第65話の扉絵(記事末尾)についてなど、どうしても書き加えたいことができてしまい、誠に恐縮ながら加筆修正させていただきました <(__)> (2023/11/10)

 

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1789年7月前半の某日。

ジャルジェ家の廊下。

肖像画用の着替えのために、ばあやさんの部屋を出るや否や激しく咳きこまれるオスカルさま。その掌にはなんと血が!!

 

わたくしが、本当の意味で『ベルサイユのばら』そして OAさんに出会ったのは、このシーンに続く連載第65話(週刊マーガレット1973年35号)でした。

(※『ベルサイユのばら』との最初の遭遇について ここでゴチャゴチャ書いていると、記事が脱線してワケわからなくなってしまいますので、末尾に軽く付記します)

 

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……で、連載第65話

 

オスカルさまが衝撃に打ちのめされる(いとま)もなく、近づいてくる足音。

足音の主は、ついに、かろうじて人影がぼんやり見えるだけになってしまったグランディエさん。

 

理代子先生、特集本での後日コメントによると、革命勃発後にオスカルさまを生き続けさせてくださるご意思はまったくなかったとのことで😭、オスカルさまの喀血(発病)は、もしストーリーの流れ的に、戦死という状況にならなかった場合でも、オスカルさまが天に召される展開にならざるを得ないようにするために、敢えて・わざわざ加えた設定だったとのことですよね😭😭😭

 

とすると、オスカルさまのいらっしゃらない世界にグランディエさんが生きていられるとは到底思えませんので、グランディエさんが相前後して神に召されることも既定事項で、全失明もその布石だったのでしょう😭😭😭

 

それらを踏まえて見てみると...

この回のグランディエさんのセリフ、「死ぬまでそばにいてやるぞ」

先生、さらっとフラグ立てていらっしゃる???

(若干、勘繰りが過ぎるかもしれませんが💦)

 

なのに、"その悲しい展開" を暗示するこんなに重い状況を、比類なく魅惑的な "ラブシーン" そして OAさんそれぞれの "生き続けるための希求” の場面として描出なさった先生、もはや物語を操る魔法使いとお呼びしたいくらいです。

 

偶々(たまたま)、週マ '73年35号を買ったがために、連載第64回までの経緯すら知らぬまま、ほぼ初めてOAさんに出会ったというのに、"なんか、この作品&この人たち…すごいっ‼" と心射抜かれてしまった小6児童。以後、延々50年、還暦を過ぎる今日(こんにち)までソヤツを(とりこ)にし続けてきたその魔法…、いまだ解けておりません (;´∀`)

 

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さて。

「死ぬまでそばにいてやるぞ」にハナシを戻させていただきます。

それって...

 

"おれ(グランディエさん)が *ぬまで" ???

"おまえ(オスカルさま)が *ぬまで" ???

 

常識的に考えれば、人間の通常の思考は、"自分が死ぬまではずっとそばにいてやる" でございましょう。

ましてや、発言者は「おれはいつか…おまえのために命をすてよう」のグランディエさんですものね。

 

でも、ちょっとお待ちください!!!

 

このシーン、みなさま既に、まぶたの裏に浮かんでいらっしゃることと存じますが…、場所柄(お屋敷の廊下!)も忘れて(?)、なりふり構わず、ものすごい勢いでグランディエさんの胸に飛び込んだオスカルさま。

縋りつくようにその胸に頬を寄せ、絞り出すようにことばを途切れさせながら、↓のように乞うていらっしゃいます。

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第2巻402ページ

 

こんなふうに全身全霊で縋ってきている、腕の中の最愛のひとに言えるでしょうか?

"(自分が死ぬまでは)そばにいてやる" なんて、つれない(・・・・)セリフ…… (/o\)

 

この時のグランディエさん、(おまえが)死ぬまで(ちゃんと)そばにいてやるぞ」というニュアンスがオスカルさまに伝わるよう(受け取れるよう)言ってあげて、それに加え、触れるぬくもりでオスカルさまが確かな安心感を得られるように唇を重ねた気がします。

もしかしたら結果的には嘘になってしまうかもしれないことは承知しつつも、この時、グランディエさんは、[愛ゆえの無自覚な知能犯] だった気がしてなりません😭

 

だってだって……!

1コ前のコマ。

 

「どこへも い…行かないと…… アンドレ…」とのオスカルさまの哀願に、

「どこへ?」と、たしなめるように問い返したグランディエさん。

ふふ・・・とオトナ笑い(?)をして、

「おれの行くところがほかにあると思うのか」と、重ねて問い返しています。

愛蔵版『ベルサイユのばら』第2巻403ページ

 

コレって、「おれの行くところが、おまえの傍ら(おまえの在るところ)のほかにあると思うのか」っていう、強い能動性を持った自らの意思の表明であって、決して「おれの行くところが、(お仕え先である)ジャルジェ家のほかにあると思うのか」といった、物理的な場所とか、受動的・消極的な意味ではないですよね?

言い換えれば、「おまえの行くところがどこであろうとも、おれはいつも共にある」

という確固たる意志表明でございましょう。

(※アニばら蛍シーンのセリフパクリみたくなっちゃいましたけど💦)

 

こんなふうに、"おまえにはいつでもおれがいる" と安心させてあげた後に続くことばは、やはり "おまえが生きてる限りずっと、そばにいてやるぞ" という生涯安心保証(笑)のキメゼリフ✨なのではございませんでしょうか.。oO

わたくしにはそう思えてならないのでございます。
 

 

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『ベルサイユのばら』とわたくしの最初の遭遇 

 

最初の遭遇、それは第5話(週刊マーガレット1972年25号)、下記シーンの含まれる回でございました。

少女コミック派だったわたくしは週マにはあまり縁がなく、友達に貸してもらったのか、病院とか(?)の待ち時間に読んだかのどちらかだったと思われます。

 

  

愛蔵版『ベルサイユのばら』第1巻99ページ・114ページ

 

なんと、オスカルさまにもグランディエさんにも、ここで既に出会っていたのでした!

さすがにオスカルさまの生意気な若造っぷりは、1年強経ってからでも、セリフ込みでしっかり覚えておりました。……が、この若造くんと、第65話の艶麗な御方が同一人物とは思いもよりませんでした😦

そして……、グランディエさんに至っては、記憶の片隅にもございませんでした😓

 

 

『ベルサイユのばら』とわたくしの本当の意味での遭遇 

 

週刊マーガレット'73年35号(第65話)『ベルサイユのばら』扉絵

 

今回記事:第65話の扉絵です。

直前の第64話での、ジャルジェ父上とグランディエさんの [影] 談話を受けての構図ですね💗

それにしてもまあ…、妖艶でありながら気品あふれるオスカルさま...

タメ息ものですわぁ😍

(わたくしだけかもですが、うっかりすると王后陛下に見間違えてしまいます💦)

 

'99年5月の、✨池田理代子先生サイン会あり✨のイベントに上記の週マを持参し、先生にサインをいただくことができました ヽ(^o^)丿

先生は「まあ、まだ持ってらっしゃるの?」と少し驚いていらっしゃいました😮

(※この時点で既に発売年から四半世紀経っておりますものね🤪...)

 

それはそうですわ🥰

我が『ベルサイユのばら』街道スタートの記念碑ですもの (≧◇≦)