありがとうございました

いや~楽しかったです

体調悪く本気飲み出来なかったですが…
また是非やりたいです

その前に網野の試合がありますので
次回は祝勝会の名目でやりましょう

んで そん次は自分の退院祝いでやりましょう

後二回は口実がありますな


これからも四街道スポーツスタジオをよろしくお願いいたします

『道』
思えば この2年本当いろいろな事が続いた
今まで あまり経験した事のない
仕事上も私生活でもイイ事より災難の月日の方が長かったと感じる
その終着点とも言える
今、自分はある『病気』にたどり着いた
日に日に 体が変化して行く事を感じます
昨日 一昨日と大丈夫だったモノが大丈夫じゃなくなってる…
自分が格闘技を始めたのが高校一年生の春 幼稚園から叔父に『少林寺』や『ジャッキー・チェン』『ブルース・リー』などを見せられてはまね事をしていた
小学生にはどうしても空手がやりたくて親に相談したが許してもらえなかった…が 強さの憧れからカバンの中に石を敷き詰めて それを担いで登下校していた…この頃からバカだった(笑)
中学生になると その熱はさらに熱くなりカバンの石は更に重くなって 空手を習っていないのにアスファルトで拳立てのや どれだけ強くコンクリートの壁を殴って大きな音が出せるかなど馬鹿さ加減にも拍車がかかってた
そんな時『格闘技通信』を読んでいて ある格闘技に興味がわいた『UFC』の前進でもある『アルティメット』だった
『なんでもアリ』が歌い文句で今まで見ていたパンクラスに若干疑問視していた自分はその大会で優勝していたホイス・グレイシーには何とも言えないワクワク感があった
映像を見たのは中学2年で『第2回アルティメット大会』多種多様な流派や格技が8角形の金網の中で戦っていた 今でさえオープンフィンガーグローブを付けているが当時は素手素足
ある者は血だらけ ある者は陥没骨折など体重、格技関係なく殴りあっていた
やはり群を抜いていたのはホイス・グレイシー ほとんど無傷でその大会も優勝していた
『グレイシー柔術』
パンクラスを見ていた時から寝技に興味があった自分にはとても興味深い格闘技だった
と 時同じく平行してテレビでやっていた『K-1』まだ深夜枠で佐竹選手やブランコ・シカティックなど
質の高い打撃に見せられていたのもこの頃だった
中学の教室の掲示板にアンディフグ選手のポスター貼っては剥がされを担任と繰り返してた(笑)
そして高校に入り念願の格闘技の門を叩いた
まずは寝技をやる前に打撃から…っと訳の分からない持論から『極真空手』に入門
練習に明け暮れた高校生活だった
いつしか寝技の事など忘れていて
打撃の殴る蹴るの単純明快さと人を倒すと言う点での芸術性・アーティスティックな部分にはまっていた
そこからキックボクシングに転向し『大誠塾』に入門初めての顔面に戸惑いながらも自分なりに練習をする毎日が楽しかった
アマチュアで何戦かしたのち旧全日本でプロになりリングに上がったがパッとしないまま引退
何だかんだ引退したあとも格闘技から離れられず ジムに顔をだし 後輩達に教えていると新たな楽しさに気付き 覚悟を決めて勤めていた会社を辞めキックボクシングトレーナーを勉強しながら生業にしていた
しかし『大誠塾』を辞める事になり 格闘技の世界で生きるのを諦めていた
が、パルコのスタジオからのオファーをもらい 細々と趣味の範囲で楽しくやらしてもらっていたら
今の『四街道スポーツスタジオ』の話が来た
最初は悩んでいたが ある『詩』を思い出す
これは一番最初トレーナー業を仕事にしようと会社を辞めた時にも読んだ『詩』
『道』
此道行けば どうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道は無し
踏み出せば その一足が道と為り その一足が道となる
迷わず行けよ 行けば分かるさ
ある人の『詩』をアントニオ猪木さんが手を加えたヤツです
今回もこの『詩』に勇気をもらいます
入院して薬が落ち着くまで運動、格闘技は出来ない
それがいつなのか
分からないけど
行けば分かるさ