月が満ちるまで 番外・夏の宵
夏休みに入ってからも暑い日が続いている。
おかげで寝る頃になっても暑い。クーラーの苦手なおばあちゃんと家で一番涼しい居間で網戸にして扇風機をかけて寝ることにしている。
庭先に朝顔を這わせた日よけは、夕方にくれた水で生き生きとしている。
ひと雨くるなら涼しくなるのに、夕立はなかった。
テーブルを端に寄せて布団を敷くのが、わたしの役目で、その間におばあちゃんが氷まくらを作ってくれる。茶色の氷まくらに氷と、水を入れて大きなクリップで留める。くるりとタオルを巻けばできあがり。
わたしが赤ん坊の時から活躍しているのに、一向に痛まない。ゴムが切れたらゼリー状の氷まくらにしようと言っているのに、長持ちだ。
わたしが布団を敷くと、風花の分と言って氷まくらをもらう。
「今日も暑かったね」
用意したのは、夏用の上掛けと毛布。わかっているおばあちゃんは、何も言わない。
わたしは、毛布がないと安心できない。
スヌーピーに出てくるライナスみたいだけれど、寝る時に畳んで顔のそばにあるか、お腹にかける。
母親を早くに亡くしたわたしには、毛布の包みこむぬくもりが母親がわりだった。
保育園の片隅でお迎えを待っている間の友達。
泣きながら部屋にもいかずにいたわたしに、おばあちゃんがくれたのが毛布だった。
くるりと体を包んで、
『もう大丈夫』
そう言った。悲しい気持ちは無くなったりしなかったけど、包まれたぬくもりで、ほんの少し涙が減った。
そしてわたしが泣くと、魔法のように毛布で包んでくれた。
いつしか悲しいことがあると自分から毛布に包まるようになった。
あたたかな
お母さんのような
お腹にいた時のように
安心するのかもしれない…
大きくなっても、暑くても、それは変わらない。
多分、これからも変わることはない。
蚊取り線香から昇る煙りが、部屋を漂っていく。
「もう寝ようか」
「そうねぇ、電気消して」
伸びあがって、スイッチを引く。はだしの足には畳の感触がある。
幾夏を過ごし、幾夏を過ごせるのか。
太りことができずに…でも痩せ衰えるでもなく、歳を重ねた体がある。
「さて寝ようかね」
「なんか話をしようよ、おばあちゃん」
わずかな風に風鈴が音をたてる。
おかげで寝る頃になっても暑い。クーラーの苦手なおばあちゃんと家で一番涼しい居間で網戸にして扇風機をかけて寝ることにしている。
庭先に朝顔を這わせた日よけは、夕方にくれた水で生き生きとしている。
ひと雨くるなら涼しくなるのに、夕立はなかった。
テーブルを端に寄せて布団を敷くのが、わたしの役目で、その間におばあちゃんが氷まくらを作ってくれる。茶色の氷まくらに氷と、水を入れて大きなクリップで留める。くるりとタオルを巻けばできあがり。
わたしが赤ん坊の時から活躍しているのに、一向に痛まない。ゴムが切れたらゼリー状の氷まくらにしようと言っているのに、長持ちだ。
わたしが布団を敷くと、風花の分と言って氷まくらをもらう。
「今日も暑かったね」
用意したのは、夏用の上掛けと毛布。わかっているおばあちゃんは、何も言わない。
わたしは、毛布がないと安心できない。
スヌーピーに出てくるライナスみたいだけれど、寝る時に畳んで顔のそばにあるか、お腹にかける。
母親を早くに亡くしたわたしには、毛布の包みこむぬくもりが母親がわりだった。
保育園の片隅でお迎えを待っている間の友達。
泣きながら部屋にもいかずにいたわたしに、おばあちゃんがくれたのが毛布だった。
くるりと体を包んで、
『もう大丈夫』
そう言った。悲しい気持ちは無くなったりしなかったけど、包まれたぬくもりで、ほんの少し涙が減った。
そしてわたしが泣くと、魔法のように毛布で包んでくれた。
いつしか悲しいことがあると自分から毛布に包まるようになった。
あたたかな
お母さんのような
お腹にいた時のように
安心するのかもしれない…
大きくなっても、暑くても、それは変わらない。
多分、これからも変わることはない。
蚊取り線香から昇る煙りが、部屋を漂っていく。
「もう寝ようか」
「そうねぇ、電気消して」
伸びあがって、スイッチを引く。はだしの足には畳の感触がある。
幾夏を過ごし、幾夏を過ごせるのか。
太りことができずに…でも痩せ衰えるでもなく、歳を重ねた体がある。
「さて寝ようかね」
「なんか話をしようよ、おばあちゃん」
わずかな風に風鈴が音をたてる。
誰かのために
誰かのために
生きているわけじゃないから
辛いことがあると
くじけてしまうけれど
誰かのために
生きているわけじゃないけど
隣の誰かが笑ってくれるだけで
存在を許される気がする
ここにいてもいいのかと
