ひと言。

荒唐無稽です😅

 

 

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パレ・ロワイヤル。
国王のいとこオルレアン公の居城。
そのサロンは身分を問わず開かれており、志ある若者たちが寄り(つど)っている。

7月12日早朝。
ひとり馬を飛ばしながら、オスカルは10日ほど前そこを訪れたことを想起していた。


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7月2日。
オスカルはアンドレを伴ってパレ・ロワイヤルに赴いた。
アベイ牢獄からの衛兵隊員釈放への、"彼ら" の尽力に

限りない感謝を伝え、その後のパリ市民の動静を問うために。

サロンで彼らを出迎えたのは、知己の法律家で、今や国民議会の議員でもある
若き弁護士マクシミリアン・ド・ロベスピエールだった。
「ああっよく来てくれた、ジャルジェくん、グランディエくん!

待ちかねていたんだ! ええっと、きみたちは このサロンは初めてかな?」

一瞬、オスカルとアンドレは目を見交わし、オスカルが当たり障りなく答えた。
「いや、数年前に一度。オルレアン公を正式訪問した際、ここにもご案内いただいた」
「ほお、そうなのか。数年前か…。では、雰囲気が随分変わっているだろう」
ふたりを奥まった席へと導きながら、ロベスピエールが周囲の光景に腕をめぐらせた。

其処此処から聞こえてくる、演説や声高に戦わされる議論。
その緊張を孕んだ喧騒に、以前ここに足を踏み入れた時との空気の違いを
オスカルは痛いほど感じていた。

数年前。
黒い騎士がその中へと消えたパレ・ロワイヤル。
さらわれたロザリーの行方を探るため、
正式訪問にかこつけて、単身ここに乗り込んだ あの時。
自由で若々しい熱気に満ちた空気にオスカルは魅了された。
政治や経済や文学…演劇に音楽……
彼らに交じって心ゆくまで議論に花を咲かせたかった。
だが、その思いを押し殺し、思考の半分でロザリーや黒い騎士のことを

探りつつ慎重に言[げん]を操って、若者たちとことばを交わざるを得なかったのだ。
結局、その場では情報を得られぬままサロンを辞すこととなった……

記憶をそこまで辿った時、オスカルは唇を噛んだ。
あの時…。退出の道すがら、ワナと懸念しつつも奥へと侵入し、
結果、囚われの身となってしまった。
どんな権力といえども勝手には踏み込むことは許されないパレ・ロワイヤル。
生きて出られるかどうかすら定かではなかった。
だが、ああ……おまえが…おまえが来てくれた…
おまえはあの時もわたしの行動を察してくれた。
その機略で、ロザリーともども脱出することができた。
けれど…けれど、その代償として、おまえは…おまえの左目は……

「ぼけっとするな、オスカル。ほら、こっちだ」
アンドレの声で、オスカルは我に返った。
歩速が落ち 俯いた彼女の左肘にアンドレが手をかけ、
周りの他者に不自然に見えない程度に 掌で包んでくれていた。

「大きなお世話だ! わかっている」
従者の差し出口を咎めるふうを装って、オスカルは傍らの男を振り仰いだ。
無性に、彼 ━愛する男━ の顔を見たくてならなかったから。
そこには、オスカルを慰撫し包みこむアンドレのまなざしがあった。

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「オスカル・フランソワ!  シトワイヤン・グランディエ!」
奥のテーブルで、パリの新聞記者ベルナール・シャトレが立ち上がって大きく片手を上げた。

オスカルがベルナールに駆け寄り、両手で彼の手をとる。
「ベルナール!! 感謝する! 心から感謝する!!」

オスカルの手を力強く握り返つつも、ベルナールは大袈裟に嘆息してみせた。
「まったく! なんとか成功してヤレヤレだぜ。

やってみるまでは肝の冷える思いだったぞ」

ゆっくりテーブルに歩み寄ったロベスピエールがベルナールの肩を叩く。
「謙遜が過ぎるよ、ベルナール。練りに練ったきみの演説の賜物じゃないか」
ニンマリほくそ笑むベルナール。
「市民の意識を より一層まとめるいい機会だったからな。

まあ確かに気合は入れたさ」

「さて、立ったままというのもなんだ。座ろう」
ロベスピエールがそう促して3人がテーブルに目を落とすと、
そこには既に、常備のポットから4人分のカフェが注がれ、並べられていた。

