その中で、通る度にいろいろなことを思い出す道はありませんか?
わたしはあります。
その中でも、“切なくなる道”を今日は通った。
その道は、我が家からお父さんが闘病中に通っていた病院までの道のり。
抗がん剤治療のために月に一回、2泊3日の入院をしていたときに送り迎えしたり。
最期を迎える前に入院していたときに、毎日顔を出すために通ったり。
お父さんと車の中で水入らずで過ごした道のり。
約4年間の思い出が詰まってる。
午前中に通るときは、抗がん剤治療に向かうお父さんと、今回は良い部屋だと良いねぇ、コンビニで何買ってく?とたわいもない話をしていたことを思い出すし、
午後に通るときには、抗がん剤治療を終えたお父さんを迎えに行った帰り道の入院生活の話を聞いて、帰りにうどん屋さんに入ったりしたことを思い出す。
夜に通るときは…
お父さんがいよいよ…とお母さんから呼び出され、いろんな思いが募りながら運転したあの日を思い出す。
というか、忘れられない。
定期検査のときは、お父さんはひとりで行っていた。
そのときはどんな気持ちで運転していたんだろう…。
ある人にとっては、ただの通勤の道のりだろうし、
またある人にとっては、一度しか通らない道のりだろう。
でも、わたしにとっては、とっても切ない道のりだ。
今日もそんなことを思い出しながら運転した。
逆も然りで、わたしにとってはただの通勤の道が、ある人にとっては忘れられない道だったりするんだろうなぁ。
5月の日差しは、残された中でお父さんと過ごした穏やかな時間を思い出すし、
6月の夜風のにおいは、毎日泣いていたあの頃を思い出すし、
7月の暑さは、石塔にお父さんが刻み込まれた文字を見たあの気持ちを思い出す。
道だけじゃなく
その時の景色
その時の空
瞬間の時間
その時のにおい
思い出させるスイッチはいくらでもある。
そのスイッチは
たまにポチッと入って、
こころの奥にしまってある悲しみや寂しさを認めることができるスイッチ。
普段は隠しているけど、
認めるって大事。
このスイッチはわたしが生きていくうえで必要なスイッチです。




