いしがっきーの続き
鍾乳洞なり
なんかとても美しい造形でした
なぜか鍾乳洞でウミウシが飼われていた
これ食べた
これ7800円もして高かったよ
石垣牛よ
今度は泳げるときにいきたいですー
んでは良いお年を
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私はたまにお金がほとんどなくなります。
その時にふと思うのです。
私の我慢してきたこと、頑張ったことが今お金に繋がっているのだということです。
上京してから屋根のある所で眠れて、美味しいものを食べて、色々な事にお金を使ってきました。
もちろん土台はあります。
家族にお世話になって、周りの友達、学校の先生、仕事関係の方に助けてもらって、
そのおかげで生きていること、それはとても感じていて、本当に感謝しています。
でもお金が全くなくなったときに下記のような事を感じるのです。
今私が生きているのは、私が働いて、頂いたお金である。
やりくりするのも、私に全て責任がかかっている。
私が生きるのには、私に責任がある。
お金が数円しかなくなったときに、愚かな私は初めて自覚できるのです。
そして給料日前にファミマで、
スイカの支払いでいけますか?
ときいてお酒を買って帰るのです。
もっと自立して、自分の生きるという事にもっともっと責任を持てたら
きっとそのときには、私はお金が沢山あって、
皆にビルの一本や二本買って差し上げる事ができると思います。
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