はなまるの花マル日記 -6ページ目

はなまるの花マル日記

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綴ってます

仕事が決まりました


思い起こせば去年の暮れ


12月22日の午後、仕事中にふと思いついて

後ろを振り返り、上司に

「ちょっとだけ今からお時間頂けますか?」

と、切り出し


いつも忙しい上司もめずらしく

「今なら時間あるからいいよ、相談室入ろうか」

と、淡々と事がスムーズに運んでいき、その場で

「辞めます」

と伝え、割とあっさり受け入れられたあの日


え?なんで、そんなあっさりなん?💢

と、逆ギレ的な怒りを感じつつ 笑

(自分から切り出しておいてそれはないわ)


4月末日を目処に退職となりまして…


年明けからぼちぼち仕事探しつつ…


1つ目に受けた会社では、

採用の連絡頂くも、とっさにお断りをしてしまい

(面接の時から自分の中であった違和感が拭えなくて)


2つ目に受けた会社でも

面接に入った際に直感で違うと感じてしまい…

落ちたときには心の中でほっとしてる自分がいて


3つ目に受けた会社


ここに決まりました



ここはメールのやりとりからも

相性の良さを感じた


実際に会社に行ったときにも

なんとなく心地よさを感じた


面接で採用担当の方と会った時には

人柄に魅力を感じた


全てが自分にとって心地よい✨


決して新しい会社ではない

建物も古い

小さな会社



でも、空気の流れがとても良い

あくまでも直感だけど 


何より自分の心が

「ここで働きたい」

と思った


面接から帰ってきた後も、

心がホワッとしてる状態



そこから今日、採用の連絡が来た


もちろん、心から

「ありがとうございます!」



わたしを採用してくれたからには、損はさせません!

しっかり働きます


そして、会社のエネルギーをプラスに循環させて

お金のエネルギーを循環させます!


その循環させたお金をわたしも頂きます!


みんなが気持ちよく過ごせるよう

サポートしていきたい所存です


そんな気持ちでいっぱいです


そう思える会社に出会えた事が幸せ  

人も物も出来事も

出会いは奇跡


すべてはタイミング


そう実感した日でした




わたし、今まで自分から繋がり合おうとしたことなかったかも…

何に繋がるかって?


SNS


なんでだろ?

自分と相手だけじゃなく、知らないところで繋がってるのが若干不安で、その広がり方にイマイチ慣れなくて…


直接はガンガンいけるくせに 笑

(要は人見知りあんまりしない)



だから、TwitterとかInstagramとか

あえて繋がり合うみたいなのが正直苦手で


このアメブロだと、

あくまでも自分の独り言、呟きみたいな感じで

見たい人は見てちょうだい⭐️

みたいな日記感が楽で続けてきてる



でも、今日、

勇気を出してアクション起こした!


なんか、今ならみんなの温かさと繋がれそうな気がして…


⭐️Twitter再開してみた!


⭐️そして、ネオスピのみんなをフォローした!


ほんとにポチっとするまではなかなか勇気いったけど

思い切ってポチったよー!



なんか、自分が苦手なことをクリアした達成感⭐️



おそらく、まだまだ使い方分からないから、

みんなより一歩も二歩も出遅れるだろうけど、わたしなりに進めていきまーす!



