どうもはなきこです
ワタクシこういう者です
まずは今日の一曲
聴きながらでも読んでください
時に私が書いてる時のテンションを
追体験できたりします
先日アメリカで
愛犬が現金58万円を食べてしまい
飼い主がうんこから札を掘り出した
という話を見た
わかる
言いたい事はわかる
だが冷静に想像してみてほしい
便器に向かって神妙な面持ちで札を探す中年
口元にはハンカチ
目元には諦め
それでも嗅覚は全集中
全力でのお引き出しだ
しかしこれは
“価値”の本質を問いかける話でもある
人間が鼻をつまみながらまで
拾いたくなるモノとは何か
飼い犬が食った紙切れ一枚が
うんこから出てきた瞬間に
価値を持ち、金に戻る
これは錬金術だ
言うなれば糞錬金術
カネは人の信用によって
その価値が成り立っている
場合によってはうんこそのものが
カネに代わる価値をもつ可能性を
一瞬でも生んだ貴重な瞬間だ
しかもこの飼い主
全部は取り戻せなかったらしい
トイレットペーパーより大事な紙が
流されていく光景
飼い主は
それでも犬を責めなかったという
これが猫なら勝手にしろとなるかもだが
犬って悪いことした…ごめんって顔するもんな
つまりこの話の本質は
「許せるうんこ」と「許せないうんこ」
の境界線なんだろう
人生には色んなうんこがある
自分でこさえたのもあれば
他人が残していったのもある
でもそれをちゃんと処理するのが
大人ってもんやで工藤セヤカテ
飼い主よ
君は尊いぞ
君こそ、真の紙幣救助隊である
