あの頃、スリーラインとリーゼント。 -13ページ目

スーパーカー


あの頃、スリーラインとリーゼント。


うちのまぁまぁ近所に「サーキットの狼ミュージアム」なるものが今年の春頃オープンしました。

グランドオープンに先駆けてお披露目会のようなものがあり、お招きいただいたので行ってきました。

って、半年以上前じゃん!!とゆうのはシカトして。

あの頃、スリーラインとリーゼント。

いわゆる”スーパーカー”と呼ばれる70’~80’のヨーロッパの名車ずらりきらきら



あの頃、スリーラインとリーゼント。


ランボルギーニミウラ!! 奥はフェラーリ悔し泣き
あの頃、スリーラインとリーゼント。


ちっちゃい頃憧れてたなぁ~ ホントシャコタンでカッコいいよね~ちゅ
あの頃、スリーラインとリーゼント。



ちっちゃい頃憧れてたなぁ~ 汗ホント男前でかっこいいよね~泣ってオイえ
あの頃、スリーラインとリーゼント。


ちっちゃい頃憧れてたなぁ~ 汗ってオイオイえ?
・・・・?・・・?・・?・???も、もりたさん・・
あの頃、スリーラインとリーゼント。


今や、わが千葉県の行政のボス森田健作氏が知事選の真っ只中挨拶に訪れていた。
あの頃、スリーラインとリーゼント。


知事になるホントちょこっと前の俺は男だ!!氏。

バッキリ握手して一緒に撮ってもらったのだけれども、写真を頼んだ女子がスットコドッコイで・・・

近すぎるよ!!


千葉県良くなるようにがんばってネハート


ちなみに永ちゃんとタメ歳。



 池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム http://www.ookami-museum.com/index.php



トランポトランポランランラン

最近は永ちゃんのコンサートへ行った時には写真撮ったりするのだけれども

昔はあんまり撮らなかったなううっ... 

その当時、携帯電話にカメラ機能などなかったし「写ルンです」とかわざわざ買ってまでってのもあまりなくて大体が誰かが写してくれたのを後でもらうって感じだったかな・・・・

なんか今思うとホント大切なメモリーがモッタイナイガクリ


で、探してみたら出てきた~!!



「Eikichi Yazawa concert tour 1997 YES,E」なつかしぃぃ~にこ

アルバム『YES』が出た時、Yazawa.Eikichi,Style って洒落た事いってた人がいたなはっ

トランポ全体を写してないのが残念ですが。。

会場は多分、横アリだったと思う・・・・

あの頃、スリーラインとリーゼント。


で、反対側はこーなってました音符
あの頃、スリーラインとリーゼント。
なんとゆう跳躍力!!

今から12年前はこんなに跳ねれたのですね。。若いってイイなハート


で、自分の反対側はこーなってました溜め息
あの頃、スリーラインとリーゼント。

若いってイイな*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆





よこすか芸術劇場

あの頃、スリーラインとリーゼント。


時系列めちゃくちゃですが・・・

11/9(月)よこすか行ってまいりました。

東京ドーム以来の通常のツアーとしては初参戦!!


ニューアルバム『ROCK'N'ROLL』聞き込んでいかないと辛いですよ・・ハイ。

セットリストは・・・

1・トレジャ-・ハンタ-
2・BROTHER!
3・未来をかさねて
4・小悪魔ハニ-ビ-
5・KISS KISS KISS
6・チャイナタウン
7・TAKE IT TIME
8・Loser
9・Lady・バッカス
10・FLESH AND BLOOD
11・君と・・・
12・あの日、アイツに
13・雨に打たれて
14・オイ、そこの Friend
15・Sweet Rock’n’Roll
16・安物の時計
17・通りすがりの恋
18・ディスコティック
19・スタイナー~逃亡者
20・ひとりぼっちのハイウェイ
アンコ-ル
21・コバルトの空
22・ルイジアンナ
23・止まらないHa~ha


宣言どうり全曲ぶち込んできたのだけれども自分結構今回のアルバムヘビロテ気味に聞き込んでるんで

バッキリ楽しめた:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
あの頃、スリーラインとリーゼント。

やっぱこういった小ホールもいいなっ!!

どっからみても永ちゃん結構よくみえるもんね~


5年前にも行っているのだけれども当時は会場近くのアメリカによくありそうなバーで一杯ひっかけてから行ってたなぁ。

飲む前にお金払うってシステムが分からなくてこっぱずかしい思いをしたもんです。

時は流れて・・・今は禁酒ですもんねっじゅる・・

MCもなかなか面白かった!!すべらんなぁ~と思ったよ。

耕運機乗ってきたファンが昔はいた!!とか。

横須賀の米軍基地からアメリカへ渡ろうとして訪ねていったとか。

結構機嫌よさそうだったキャハハ


で、今回のトランポなかなか派手!!
あの頃、スリーラインとリーゼント。

自分の携帯、旧式なので写り悪っ!!

