愛してる人が癌だと知ったらどんな風に、どんな風な顔でどんな言葉を返すのが普通なのだろう。返せないのが普通だろうか、



この世の中。平気で胸の痛むことが存在するけれど。


愛してる人を失うかもしれない可能性を孕んだ恐怖より怖いものはあるのだろうか。なんて考える。
気づけば毎日恐怖で泣いている。

愛する人の前では笑顔でいたいと決めたのに、だ。



本当に皮肉なもので不安や心配を自身で取り除くスキルを全く持って無いに等しく、感情に入り浸っては涙することしか出来ない日々に溺れている。




今日は彼が病院で癌の治療について伺う日だと聞いていた。

愛する気持ちとは様々なエネルギーを抱えているもので、好きと同時に、どんな一瞬も「もう彼にあえなくなるのではないか」等の根拠のないネガティブな空想に襲われてしまう。

それでもどんなことがあっても、彼と向き合うと決めた時のわたしの精神力は凄まじい。
いつもは泣き虫でも何でもできるような気がする。


特に愛する人との抱擁は個人的に凄まじく、刹那的なものを感じさせてくるので涙せざるを得なかったりもする。
両腕の内側にあるという異常なまでの安心感と共に執着心、手放すときの恐怖感は計り知れない。
それにわたしのなかの何もかもが着いていかなくなってしまう感覚に脅えて泣いている。


いつも慰めてくれるけど。
わたしは貴方に出逢えて心の奥底から、

嬉しくて切なくて怖くて
離したくなくて泣いてるのだ。

そんなことを考えつつ。今日も更にまた彼に依存していくのを止められるものはないのだから悲しくなる。

それでもまた会えた時のあの言葉に出来ない安心感を求める。それで良いのだ。きっとそれしか出来ない形だから。


わたしは人間のナリをしてるけれど、本質は愛の塊だと思う。

それほどに愛という形のない空想、妄想たまにある事実に左右されるからだ。

そんな「わたし」という皮肉な愛の塊を愛してくれて、ほんとうに有難う。
それだけがいつも彼、愛する人を想って最後の最後に残る言葉です、