
各国のアスリートたちがナショナルフラッグを背にして闘うオリッピックは、1年半の間、コロナ渦で制限のかかった日常生活で
鬱々とした日々を送っていた世界の人々にとって、日頃の感情を発散して熱狂できるまたとない機会だった。
開催を危ぶまれていた東京五輪は世界から絶賛され、様々なドラマを生んで閉幕した。
人生や命さえもかけ、困難を克服して臨んだ多くのアスリートの姿勢に何度も胸を打たれた。
その中でも、金メダルを取った日本ソフトボールチームの上野投手の言葉が印象に残った。
「360度、すべてが前」
「自分の周りはどこを向いても360度すべてが前。後ろはない。」
「しっかり前を向いて歩いていけばそこにゴールがある。
自分がここだと思った方向ならばどこを向いていてもいい。
遠回りしようが何しようが歩みさえ止めなければ必ずゴールにたどり着く。
これ以上怖いものは何もない」
上野選手は、20008年北京五輪の決勝トーナメント2日間3試合で413球を投げて完投。
史上初の金を勝ち取った。
しかし、その後ソフトボールはロンドン大会、リオ大会と2大会連続でオリッピックの正式種目にならず、大きな目標を失っていた。
2013年9月、IOC総会で東京開催が決定。
2016年8月にソフトボールの正式種目が決定し、やっと大きな目標が復活したが、
「あれ(北京大会の600球に亘る力投)をもう一度やれって言われたら無理だと思います」と語っていた。
そこへ、2019年国内リーグで打球を受けてあごを骨折、骨を金属で繋ぐ重症を負った。
この怪我で「本気でやれ!と言われてる気がした。毎日を五輪のためにやろう、と」
自分の武器に気づくこともできたと言う。
「“日々全力”ってくらいに必死です。だんだん身体のキレもなくなるし、試合前にアップしていても重たいなって感じますから。
前みたいに手を抜く余裕がなくなってる」
北京大会で26歳だった上野も、年齢を積み重ねたことでコンディショニング管理が非常に難しくなっているところへ、
新型コロナウイルス禍による1年延期というまさかの事態。30代と言えどもアスリートにとって加齢は体力の劣化に大きく影響する。
「これが“自分が背負っているもの”だと思っていましたし、このマウンドに立つために13年間いろいろな思いをしてここまで来られたと思います。
そういう意味では『投げられなくなるまで絶対投げてやる』という思いで先発マウンドに立ちました」
2021年7月21日、自らの39歳誕生日を翌日に控えた東京五輪開幕戦の先発マウンドに上野は立った。