デジカメもってきゃよかったo(-。-;)


本当は次の日の神奈川県民も行く予定だったのだけれども・・・・

仕事の都合で行けなくなってしまいました・°・(ノД`)・°・



 矢沢永吉考察論


成りあがり―矢沢永吉激論集 (角川文庫 緑 483-1)/矢沢 永吉
¥525
Amazon.co.jp




『E、YAZAWA Rock』

ちょっと見ずらいのですが・・・


丸の内TOEIに行ってきました


あの頃、スリーラインとリーゼント。

もちのろんですが『E,YAZAWA Rock』です。

勤労感謝の日・・3連休の最後の日とあってなかなか盛況でした。

15時からの回だったのだけれども完全入れ替え制でしたので映画館の外には矢沢ファンが百数十人程溢れており、道行く通りすがりの人々が何事??といった感じ。

映画館の上ほどに掲げられたパネルを確認し「あぁ~矢沢かぁ~」と妙に納得する人多し。


誤解のないよう言っておきますが、カラースーツ着たりビーチタオルを肩にかけたりなんてファンはいなかったですよ。ただ、雰囲気で解かるンでしょうね。



本編が始まる前のこれから上映予定の映画予告がとにかく長いのなんの!

時計見たらバッキリ15分やっていた!かるくイラッと来たよっ。

そろそろかな~?ってときにワンピースでさらに!!場内からため息がチラホラ・・・


映画の内容はとゆうと・・・主に「THE REAL」ツアー前人未踏の武道館」100回公演、その前後のインタビューやバックショット~今年のドーム公演まで。

映画の副題に1979→2009とあるのだけれども古いレアな映像はほとんどナシ。レアとゆう意味でね。

そこいら辺が不満ではあるのだけれども、ここ何年か永ちゃんが言ってる・トラバスのイントロでも歌ってるように

「THANK YOU ROCK'N ROLL」~ロックンロールに感謝しようゼ~なのであるからしてOKでしょっ。


上映後に誰からともなく拍手が起きたのだけれども、自身映画観に行って自分が拍手したのも聞いたのも初めてでした。誤解を恐れずに言うならば・・さすが矢沢ファンの為の映画といったとこだろうか?
あの頃、スリーラインとリーゼント。


ネタばれですが最後のほうで永ちゃんがダイアモンドムーンにてドライマティー二(オリーブが入ってたしよく飲むらしいから多分)飲みながらインタビューを受け答えして、ちょっとほろ酔い加減になるのだけれども

2Fの写真がいっぱい貼ってあるウィンドゥの前に場所を移し懐かしい写真を眺める・・・きっとそこにはナニクソっと思い成りあがってやる!と唇を噛んだ昔の自分、ソロになって自分を模索していた頃の仲間、とにかく突っ走ってきた日々が映っていたんじゃないかな?

在りし日の西岡恭蔵、ドゥービーのキース、幼い頃のYOKOの写真に目を細める。や、やばい・・・・

そしてポツリと「ほんとうに俺は色んな人と交わって色んな人に愛されてきたんだな・・・・」と。

涙してしまいました。

青春時代から今現在に至るまで人生の大半を永ちゃんとともに過ごしてきたので、自分も色々思い出しちゃいました・・・・A・DAY


  矢沢永吉考察論




adidas 2002 FIFA日韓ワールドカップジャージ

あの頃、スリーラインとリーゼント。

カッコいいですね~!!

この他にも、色違いのブルー スタジャン仕様の展開があったのかな?

バックは日本での試合開催地の表記、フロントにはJFAヤタガラスのワッペン、左袖にワンポイントで日の丸。


実はこのジャージが自分のADIDASジャージへのめり込む一因となった記念すべき?一枚なのです。

多分、一般的に人気が高かったのはブルーの方だと思います。

ブルーの方が、やっぱりジャパンのイメージカラーですしジャージ!!!って感じなんですよね。

こちらの黒は、逆にADIDASのジャージらしくない・・・みたいな。


ブルーのも以前もっていたのだけれども、ある日居酒屋で飲んでいたとき何かのサッカー代表戦がTV中継であったのだけれども試合終了後に日本代表が勝った時に酔っ払ってたのと嬉しいのと気分がいいのと三重奏で友情ジャージ※でどっかに行ってしまった・・・あぁ後悔・・・


※サッカーの試合後に健闘を讃え合いジャージ交換するのをまねて友情を讃えあい衣類等を交換する行為を総して自分は勝手にそう呼んでいます。


この後失ってしまったブルージャージを探しているうちにあれこれ買い込んでしまい、現所持で50着以上、あげちゃったり売っちゃったの含めたら70~80着前後はいってしまうかもになってしまいました。ヤバイヤバイ・・・なジャージ。


