6月5日はお父さんの命日。でした。
あれから4年。
お母さんと、姉とわたしでお墓参りしたあと、
お父さんの大好きだったうなぎを食べに行き、
(と、言いつつわたしたちも大好き(笑))
家でゆっくりお茶をしていると…
もっぱら子育ての話になり…
お姉ちゃんは、息子2人。
しかも、21歳と高校二年生。
うちと性別も違えば、歳も違う。
めっきり子育ても落ち着いているものと思いきや…
「いやいや!いまだに、もう情けなくて、やってられないって思うよ。」
って。
お母さんは、
「母親ならば、子育てしていて、1人で涙流すことは絶対にある」
って。
お姉ちゃんも子育てには苦労してきた。
はっきりいって、母親1人で息子2人を育ててきたようなもん。
ほんとに、身内でもよくやってきたな、と尊敬するぐらい。
でも、息子はそんなことはつゆ知らず、
まるで1人で育ったような顔でいるから、
やるせなくなったりする。
って、言ってて。
そしたら、お母さんがまた一言。
「いいじゃない。やるだけのことはやったなら」
子供が成長したときに、
「あのとき、ああしていれば」
「あのとき、こうしていれば」
っていう思いがあると、ほんとに後悔するけど、
振り返ったときに
「あれもやったし、これもやった。やり残したことはない。」
それでも、結果がこうだっただけ。
やるだけのことはやったという思いがあれば、
それ以上はないんだから。
って。
そうか。
今までのわたしは、子育てに結果ばかり求めて、
これをやってるのに、結果が出ない。
あれをしているのに、たいして変わらない。
なにをやったら変わるんだろう。
そんなことばかり思ってた。
結果ばかり求めてた。
違うんだ。
子供も1人の人間。
思うようにはならない。当たり前。
だとしたら、
決して投げ出さずに、
ちゃんと向き合うことさえ、心がけていれば、
親としての務めは果たせているのだな、と。
結果はどうであれ。ね。
そう思ったら、
今、はなこやまるこにしていることも、
無駄ではないし、
あまり変化がなくても、ガッカリすることもない。
ちょっと心が軽くなった。
こんな風にゆっくり話したのは
久しぶりだったから、
お父さんに感謝だな。
子供たちを変える前に
自分の気持ちを変えよう。
5月がやってきた。
お父さんが亡くなって、
もうすぐ4年。
普段の生活は、ほぼ泣かずに過ごせるようになった。
(泣いてる余裕もないし(笑))
お父さんとの思い出話を普通に出来るようになった。
孫とおじいちゃんの光景を見ても、切なくならなくなった。
でも、5月の空気感を身体で感じると、
あの病室に通った毎日のことを思い出してしまう。
5月だけは、
完全に後戻りしてしまう。
当然だけど、悲しみは一生なくならないんだ。
と、思い知る。
きっと、お母さんもそうだと思う。
お姉ちゃんだって。
あの4年前の5月の1ヶ月。
鮮明に焼き付いてる記憶、感情、覚悟。
これは、もう薄まることはないんだろうな。
で、思った。
5月くらい、元気がなくてもいいじゃん。
5月くらい、あの時を振り返って、心が弱くなったっていいじゃん。
弱い自分を無理やり奮い立たせなくたったいいじゃん。
空のお父さんに手を伸ばしたっていいじゃん。
だって、今のわたしには、
こういう形でしか、お父さんを頼ることができないんだから。
はーーー!
子供たちが学校行ってる間に、
お母さんが出かけてる間に、
思いっきり泣いて、ちょっとスッキリした!
弱い自分、受け入れよう。
今は空のお父さんに頼ろう。
で、来月にはまた前に進むんだ。