いいね!してくれたみなさん、

ありがとーーー🧡

昨日、久々に大切な友達と顔を合わせてお話した


最近、お母さんを亡くした友達



ずっとずっと気にしてた

今は声をかけたくてもかけられない…


ただ待つということもやさしさ


でも、少しでも早く深い悲しみから抜け出して欲しいという願い



自分がお父さんを亡くした時に、誰とも話したくなったから、正直そっとしておいてっていう思いだったから、余計に触れられない



昨日、精一杯だろうけど、その子の笑顔が見れた

その子からわたしに声をかけてくれた


もうそれだけで、充分

その子からの愛を感じた


絶対まだまだつらいはず…

でも、おそらくその子のわたしに対する思いやりから声をかけてくれたんだと思うと、もう愛でしかない


そんな彼女に、わたしも愛が込み上げてくる



まだまだ悲しみは込み上げてくるけど、

抜け出せる日がいつか必ずくる


悲しみが感謝に変わる日がくる


そう、心の中でその子に伝えて

昨日の夜、眠りについた



わたし、今まで漠然と

この地球のすべてを愛で包むぞー!って意気込んでたけど、


そうじゃない



今世、この地球で人間に生まれてくることができて

一生のうちに出会える人は限られてる



ましてや、身近にいる人たちはほんのひと握り


そのひと握りの人たちの幸せを願う


愛を注ぐ



もうそれで充分、

わたしの生きてる価値はある



世の中、みんなそれぞれが

自分の周りにいるひと握りの人たちに愛を注げば


全体が愛で潤う



愛の使い方ってそれで充分なんだと思う


もちろん、自分にも愛を注いでね⭐️



地球をよくするために、鼻息鳴らしてたけど、

もっと肩の力を抜いてリラックスしていこう🍀

と思えた出来事でした



やっぱり宇宙って完璧だわ















その友達のお母さんが、亡くなってしまったことはもちろん悲しいし、寂しいんだけど、


そのお母さん自身は本来の魂に戻っただけ
肉体がなくなっただけ
ちゃんといる

これが宇宙の法則

だから、旅立った本人に対しては寂しさは感じるけど、本当に旅立ったと感じるから、涙は出ない

それよりも、
残された家族の悲しさや寂しさ、
もっと生きていたかったであろうお母さん自身のことを思うと募る切なさ、
その想いが痛いほどよく分かるから
その想いを感じて、泣けてしまった


本当につらい
悲しい
切ない
苦しい


でも、必ずその深い悲しみから抜け出せる日はくる

しばらくはその季節が切なく感じるし、
その月がその日が、深い悲しみの日に刻まれるけれど、必ず彩りが変わってくる

経験してるから言えること

これは経験してない人にしか分からない

このブログでもずっと綴ってきた
書くことで、自分の気持ちと向き合って
乗り越えてきた


気がつけば、
子供が寝静まった後に泣かない夜が訪れた
そんな夜が2日続くようになった
この子になら、という友達と連絡するようになり
会って話を聞いてもらおうと思えるようになった
空にあるお父さんに涙声でなく、普通の声で話しかけられるようになった

しばらくすると、
子供が寝静まった夜に泣かない日のほうが多くなっていった
友達4人揃って会うことができた

そうやって、少しずつ少しずつ、
自分の気持ちに変化が訪れていった


最後に残った気持ちは

悲しみや寂しさや切なさを超えた

ありがとうという感謝の気持ち


本当に本当に心の中に今までもずっと変わらず
ある想い


これを経験するために
地球に人間として生まれた意味があるのかな…


大切な人を亡くしてしまった人へ

日常があるから、無理矢理、笑顔を作るときもあるし、やらなければならないこともある
そんな日常があるから、逆に助けられるときもある

でも…
ひとりの時間が深い悲しみに覆われて抜け出せなくなる
寝る時に涙が止まらなくなる
あの時にああしていれば、こうしていればと後悔してしまうこともある

でも、すべてその時の最善だった

できる限り、しっかり悲しみと向き合って、
自分の悲しみを感じてください

わたしは人に頼れない人だったから
ひたすらひとりで泣き続けたけど、
誰かに頼って、思いっきり泣いてもいい

悲しみは
心に押し込めないで、思いっきり外に出して
絶対に見て見ぬふりはしないで


そしたら、必ず悲しみから抜け出せる日はやってきます


お父さんが亡くなってもうすぐ8年


今のわたしが伝えられるメッセージです







昨日、大切な友達からひとつの連絡が来た

3/29にお母さんが旅立ったよ
最後は苦しまずに逝ったみたい
また気持ちが落ち着いたら話聞いてね


わたしは、実は人が死ぬということにあまり悲しみを持たない

いや、持たなくなった


お父さんが旅立ったことをきっかけに


でも、わたしだって、泣かなかったわけじゃない

2013年6月5日、お父さんは旅立った

お葬式が終わって、いろんなやりとりがひと段落したときには、もう夜だろうが昼間だろうが、ひとりになると涙が溢れて止まらなくなる日々

仲の良い友達ほど会いたくなくて、連絡もしなかった
向こうも気を遣ってしてこない

お父さんが亡くなったことを知らない人と会ってるほうが気が楽な日々


でも、お父さんが亡くなったことで死への恐怖がなくなった

自分も死んだ時にはまたお父さんに会える

そう思うと、死ぬこともひとつの目標になった
(言い方が悪いけど、簡単に言うとこんな感じ)


2019年、お父さんのことを話題にしても涙が込み上げなくなってきた頃、
宇宙の法則のことを知った

人は亡くなっても、死なない
魂は生きてる
ただ、人間として終わらせただけ
肉体を脱いだだけ

これが妙にしっくりきて、
自分の中で真実のひとつとなる


もちろん、お母さんを亡くした友達にこのことは話せない
訳の分からないことだと思われるから

【つづく】