日本語は便利です。

オスカルさまを軍人階級名以外で苗字呼びする時って……

ムッシュー?マドモアゼル?マダム? って迷ったら、

「さま」にしてしまうことができるのです💦

今回、ジェロたんに次ぐマドモアゼル呼びも捨てがたかったのですが (^^♪

 

 

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「そうだ! バアサンの落ち着き先、ここはどうだ!?  いや、ここしかない!
どんな権力といえども勝手に踏み込むことが許されない、このパレ・ロワイヤル!!」

「いや、しかし……」

ベルナールの思いもかけぬ提案に、顔を見合わせるオスカルとアンドレ。
その上に、女性のたおやかな声が舞い降りた。

「ここにどなたをお迎えすればよろしいのかしら?」

慌てて見上げたベルナールの口から驚きの声が洩れる。
「クリスティーヌ女史!」

 

「あら、そんな大袈裟に驚くことはないでしょう?
カフェが冷めてしまった頃でしょうから熱いのをお持ちしただけですよ」
あたふたするベルナールをピシャリとたしなめてから、
クリスティーヌは新客に華やかな笑みを向けた。
「パレ・ロワイヤルにようこそ。
このサロンのお世話係をしておりますマリー・クリスティーヌと申します」

急いで立ち上がったオスカルとアンドレをベルナールが紹介する。

「ああっ…と。クリスティーヌ女史、フランス衛兵隊ベルサイユ常駐部隊長の
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将と、その…え~っと…連れの
アンドレ・グランディエだ」
新聞記者だけあって、オスカルの職務はスラスラ言ってのけたが、
アンドレのほうについては胸の内でせめぎ合う思いもあって、ことばを濁して
姓名のみである(笑)。

「お初にお目にかかります、マダム・クリスティーヌ。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェと申します」
恭しくクリスティーヌの手を取って唇をあててから、オスカルはふふっと笑った。
「マダムのお噂はかねてよりおうかがいしております。
パレ・ロワイヤルのサロンを取り仕切っておられる、才気溢れる…女傑のご高名を。
しかし、これほど類い稀なる美貌でいらっしゃるとは…」

アンドレも、オスカルの後ろに控え無言で礼の姿勢をとる。

「社交辞令はご無用ですわ、ジャルジェさま。
でないと、わたくしも、かの有名なオスカル・フランソワ・ド・ジャルジェさまに
お目にかかれた感激をありったけ並べ立ててしまいましてよ。
さあさあ、おふたかたとも、どうぞお席にお戻りくださいませ」

「ほお、さすが噂に違わず才気煥発であられる。これは(かな)いませんな」
苦笑して着座するオスカルに、してやったりとニヤニヤするベルナール。
「ははん。早々に一本取られたな、かの有名なジャルジェ准将さんよ」

「まあ! ジャルジェさまをおからかいになるなんて、ロザリーさんに言いつけて
しまいますよ、シトワイヤン・シャトレ」
返す刀で、ベルナールを再びバッサリ斬る。

「うっ、それは勘弁してくれ! コイツのことになるとロザリーがどんだけムキに
なるか知ってるだろう」

ロザリーの名を聞いて、オスカルが思わず身を乗り出した。
「おお、マダムはロザリーのこともご存じなのですか!」
「ええ。シトワイヤン・シャトレと一緒に時折ここにもいらっしゃいますわ。
ですから、ロザリーさんがどれほどジャルジェさまを慕っていらっしゃるかも
よぉく存じ上げております」

少々仏頂面になるベルナールを可笑しそうに見ながら、
アンドレはオスカルの飲みさしカップとソーサーをワゴンに戻した。
と、その時。
クリスティーヌの毅然とした声が彼を制した。

「ありがというございます。……グ…ランディエさま
ですが、給仕はわたくしにお任せくださいませ。
わたくしが居りながら、お客さまに給仕をおさせしたとあっては、
パレ・ロワイヤルのサロンの名折れとなってしまいますもの」

「これは…差し出たことをいたしまして…。失礼いたしました」
パレ・ロワイヤルのサロンを預かる自負に満ちたことばに、
アンドレは丁重に一礼して席に戻った。


4人分の新しいカフェを並べ終えたクリスティーヌのために
オスカルが椅子を引こうとすると、彼女はそれを掌で軽く押しとどめ、
自ら椅子を引いてテーブルに着いた。
「では…お話の続きに戻りましょうか」
一同にカフェを勧める身振りをしながら話の口火を切るクリスティーヌ。
「それで…ここにどなたをお迎えすればよろしいのですの?」