ベルナールがボヤく。
「ああっ、なんだよ、もう! 
いかにも "従僕でござい" って、そのシレッとしたツラはよぉ! 
おれぁやっぱり、おまえがコイツの金魚のフンでいるのが やるせなくてならん。
なあ…くどいようだがコッチに来ないか?おまえの力を存分に発揮できるぞ」

「ははっ。これがおれの仕事だ」
アンドレは笑って躱したが、彼を促して席に着こうとしていたオスカルが
向かい席のベルナールにガンを飛ばした。
「しつこい! アンドレは絶対に渡さん」

眼前でバチバチ飛び散る火花にロベスピエールが割って入る。
「では……ふたり一緒に来てはどうかね、こちらに?」

テーブルに沈黙が落ちた。


オスカルはロベスピエールに暫し視線を留め、それから口を開いた。
「それで…。あの日と…それ以後、市民の様子はどうだ?」

「収監されていた兵士12名が釈放になるとわかった時は、
鼓膜が破れそうなくらい、それはすごい歓声だったよ。
興奮して、押し合いへし合いして転んだり、浮かれて川に飛び込んで溺れかけた
市民がいたり、まあ多少の騒ぎはアチコチであったが…、幸いにも、暴動に発展
するとか、軍隊と衝突しておかしなことになるとか…そういうことはなかった」

ロベスピエールのことばをベルナールが引き継ぐ。

「今のところ小康状態ってとこか。運がコッチに味方したのかもな」

「そ…うか、よかった……。
ベルナール、ロベスピエール、きみたちの同志諸君に改めて礼を言わせてくれ。
動いてくれたこと…本当に感謝する」

「そっちの相棒にもしっかり礼を言っとけよ。
暴動を避ける根回しに、おれたちと一緒になって奔走してくれたんだからな」

ベルナールがアンドレに顎をしゃくった時、サロンに置かれた大時計が重々しく鳴り響いた。


それを機にロベスピエールが腰を上げる。
「あ…では、ぼくはこれで失礼する。ほかにも寄るところがあるので…」

「おう」
立ち去るロベスピエールに、ベルナールが片手を上げ、
オスカルとアンドレは立ち上がって黙礼して見送った。

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「ロベスピエールの言ったことに 思いっきり反応してたな、おまえら。
黙り込んだのが いい証拠だ」
ベルナールがニヤリと笑った。

オスカルはそれには答えず、居住まいを正してベルナールを凝視した。
「ベルナール・シャトレ、おまえの腕を見込んで頼みたいことがある」

「おいおい何だよ。また、身内のシリをおれに持って来ようってのか」
「その通りだ、ある意味では」
「おっ! やっと大事な腰巾着殿をおれたちに任せる気になったか?」
「あり得んっ!! そうではなくて…彼の祖母だ」

ベルナールが怪訝そうにアンドレを見やった。
「コイツの…ばあさん? あの、小っこいのに威勢のいい?

あのバアサンがどうした?」

「ばあやをジャルジェ家から連れ出してほしい

あ……その…わたしたちが家に帰れない…ような事態になったら」

ベルナールはますますワケがわからなくなって、ふたりを交互に見る。
「なんでだ? あの邸に居ると何かまずいことでも?
だったら、夜陰にでも紛れて連れ出せばいいじゃないか」

「それができないから、おまえに頼んでいる」

オスカルはベルナールの視線をがっしり捉え、

そのまま、目線をアンドレの左目へと動かして見せた。

オスカルの差し迫った口吻とアンドレの苦しげな表情で、
彼の脳内で新聞記者のカンと洞察力がめまぐるしく働いた。


「はぁん。そりゃ、バアサンは思ってもみないだろうな。
おまえらがあの邸から出てっちまうかもしれないなんて。
だけどな、見も知らぬどっかに連れてかれるより、
そのまま あの邸にいたほうがバアサンの身はよっぽど安泰だろう」

ベルナールは、わずかではあるが、嘗て見聞きしたマロン・グラッセの姿を
思い起こしながら続けた。

「バアサン、邸じゃ他の使用人たちにも一目置かれてたようじゃないか。
おまえらが何をしようとバアサンに責任はないんだから、責められたり粗略に
扱われたりすることはないんじゃないのか?」

