卒業式は一緒に写真が撮れるだろうか
地元の桜の綺麗な公園を車椅子押しながら散歩したいな
熊本のきっと食べたこともないであろう美味しい料理をご馳走したいし
初任給で普段買わないようなものを買ってあげたいけど、それが間に合うかはわからないな
冷え性だから添い寝でもしてあげたいし
死に目にはクビになっても帰りたい

きっとあちら側に行くことを
あの人は悲しみに悲しんで
たぶん、俺も相当悲しむのだろうけど
苦しい体をぬぎすてられると考えると
最後まで見守る気力も出てくる

あの人のことだから離れられずに
ずっとそばに入られてしまうような気もする

日頃の行いを全部知ってると決して褒められるような人ではなかったけれど、愛されてた

分かり合えるのも生きていればこそ


いろんなことに来年があることすら
今では尊いものだと感じる



23年間 影の道を歩いてきたという自虐的な冗談を友人がつぶやいていたけど、めげずに歩いてきた彼女の生き方はひたすら眩しかったなと思います!

ふと、暗黒面時の心を救うのは、同じ道を共に歩く仲間よりも、違う道で出会う久しぶりの友達のような気がする

黒髪の女性が好きな人は その女性の芯が強そうとか、染まっていない感じが良いとかの青ケツなことを言うけれど、本当の魅力は徹底して髪を染めずにひたすら何かを狙うその異常性にある






究極のネガティヴはポジティブよりもすごいパワーを持つと思えてくる。

自分が住んでるアパートの前には、それなりに人とか車通りの多い道路があるのである程度うるさいなと自分では感じてる

けど、時たまこの部屋は静かだと言う人がいて、その理由をずっと考えてる

アナログ時計とか一定のリズムで音がするものが個人的にストレスなので、それらを外してるからかもしれない

破調を感じない暮らしはある意味で辛い




自然の中に幾何学の物体がある風景こそベルギリウスの夢ならば
その物体を示して、
あれは私が作ったイエ
とみんなが言いあうのが建築にたずさわる者たちの夢

昔はひたすらブラックな時期(どれだけいい話を聞いてもアクティブなことをしても気分が沈んだり、荒んだりしている時)をどうにかこうにかポジティブなことに持って行こうとしていたけれど、それはそれ相応の過ごし方があることを知り得たのは大人になった証だと感じる

他人を励ますのも同じなのかもしれないと思う
どれだけ助言をしても響かない日もあれば
何も言うべきでもない時もある

それらのタイミングは未だに見失い続けるけど
失敗を取り返せるぐらいには自分の好きなもののそばに存在し続けようと思う

ハレとケの両方を生きる

先月半ばごろに就活を終えたのだが
複数社受けるのが定石なだけあって
最後は人として美しくないことをしてしまった。

会食をし、会社の人と考え方に共感をしていたぶん
先週のことなのに今でもひきずっています。

行く会社が自分を必要としていないわけではないからそれはそれで割り切るべきですが
なにぶん、私は人並みに人間なので悲しい部分は悲しいです。

良いものを作り続けるしかないと心を鬼にするのでした。


資本のために人を詰め込んだいわばコンピュータマシン都市の無価値さよ


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