キャロルとは何だったのか? ミスターロケンロー内田裕也の巻

あの頃、スリーラインとリーゼント。

キャロルはデビュー前にフジTVの『リヴヤング』に出たのがきっかけで当時フリーのプロデューサーだった

ミッキーカーチスの目にとまりメジャーデビューを果たすのだけれども・・・

『成りあがり』や『暴力青春』、『キャロル夜明け前』等、そこらへんの記述にくわしく・・・

が、しかしホントに興味深いのは内田裕也との関係だったりする自分的には。


なんつったかなぁ~昔、名前や内容はうろ覚えなんだけれどもフジTVの日曜の朝の番組に内田裕也が出てたんだけれども「矢沢がどぉ~しても、是非とも僕らのプロデュースして下さい!お願いします!!ってゆうもんだからしょーがねーなって訳で渋々OKしたんだけど、後になってやっぱりさっきの話は無しって事でお願いしますっ!すいません!!て詫び入れにきたんだけど・・・冗談じゃねーぞお前らから頼んできたくせにコノヤロウ~アタマ来たからぶん殴ってやったんだよ~でも、ちゃんと筋を通しにきた矢沢は偉いよ」みたいな事を言ってた。

やっぱりなんの本で読んだか忘れちゃったんだけれども、あの運命の『リヴヤング』の収録前にキャロルと内田裕也は初対面していた・・・・これは自分の憶測の域は出ないのだけれども、当時ハッタリイケイケだった永ちゃんが【オイオイオイ!やばいよ!内田裕也じゃん!ジョニー俺ちょっと行ってさ、俺らのプロデュースバッキリやってもらえるようナシつけてくるよ!】みたいな・・・・永ちゃんの熱意に負けて内田裕也渋々OK。が、しかし番組終了後ミッキーからの誘いを受け【ワォ!やばいよジョニー!ミッキーさんてゆったらメジャーじゃん!!】天秤に架けたのちブルジョアミッキーを選びましたとさ・・・・こんな感じではなかろうか?  だとしたら・・・そりゃぶん殴られて当然ですな。


以降、内田裕也主催のステージに多く出演したそうですがチョコチョコ揉めたらしい・・・それというのもヘリに乗って登場したい!とか腹に爆竹しこんで登場とか・・・なんとも訳がわからないぶっ飛んだ永ちゃんらしいエピソードをどこかで聞いた覚えがあるのだけれども、映画『お受験』の公開の頃、内田裕也がなにかの映画の挨拶だかPRでTVに出てて「矢沢が映画の主演やって頑張ってんでこっちも負けずに頑張りますヨロシク!!」っての見た時ちょっと嬉しかったな!


矢沢永吉考察論

キャロルとは何だったのか?

あの頃、スリーラインとリーゼント。

1972年8月15日 キャロル結成。

同年、12月25日 シングル『ルイジアンナ』発売。(暴力青春だと)

グループ名キャロルにちなんで?X'masイヴに発売イベントだった??

1975年4月13日 解散。

レコードデビューからわずか、約2年半という短い活動期間だったが当時フォークソング全盛の時代に突如として現れ”ROCK'N ROLL”の彗星のごとく鮮烈なイメージを残し駆け抜けた伝説のバンド。


絶対的にワンマンでダンプカーのような永ちゃん。

素晴らしい才能とともにガラスのようなナイーブさをもちあわせたジョニー。

ルックスには反し?意外と努力家なウッチャン。

キャロルのメンバー随一のテクニシャンなんだけどな・・・なユウ。


リーダーだった舘ひろし、当時メンバーでサブの岩城洸一などで構成されたバイクチーム”COOLS”が、ローリングストーンズの親衛隊だったヘルスエンジェルスことヨロシク、キャロルの親衛隊を務めていた


自分のキャロルイメージはパッて言うとこんな感じだろうか?


矢沢永吉考察論

MEXICO トラックトップ

梅吉のブログ

派手!!バックプリントのインパクトがゴイスーな一品。

MEXICOの文字は刺繍で着た感じ結構ズシリときます。

ほいでフロントジッパーはゴールド・・・・ホント派手すぎて一度も着て出かけたことないな。

自分がメキシコ人だったら2,3回は着てタコス喰いにいったかも・・・なジャージ。

今週末

http://www.rock-yazawa.com/ 詳しくはこちら 梅吉のブログ

ブリテンジャージ

梅吉のブログ

国旗のなびいてないデサント社製。

生地薄っペらい。

何のシリーズなんだろうか?

オッ!?と思って購入したがあんまり着ないな・・・ジャージ。