新しいカフェを手に取ったベルナールが話し始める。
「うん…。ここにいるアンドレ・グランディエの祖母なんだが……」
「ベルナール!」
アンドレが押し殺した声で彼を遮った。


「……グランディエさまの…おばあさま……」

尚もベルナールに牽制の視線を送り続けるアンドレを尻目に、

クリスティーヌが即答した。
「承知いたしました。すぐにお部屋を用意いたしますので、いつでも
お連れになってくださいませ」

オスカルが当惑気味に口を挟む。
「いや、まだ事情もお話していないのに…」
「事情をご説明いただく必要はありません。
ジャルジェさまといえば誰もが知る高名な御方、そのかたの……お親しい
かた
のお身内とあらば、躊躇することなど何もございません。
喜んでここにお迎えいたします」

「しかし……」
まだ ためらうアンドレをひたと見つめながら、クリスティーヌが決然と告げた。
「いいえ。このサロンを預かるわたくしが既に決定したことです。
どなたの異議も受けつけません。たとえ、事の当事者の方々であろうとも」


息詰まる沈黙の後、最初にオスカルが折れた。
「それでは…お願いします、マダム。
しかしながら、無理なお願いをするのですから、一言だけ説明させてください」
ちらりとアンドレを見やったが、彼の表情は読み取れなかった
「彼の祖母は…名をマロン・グラッセといいますが…わたしを育ててくれた、
家族も同然の大切な存在です。
そして、ここにいる彼は、そのたったひとりの身内であるとともに、
わたしの……あ、その…お、幼馴染……、そ…それで、わたしたちは」

そこまで言った時、クリスティーヌの瞳に深い悲しみの影が宿った気がして、
オスカルはハッと胸を衝かれてことばを失った。

……が、クリスティーヌはすぐに穏やかな表情に戻って、力づけるような
静かなまなざしをオスカルに向けた。

〖気のせい……だった…のか…?〗
オスカルは気を取り直してことばを継いだ。
「わたしたちは…彼の祖母をつらい状況に置いてしまうかもしれないのです。
ですから、少しでも心休まる場所に落ち着かせたいと考えております。
ここには、彼女とは気心の知れたロザリーも顔を出しているようですし……」

そこから先を言いあぐねたオスカルにクリスティーヌが微笑みかけた。

「ジャルジェさま、もうそれ以上はおっしゃっていただかなくてかまいません。
先程も申しましたように、おふたりの大切なおばあさまに ここに来ていただく
ことは、もう決定事項なのですから」
アンドレに顔を向けて宣告する。
「グランディエさま。ジャルジェさまがご承諾くださったのですから、もはや
あなたには否も応もございませんよ」

諸々の事情を考えあぐねていたアンドレも、とうとう決断した。
「は…い。祖母を…よろしくお願いいたします。ですが……」
これだけは譲れないと、きっぱり言い切る。
「当然ではございますが、祖母にかかる費用はすべてこちらで用意いたします」

そんなに気負って言わなくても、当たり前のことだろう」

あきれ笑いでアンドレを見るオスカルの表情を目にしたクリスティーヌは、
カフェを一口含んで、「まあ、苦いこと」と小さくつぶやいてから
3人にあでやかな笑みを見せた。
「では、お話がまとまったことですし、わたくしはこれで。
詳しい段取りのお打ち合わせが必要でしたら、あとはお三方でお願いしますね」

自分のカフェを片付けて軽やかに立ち上がり、優美な仕草でワゴンに手を添え、
去っていく才気溢れる女傑。

ヒュウと口笛を吹いて、ベルナールが頭を掻く。
「ぷはっ、あれよあれよという間に話が転がっちまったな。
どうだ、たいした女史だろう。
オルレアンのオッサンが寵愛するのも無理はないよな」

オスカルはその後ろ姿を思案気に見送り、
アンドレは瞑目し、ただひたすら赦しを乞うていた。

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「女史はすぐ部屋を用意してくれると言ったから、それはそれでいいが、
問題は、おれが動く日はいつなのか、だ。
どうせ、"近いうち" としか、まだわからんのだろう?」

