1789年。とある初夏の1日の、オスカル・フランソワさまのモノローグ。

 

(※『☆新たなる地獄への旅立ち❷【どうにか約束成立♥】』と対(ツイン)を

なしております)

 

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アイツは必ず追いかけてきてくれる。

許しがたいニブチンに成り下がった今日のアイツでも、わたしを放ったらかし

になどしないことは確かだ。

 

司令官室に続く廊下にまわり込むと、わたしは走るのをやめ、アイツの足音を

聞き逃さぬよう意識を集中し、自分の歩速を慎重に調整しながら進んだ。

 

わたしは、アイツがドアノブを回すのを見るのが好きだ。

手が大きいせいだろうか。ノブに指をかけた時の関節の曲げ方の美しさたるや…

何度見ても見飽きることがない。

ドアノブを回す響きが、他の者が回す音と違う気がするくらいだ。

そして、長い腕でドアを開けて一歩下がり、絶妙な距離をとって、

わたしのために道をあけてくれる。

そのなめらかでやさしい動きがたまらなく好きだ。

 

だから、アイツが一緒にいる時は(まあ、ほぼいつも一緒にいるのだが)、

自分では手を出さず、アイツがドアを開けてくれるのを待っている。

いや、アイツがわたしを待たせるなどありえないから〝心待ちにしている〟

というのが正確な表現だろう。

准将などという尤もらしくも偉そうな職位に在るから、たいていは誰かしら

がドアを開けてくれようとするが、アイツがその場にいなければ、さっさと

自分で開け閉めしてしまう。

要はアイツにべったり甘えているのだ。

 

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ドアまであと数歩のところで、やっと背後でアイツの足音がした。

偶然気づいたようなフリをして振り返る。

 

「はん、鈍足め。ぜいぜい息を吐きおって、鍛え方が足りんな」

うっ。無視してやるつもりだったのに、つい話しかけてしまった。


「追いついて、今、追い抜いた。ほれ、ドアを開けてやるから、そこをどけ」

第三者が聞いたら粗暴な物言いなのだろうが、これがコイツ流のわたしの甘や

かし方だ。

 

而して、今朝も、ノブを回しドアを開けてくれるおまえの仕草をこっそり堪能

し、おまえの前を通って執務机に向かっているわたしなのである。

 

...で、黙っていればよいものを、そこでまた埒もない難癖をつけてしまった。

 

「ふん、追い抜いただのと子供じみた言いぐさをしおって。片腹痛いわ」

「おーや。ぶんむくれていきなり走り出した子供は、どこのどいつだっけ?」

 

ふんっ。鈍感で大ばかなおまえに、思わず駆け出してしまった理由など教えて

やるものか!

 

「単細胞めが。おまえのつまらん戯れ言に本気で怒ったとでも思ったか。
わたしは愛でに行ったばらを手折るような不埒者なんぞではない。
それを、そのボンクラ頭にしかと叩き込んでやるために、少しばかり荒療治を

施してやったまでだ」

 

「それはそれは。心を鬼にしてのお気遣い、
このボンクラ・グランディエ、身に余る光栄に存じます」

 

ううぅ…っ、わたしの屁理屈を軽く受け流すところは、さすがおまえだと認め

ざるを得ない。

ちなみに…。その名前もじり、くだらなさすぎてうっかり笑ってしまったぞ。

 

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しかし...

それぞれ着席して机に向かった後は、ペンを走らせ書類を繰る音がするばかり。
わたしが何度おまえのほうを見ても、おまえは書類の上に屈みこみ、掌を額に

当ててしまっているので顔が見えない。

 

わたしのほうを見てほしい、声を聞きたい。
癇癪を起こした舌の根も乾かぬうちに、そんなふうに思ってしまう自分が

わがままなのは、よくわかっている。
それでも、もう、笑顔を見たくて声を聞きたくて たまらなくなっている。

 

 

「あ... あ、その... アンドレ」
「ん?」
 

短く返事をしただけで、おまえは顔を上げてくれない。

そういえば、ばらを見に行く話も、わたしが癇癪を起したせいでうやむや

になってしまっている...

 

「い、行くのだよな、今夜。ばらを…見に」


おそるおそる尋ねたら、やっと顔を上げてくれた。

おそるおそる…?

ああ、泣く子も黙るフランス衛兵隊長が なんたるザマだ。

 

「行くさ。さっきそう言っただろう」
 

「そ、そうではなくて。 あ、えっ…と、一緒に見に行くのだよ…な」

ますます小さな声になってしまった。

 

すると、おまえはペンを置いて片手で頬杖をつき、小首をかしげて

悪たれ小僧のような笑顔を向けてきた。

実はわたしは、この仕草と、おまえがごく稀に見せる悪ガキ顔に

猛烈に弱いのだ。

 

「夜、ひとりで南の庭まで行くのが怖いのかな、お子ちゃまは?」


ああ……、おまえはやはり、わたしの扱い方を心得ている。

現金にも、あっという間に気分が弾んで、手近にあった菓子入れを

投げつけて、駄々っ子のようにじゃれついてしまった。
じゃれるにしては豪速で投げてしまったので、肩に当たってしまって

痛かったかもしれないが...💦

 

鈍色の床に派手に散らかった鮮やか色の菓子包みが夜色に沈んでいた

心の中にきらきら輝きだした星のようだ

 

「あーああ。部屋を散らかすな」
 

おまえは、立ち上がって、キャンディやボンボンを拾って菓子入れに

戻しながら、わたしの机まで来て、器をトンと元の場所に置いてくれた。

 

そして...
そのまま両手を机についたおまえが、強い意志を秘めた視線でわたしを

見下ろしてきた。

おまえとわたしのまわりに何か濃密なものが立ち昇ってくるようで、
周囲の物も窓外の世界も遠くぼやけていき、めまいに似たものを感じる。


「正直言うと、今日はなんとなく、おまえと一緒にあの子たちを愛でて

やりたい気分なんだ。散り始めてしまう前に…な。だから一緒に見よう。

な、オスカル」

 

わたしが聞きたかったことば…〝一緒に〟。
それをおまえは言ってくれた。
その答えに予想外の熱量が感じられたときめきと、男の視線の強さに、
どうしようもなく顔がほてってしまう。
思わず目を逸らし、髪を指でくるくると手遊ぶ。

 

「おっ、おまえがそこまで言うなら、つ、つ、付き合ってやる」

 

わたしは目を逸らせたまま菓子入れに手を突っ込み、適当にひとつ掴んで、

包みを剥いて口に放り込んだ。

 

 

 

 

『✿開花への新たなる旅立ち⑤ ≪超読心術はふたり双方向だった≫』に続きます≫