まず、大金ができた時に、山銀が、私でなく、家族に預金通帳を渡したこと。私は、その頃、大楽先生以外の人が、好きだったのと、親と泉原が、三年病院から出れなくなったこと。病院には、医療保護入院があったので、泉原と家族の利害が一致するので、入院が恐ろしくて、銀行に聞けなかったこと。それで、母が老人ホームに3年前に入ったから、不安が消えて18年後に、山銀にお金がないかと聞いた。その時、愛命会の太田病院に勤めといる、杉岡裕子の親で叔母の、林節子がいらんことをするなと言った。成年後見人もだめ、保佐人に、財産調査を頼むと、山銀が、10年間の取り引きしか、開示できないと開き直る、困ったものです。