ベルナールの問いに、オスカルが心許なげに頷く。
「ああ、すまない。まだはっきりとは言えない」

「まったく手のかかるヤツらだ。…うーん、それなら」
ベルナールはカフェをクイッとあおった。
「おれは、朝方なら、ほぼ毎日ここに居る。タダでカフェが飲めるからな。
決行日が見えてきたら、朝のうちにここに知らせに来てくれ
判決の木槌のように、カップをトンと置く。
「……ってことで、交渉成立。よっし、今日は解散だ」

「何なら何まで…本当にすまない、ベルナール。
おまえにはいくら感謝しても足りない」
アンドレを促して立ち上がったオスカルは、つとベルナールの傍らに寄って
声を落とした。
どんな形になるかわからんがわたしにできるやり方で、この借りは必ず返す」

 

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「マダム・クリスティーヌ…見上げたご婦人だな」
サロンの出口へと向かいながらオスカルがつぶやいた。
「あのかたは小さな村の第三身分のご出身なのだそうだ。
このサロンを仕切るほどになられるまで、おそらく血の滲むような努力を
積まれてきたのだろう…な。
学問も、小うるさい上流社会のしきたりも、千差万別の面倒な人間たちを
あしらい動かす術までも……」

「そうだな」

短く答えたアンドレを見上げるオスカルの瞳に、小さく光るものが浮かんだ。
すぐに正面に向き直って歩を進めながら、周囲に聞こえぬよう声を抑えて続ける。

「"そうだな" などと、あっさり言いおって。わたしが知らんとでも思うか。
おまえが、能天気な顔の裏でどれほど歯を食いしばって自分に鞭打ってきたか…
わずかな時間を惜しんで書物にかじりつき、好きでもない剣だの格闘術だの
父上やわたしのしごきに耐え、母上やばあやが教える以上の立ち居振る舞いを
身に着け……、すべて、わたしのような扱いにくい者に振り回されながら…だ。
そ、それで…」

くぐもり始めたオスカルの声にアンドレが能天気な声をかぶせる。

「ずっとおまえにくっついて行くために、好き好んでしたことだ。
……なーんて言うと、はたから見たらけっこうキモチワルイ奴だな、おれ」

彼は上着の内ポケットからハンカチを出してオスカルの左手の中に押し込み、
冷たくなっているその指をほんの一瞬ぎゅっと握り締めてからスッと放した。

「おまえ、熱いカフェの飲み過ぎじゃないのか。かいてるぞ、目の下あたりに。
早く拭け。沈着冷静な軍人はどんな時でも人前でなんか見せるものじゃない」



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パレ・ロワイヤルの一室。
磨き上げられたテーブルに とめどない涙が流紋を描き、嗚咽が響く。

「やっと……会えた…!! アンドレ…!」

 

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馬車の少し手前でオスカルは振り返り、壮麗な居城を仰いだ。
「よもや、ここにばあやを預けることになろうとはな…」

……と。  窓のひとつからこちらを見下ろす人影があった。


「アンドレ、マダム・クリスティーヌがおまえを見ておられるぞ」
「はは… ばかを言うな。おまえのことを見ておられるんだろう」
アンドレは取り合わずに馬車の扉を開ける。

「いや違う。ずっとおまえを見つめておられる」

オスカルの視線に気づいたクリスティーヌが ゆるやかに手を振って、
部屋の奥に消えた。

「じゃ、そういうことにしておこう」
馬車の戸口まで来たオスカルに乗車介助の掌を差し出しながら、
アンドレはさりげなくオスカルの耳元に顔を近づけた。
「けどな、オスカル。どんな女がおれを見つめたとしても、
おれが見つめているのはおまえだけだ」


その場に佇んだまま、しばし彼のことばを噛みしめていたオスカルは、
やにわに、握り合っている手に力をこめ、アンドレを引っ張って馬車に乗り込んだ。

「早く扉を閉めろ!」
ワケがわからずにアンドレが慌てて扉を閉めるや否や、
オスカルはぐいと彼の肩を押して座席の上に倒した。

「わたしが見つめているのもおまえだけだ」
目を潤ませて ただひとりの男をじっと見つめ、想いのたけをこめて唇を合わせる。
呆気にとられながらも、アンドレもオスカルの頭に腕をまわし、

わななく薄紅の唇をしっかりと受け止めた。



「さあ、帰るぞ」
オスカルの髪をひと撫でして、アンドレはオスカルを抱えて起き上がった。

「うん。帰ろう」

車室を出たアンドレは御者台にのぼり、
ジャルジェ家めざしてゆっくりと馬車を出した。

 

