知人のお花見に参加した。
私とは生きる世界がちがう人の集いだった。
時間が長く感じた。
私がそう感じたと同じように、私以外のすべての人もそう感じただろう。
そして、異物があることにやりにくさすら感じただろう。
その場にいたある人が”イジメ”について話し出した
「いじめは、自分たちが生きる上で集団の存続が脅かされる、危機を感じた防衛反応なのだ」と。
「いじめる側は、その違和感(異物)を排除して、自分たちを守らなければならない本能がそおなわているのだ」と。
今の私のことだなと。知らんけど。
とにかく
今回わかったことは、人生に出会いはたくさんある
その中で、分かり合える人に出会えることはすばらしいことだ。
そして、今回のお花見には私の場所はない。いらない。
お花見の会は素晴らしくすてきだった。のだろう。
同じ人間だけど
世界のちがう人々が話している会話は
不思議なことに私の耳には雑音であり
言語として耳に入ってこないことがあった。
うるさかった。
私は、そのような人になりたくてもなることはできないだろう。なる努力もしないだろう。
なりたくない。
かがみだから、私もそう思われていることだろう。
たまに、世界が違うが、惹かれることもある。
それもまた、おもしろい。
わたしが好きな人達の存在は、あたりまえではない。
ありがとう。謝謝。
自分を信じて。
自信を。
明日から、2022年度スタート。