ほっと息をつく
誰かのためは
自分のためで
もらった笑顔で自分も笑顔になるように
誰かのためじゃなくても
自分のためにしたことで
どこかの誰かが笑顔になるような
そんな生き方ができたらいいね
幸せの形はたくさんあるけど
笑顔はひとつだから
笑えたら幸せなんだと思う
人を笑顔にできるのは
幸せを作り出しているんだね
大好きな君はいつも
みんなを笑顔にしているね
生きているわけじゃないから
辛いことがあると
くじけてしまうけれど
誰かのために
生きているわけじゃないけど
隣の誰かが笑ってくれるだけで
存在を許される気がする
ここにいてもいいのかと
ほっと息をつく
誰かのためは
自分のためで
もらった笑顔で自分も笑顔になるように
誰かのためじゃなくても
自分のためにしたことで
どこかの誰かが笑顔になるような
そんな生き方ができたらいいね
幸せの形はたくさんあるけど
笑顔はひとつだから
笑えたら幸せなんだと思う
人を笑顔にできるのは
幸せを作り出しているんだね
大好きな君はいつも
みんなを笑顔にしているね
FULL MOON 28
遠くから明かりが認められる。畜舎には煌々と明かりが灯り、人の気配がある。
黒い体毛の牛が畜舎にひしめいている。
苦しげな息づかい。熱を発して、腫瘍の浮き出た鼻。いらいらと蹄が床を打つ。
あぁ、これが…
感染力の強い菌ではあるけれど、消毒のための薬品は海外に買い漁られてしまっていて、拡散防止の消毒ですら手をこまねいている。
家庭用の消毒薬や石灰の撒かれた敷地。
畜舎にいる男性は、一頭、一頭背を撫で、冷たい水を桶に満たしていく。
まるで独り言のように言葉をかけていく。
「熱いだろう、苦しいか。水でも飲め」
ため息をつき、目元をぬぐいながら、それでも次の牛へと移っていく。
「明日、旨いやつやるから…もう取っといたって無駄だしな…だからうんと喰えよ」
家畜の殺処分だ。
ここは感染した牛の出た畜舎だ。
「俺、明日からどうしたらいいんだろ…」
うなだれ座り込む。
それを見る牛の瞳は丸くて長いまつげが縁取っている。
何でも知っている目だ。
「何でウチなんだろ…俺が何したって……」
カツカツと蹄が鳴る。熱い息の下で、丸い目が見ている。
「お前だってさ、無駄に死にたくないだろう?俺が育てた牛がさ、ウマイって言ってもらえるのが、嬉しかったんだ…」
ふるふると頭を左右に振る。
「………ごめんなぁ、黒太………」
牛は低く鳴いた。まるで慰めているみたいに。
ひっそりと窓から覗いていた俺に黒猫が言う。
「あのさ、牛って食べられるまで何年かかると思う?」
「何年?一年とかじゃなく?」
「そう。一年とかじゃないの」
「三年…とか?」
「ブー。二年かかるの。豚なら半年、鶏なら55日だから長いでしょ」
「うん…」
二年の重み…飼料をやって昼夜問わず世話をして…声をかけて
それが無駄になる。
助けられるなら、助けたいだろう。
黒い体毛の牛が畜舎にひしめいている。
苦しげな息づかい。熱を発して、腫瘍の浮き出た鼻。いらいらと蹄が床を打つ。
あぁ、これが…
感染力の強い菌ではあるけれど、消毒のための薬品は海外に買い漁られてしまっていて、拡散防止の消毒ですら手をこまねいている。
家庭用の消毒薬や石灰の撒かれた敷地。
畜舎にいる男性は、一頭、一頭背を撫で、冷たい水を桶に満たしていく。
まるで独り言のように言葉をかけていく。
「熱いだろう、苦しいか。水でも飲め」
ため息をつき、目元をぬぐいながら、それでも次の牛へと移っていく。
「明日、旨いやつやるから…もう取っといたって無駄だしな…だからうんと喰えよ」
家畜の殺処分だ。
ここは感染した牛の出た畜舎だ。
「俺、明日からどうしたらいいんだろ…」
うなだれ座り込む。
それを見る牛の瞳は丸くて長いまつげが縁取っている。
何でも知っている目だ。
「何でウチなんだろ…俺が何したって……」
カツカツと蹄が鳴る。熱い息の下で、丸い目が見ている。
「お前だってさ、無駄に死にたくないだろう?俺が育てた牛がさ、ウマイって言ってもらえるのが、嬉しかったんだ…」
ふるふると頭を左右に振る。
「………ごめんなぁ、黒太………」
牛は低く鳴いた。まるで慰めているみたいに。
ひっそりと窓から覗いていた俺に黒猫が言う。
「あのさ、牛って食べられるまで何年かかると思う?」
「何年?一年とかじゃなく?」
「そう。一年とかじゃないの」
「三年…とか?」
「ブー。二年かかるの。豚なら半年、鶏なら55日だから長いでしょ」
「うん…」
二年の重み…飼料をやって昼夜問わず世話をして…声をかけて
それが無駄になる。
助けられるなら、助けたいだろう。