「それはその通りだ。邸の者たちはもちろん、わたしの父や母だとて、
むしろ、ばあやを労わってくれるはずだ。だが……」

オスカルは、テーブルの上できつく握られているアンドレの拳に目を落とした。

「ばあや自身は、アンドレとわたしを育てた自分を責め続けるだろう。
周囲の者がどんなに温かく接しようと、なんと慰めようと、自分を許さず、
食事すらも受けつけなくなってしまうに違いない」


涙を滲ませたオスカルに、ベルナールは静かに語りかけた。

「しかし、おまえたちの元に連れ出したところで、バアサンが自分を責め続けて
食うものも受けつけなくなることに変わりはないだろう」

アンドレを目で指して続ける。

「それに、大事な主人であるおまえさんはまだしも、コイツのほうは絶対に
許さずに、会おうとすらしないんじゃないのか?」

「わかって…い…る。それでも……い…い。
せめ…て、オスカルには心を開いて…生きる気力を持ち続けてくれ…れば」

オスカルが再び口を開いた。
「ロザリーの力も借りたい。あの子の笑顔がきっとばあやを力づけてくれる。
それに…状況をよくわかっているあの子なら、少しはばあやの心を溶かして、
わたしたちの行動への心痛を和らげられるかもしれない」

ベルナールはグシャグシャと頭を掻いた。

「わかったよ。 つまり、こういうことだな。
事前に連れ出そうとしてもバアサンはテコでも主家を離れようとせずに
大騒ぎするだろうし、事後じゃおまえらには無理だから、バアサンが眠っ

てる間に…か、あるいは軽く当て身でも喰らってもらっておれがこっそり

連れ出す」

「ああ。だが、くれぐれもあまり手荒なことはしないでくれ。
ばあやは体が弱ってきているから」

「はーあ、まったくとんでもねーヤツらだな、おまえら……。
それで? 連れ出した後はどうするんだ?
体の弱ってるバアサンが突然消えたとなっちゃ、さすがに心配して探される
だろう。しばらくはおれのとこで預かるにしても、ロザリーのセンで探られ
たら、たぶんすぐ見つかっちまうぞ。
それと…ヤボなことは言いたかないが、生活費はどうする?

おれたちだってラクな生活じゃないんだからな」

「ばあやは、自分の部屋の物入れに給金を入れている。
ある程度まとまった金額になっているはずだ。それも一緒に持ち出してくれ。
ばあやが得てきた正当な報酬なのだから、邸に置き去りにするわけにはいかない。
アンドレとわたしの手元には今あまり現金がないから、急いでアンドレに引き出してもらって、ばあやの給金と一緒に置いておく」

「おやおや。これが、"盗みを続ける限りおれを追い続ける" と のたまった

高潔な近衛連隊長さんの成れの果てとはねぇ」

オスカルはワザとらしく・・・・・・声をひそめた。
「ああそうだった、まだ話していなかったな…近衛連隊長を辞した公式理由・・・・を。
実はね…シャトレくん。力及ばず、黒い騎士を取り逃がした責任をとるためだったのだよ、誠に遺憾ながら

 

こんな状況にもかかわらず、不覚にも吹き出しそうになったアンドレは、
急いでカッブを口元に運んで笑いをごまかした。


「チッ。ハイハイ、承知しましたよ。
人さらい の ぬすっと をアゴで使う、腹黒くも心やさしい大黒幕サマときたもんだ。
侵入と脱出のルートは、おまえさんチに詳しいロザリーに聞けばいいんだな」

「すまない。頼む!」
「ベルナール、おれたちのわがままでおまえに迷惑をかけて本当にすまない」

「やめてくれ、気味が悪いぜ」
頭を下げるふたりに苦笑いしていたベルナールが、突然ハッとした表情で

大声を出した。

「そうだ! バアサンの落ち着き先、ここはどうだ!?  いや、ここしかない!
どんな権力といえども勝手に踏み込むことが許されない、このパレ・ロワイヤル!!」

「いや、しかし……」

ベルナールの思いもかけぬ提案に、顔を見合わせるオスカルとアンドレ。
その上に、女性のたおやかな声が舞い降りた。


「ここにどなたをお迎えすればよろしいのかしら?」

慌てて見上げたベルナールの口から驚きの声が洩れた。
「クリスティーヌ女史!」

 

 

 

 

『さらば! もろもろの古きくびきよ -4-』に続きます