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「ただいま、おばあちゃん」

今日も無事帰宅した孫を見て、祖母はホッと息をついた。
「ああ、おかえり」

孫がドアを閉めきらぬうちに、いつものセリフが飛んでくる。
「今日も、ちゃんとお嬢さまをお守りできたかい?」

孫は、束の間 黙り込んでから、力をこめて答えた
「もちろんさ。きっちり守ったよ」

寝台に近づくと、祖母は枕をいくつも重ねて寝台の背に寄りかかり、
繕いものをしていた。

「そんな老眼で針仕事なんかして、指を突いたりしないでくれよ」
「うるさいねっ。おまえの目がちゃんと見えさえすれば自分でやらせる
トコを代わりに繕ってやってるんだから、ありがたくお思い」

孫は、祖母の手から、針のついた自分のシャツを抜き取ってテーブルの上に
置き、小さな肩に手を添えた。
 

「おばあちゃん、どうしても言っておきたいことがあるんだ」
「なんだい、仰々しい声を出して」
「あのさ……。今日…村に住んでた頃 知ってた子に会ったんだ」
「おや、そうなのかい?」
「ほら。おばあちゃんが村におれを迎えに来てくれて、このお邸に発った日、
野原に女の子が居たろ? あの子だよ、クリスティーヌっていうんだけど

しばらく記憶を手繰っていた祖母は、アッと思い出した。
「あっ!あの子!! へぇー、あの子に会ったのかい。そりゃ奇遇なこったねえ。
どこで会ったんだい?」


「パレ・ロワイヤル」
そこ・・へ行った理由や起こったことなどは一切省いて、しれっとしたポーカー

フェイスで場所だけ答える。

 

「パレ・ロワイヤル?」
おうむ返しに言ってから、祖母はまたしても、アッ!となった。
「ぱっパレ・ロワイヤルっ!?それって…それってまさか、オルレアン公さまが
ご寵愛なさってるっていう、あのクリスティーヌさまじゃないだろうねっ!?」
「えっ、おばあちゃん知ってるの?」
「侍女仲間じゃ、そりゃ有名なんだよっ。片田舎の出なのにオルレアン公さまの
お目に留まって大出世したひとだって…! それが あの子だってのかい!?」
「うん」
「うん、って! おまえって子はもう!!
 そっそれで、クリスティーヌ…さまとお話はしたのかい!?」
「した…けど、名乗れてはいないんだ。そういう話ができる場じゃ…なかったから。
でも、あの子も気づいてたと思う」

くらっと傾いた祖母の体を、孫は、小さな肩に添えていた手でそっと支えた。
祖母は、その孫の腕をガシッと掴んだ。

「おまえ…おまえ、それをお嬢さまに言ったりしてないだろうねっ!?
オルレアン公さまは不平分子たちと繋がってるって話じゃないか。
そんな人の…あっ愛人になってしまった子とおまえが幼馴染だなんて!
そんなことお知りになったら…、ただでさえ、ご心配ごとの多いお嬢さまに
余計にご負担をかけちまう!」

「大丈夫だよ、話してない。
だから、さっき言ったろ、"今日もオスカルをきっちり守った" って」

"守った" って意味は だいぶ違うけど……ってか、そもそも、アイツオスカル
パレ・ロワイヤルに行ったのが、その"不平分子・・・・"にくみする行動だった
んだけど……と、心の内でつぶやく孫に、祖母は重ねて念を押した。

「いいね、誰にも…お嬢さまにも だんなさまにも言ってはだめだよ!
これまでどれほど身分不相応なご恩をお受けしているかわからないのに……
あたしたちは、ぜったいに、これ以上ご迷惑をおかけしちゃいけないんだよ! 
ねっ、聡いおまえならわかってくれるよね!?」

パレ・ロワイヤルに行ったことの それらしい理由説明は用意してあった
のだが、"クリスティーヌ・ショック" で、祖母はそこまで気が回っていない
ようだ……今のところは。

「わかってるよ、おばあちゃん。
さあ。繕いものは明日にして、今日はもう休んで」

孫は、重なっている枕をならして祖母を横にならせ、
肩までシーツをかけて、その頬にお休みのキスをした。

 

 

 

 

 

『さらば! もろもろの古きくびきよ -5-』に続きます