そんな私ですが今ご縁があり地域活動支援センターでパート続けさせて頂いてます。
上の子ちゃんの受験が終わったら精神保健福祉士の養成校の通信講座を受けたいと思っています。
養成校に行くための相談援助職2年、過ぎました。
最近、自分がやりたいことやしたいことが出来なくて
それが何故かわからなくて
子供たちと自分との境界線がわからなくて
おかしくなっていました。
仕事が休みの先日の土日。
頭がもやもやしてまともに現実世界が理解できなくなりました。
引きこもり
チョコケーキを3つ夜中に作ってテーブルに置き
子供たちに
今日はこれだけ、何も作れないから自分で何とかして。
と言って
朝からテレビでドラマを見たりぼんやりしたり寝たり。
自分でもどうしたらいいかわかりませんでした。
ただチョコケーキが食べたかったので好きなだけ食べれば何か変わるかもと思ったんですが。
ずっと地に足がつかないまま。
本当におかしくなりました。
心の負担がありました。
下の子のキックベースボールです。
サポートで休日が潰れるのが
本当に辛くて。
こんなこともできないなんてひどい親だと思いながら。
仕事と家事で精一杯でその上スポーツのサポートが
本当に辛い。
もう下の子にやめてほしいと本気で思ってしまう程に苦痛です。
言わないようにしていますが
もう察しているでしょう。
下の子ちゃんがやりたいキックベースのサポートをしてあげたいのに。
それが辛い。
自分のバランスが取れない。
キックベースのお陰で遊びにも行けません。
ゆっくり自分の家で過ごすこともできない。
他の子供に、監督さんや地域の人のように興味も持てなくて。
どうしたらいいかパニックになりました。
私は本当に自分勝手な人間です。
一人の休日がどうしても必要なんです。
ストレスが遂に爆発したようにパニックになりました。
思い出したのは子供の頃、妹が交通事故に遭った時。
たくさんの玩具に囲まれて病院にいた妹を母とお見舞いしました。
妹が4歳の時なので私は7歳。
小学校1年生くらい。
それまで私は玩具なんて見たことがなかった。
初めて妹の周りのたくさんのおもちゃを見て大興奮しました。
そして同じ玩具が4つあるのを見つけ
妹ばかりずるい。私、あれがほしい。と言いました。
生まれて初めてのおねだりだったと思います。
その瞬間私は妹に付き添っている親戚に叩かれました。
「妹がこんなめにあっているのに、ひとでなし」
と言われました。
妹は事故で片足が少し変形していたのですが幼い私はそんなことはわかりませんでした。
見舞いの帰り呆然とする私に母が言いました。
「あんなこというんやったらもう連れてけえへんで。」
私はそれを聞いて
私はおねだりしてはいけない、と思いました。
それから妹の入院中も退院してからも、妹がおもちゃで遊ぶのをじっと見ていました。
お人形に小さなレコードを入れるとおしゃべりするお人形。
手足を握ると音のでるお人形。
見たことのないすごい玩具は全て妹のものでした。
妹は足は少し変形したものの
普通に暮らして、靴も履けて、走ることのできるようになっていました。
妹のいないとき、
こっそり妹のおもちゃで遊ぶのが私の楽しみでしたが
妹がそれを見つけて母に言いつけました。
母は妹のおもちゃだから私は遊ぶなと言いました。
私は妹が全然手にも取らないきれいなお人形を欲しいと言いました。
妹は、いいよ、と一度は言ってくれましたが
私がそのお人形を手に取ると、やっぱりだめ、といって取り上げました。
妹はしばらくそのお人形であそんでいましたが飽きたのか
部屋に転がったままでした。
私はそのお人形を見ていましたが
もう手に取ることはしませんでした。
母が怖くて。
私はおねだりしてはいけない、と思いました。
私は私の欲しいものを言ってはいけない、と
確かにそう思ったことを思い出しました。
私は欲しがってはいけない。
私はほしいものを欲しいと言ってはいけない。
頭が割れそうにいたくなりずっと布団にくるまっていました。
下の子が夕食にお弁当を買ってきてくれて
だんなが布団を出て食事をしようと言ってくれましたが
こんな自分が情けなくて恥ずかしくて
布団から出れませんでした。
こんな酷い母親はない。
子供たちに顔向けできない。
そう思いました。
だんながパニックになっている私の話を聞いてくれました。
全く否定せずきいてくれました。
本当にありがたかったです。
一日たち今日は仕事にも行けました。
落ち着きました。
私は小さい頃そんなことがあって
欲しいものを欲しいと言ってはいけないと思い込んでたのか。
それが転じて
やりたいことをやってはいけない、とか
欲しいものを手に入れても嬉しく思えない
そんな想いに繋がっているのかもしれない。
昔に比べたら最近は自分のやりたいことや好きな事が分かるようになってきていた、
でもそれが逆に罪悪感になっていたんだな。
小さい私は欲しいものほしいといってはいけないと思い込んでいるから。
こんな頃のことがつなっがっていたのか。と思いました。
そしてこれからどうする?と今思っています。
まずは。
お正月妹に当時の事故の話を聞いてもいいかもしれないと思いました。
あまり言いたい話ではないと思います。。。
いいたくない、で終わってしまうかも。
でも姉妹なのにそんな話を妹としたことがないのは
何だか違う気がする。
そういえば私の事故の話も
妹にまともにしたことがない。
家族なのに異常だと思いました。
ああ、私異常な家で育ったんだ、と思います。
でもそれを異常だと思える自分に今なれている。
胸がほっとしました。
何だかいらないものを吐き出した気分です。
我儘なわたしだけど
ちょっと視界が広がりました。
キックベースのサポはいやだけど、。。なんだかパニック前ほどではなくなった気がする。
ひとがほんの少し怖くなくなったかも。
私はまだまだ諦めません。